表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ZeRo  作者: 風月 紫苑
5/6

第二章・・・予兆(4)

 自分に槍を向けているのは、兄・ツクヨの妻であり、幼馴染みにも等しい時間を過ごしてきたシンディアの王妃・ヒレンだった。

 「アマテラスは何処だ」

「知っていても教えられないわ」

 普段は柔らかく祝詞を唱える声が、今は憎悪を含んだ凛々しい声音だ。

「シュラ。お願いだから、今すぐマーファから手を引いて。私は『現在』を壊したくない!あなたも自覚してるでしょう!?あなたの望みの為に、事実を知らない人達が傷ついて良いはず無いわ!」

「それは、お前が運命を握られた事が無いから吐ける台詞だ。」

氷のような殺気を含んだ言葉に気圧されて、思わず黙る。明らかな意志を持って放たれた彼の言葉の強さは、長い間離れていても分かる程だ。

 ヒレンは瞳を伏せる。

 これは迷いだろうか。否、躊躇いだ。

「それでも私は、あなたを刺し違えてでも止める!」

ヒレンは鋭い突きを繰り出す。シュラは体を捻って、紙一重でかわした。

 刹那、大きく踏み込んだシュラの一閃が来る。素早い剣の動きを槍の柄で受け流す。すぐに振り下ろしが来るが、それも上手く捌いた。

ヒレンは気合を発する声を出すと、素早い突きをいくつも繰り出す。が、それは全て躱されて掠りもしない。

 見せ付けられる実力の差。ヒレンは強く奥歯を噛み締めた。

今まで一度も勝てた試しは無い。けれど命と引き換えにせめて、想いを引き戻す為の一撃だけでも。


 「はぁっ!!」

ヒレンの大きく踏み込んだ止めの一撃。

 かわそうとして不用意に力んだ足を、艶のある床板がさらった。

「しまっ―――!!」



―――― ドォォォォォォンッ!!!!!


 突然の雷鳴のような轟音。

 視界を奪う眩い閃光。

 一瞬で巻き上がる粉塵。

 二人は自分の武器を放り出し、耳を塞いでその場に蹲った。



 ややあって静寂が訪れると、シュラは耳から手を離した。

 凄まじい空気の衝撃に、未だに耳鳴りがしているようだ。

 辺りには濛々と煙が立ち込める中、一歩足を踏み出したシュラは、自分の足元にぞっとした。

 目の前にあるのは、何層にもなる階を貫いて出来た巨大な穴。

 下を覗いて土煙の向こうに目を凝らしてみるが、底は見えない。息を呑む光景に、シュラは眉をしかめた。先程の轟音に覚えがある。記憶の中に焼きついた光景を思い出し、シュラから自然と舌打ちがもれた。

 と、空耳のように自分の名前を呼ぶ声がする。シュラは慌てて辺りを見渡す。



 「・・・シュ、ラ・・・・・・・・・」

「ヒレンッ!!」

土煙の霞みの向こうに見慣れた金髪を見つけて、シュラは慌てて駆け寄った。

 そこには、穴の縁に腕一本でぶら下がる彼女がいた。体には無数の木片が突き刺さり、白の服を紅の斑点に染めている。とても自力で這い上がれそうには無かった。

 

「・・・シュラ・・・・・・」


話があるのか、助けを求めているのか分からないか細い声音。

 シュラは今にも離れそうな彼女の服を掴んだ。自分の手は、肩に負った傷から流れる血で、手を掴めば滑ると思ったのだ。

「自分で上がって来い!兄上とホノカが待っているぞ」

必死の形相のシュラに、ヒレンは困った笑みを浮かべた。頬を一筋の涙が流れる。

 「だから、やっぱりダメなのよね。命を取るって言った相手を、躊躇いもなく助けるくらい優しいから・・・。」

 痛む腕を振り上げて、ヒレンは自分の腕を掴んでいるシュラの手を握った。安堵に、硬かったシュラの表情がやや緩む。それにヒレンも微笑み返した。

 「ヒレン。そうだ。上がって――――」

「ごめんね」

嫌な予感がざわりと胸中に広がり、シュラは掴む手を硬くした。

「これが、私に与えられた運命・・・・・・。最期に、あなたと少しでも話が出来てよかった」

「ヒレン、何を考えている」

ヒレンの意識の奥で、警告音が鳴っている。これにシュラを巻き込んではならない。彼はまだ、『あの子』の為に生きるべき人間なのだから。

 「本当のシュラは何も変わっていなかった。・・・もう・・・良いの」

その言葉は諦めだろうか。それとも、彼女の内で何かが達成された満足感だろうか。

 言葉が出るよりも早く、ヒレンはシュラの掴む部分の服を裂き、自ら腕を外した。


「ヒレェェェェェンッッ!!!!」

捕まえ損ねた手が宙を握る。


 数粒の涙を零して、彼女の体が暗い階下へ落ちていく。

 シュラが慌てて飛び出そうとした瞬間、あの雷のような轟音が再び鳴った。目の前を稲光のような真っ白な閃光が、まさに光の速さで過ぎる。

 あの先にはヒレンがいる。様々に入り混じった感情の波が起こる。一番最初に襲ってきたのは絶望だった。

 目の前に迫ってくる光に、ヒレンは目を閉じた。

 今度こそ諦めだった。どう足掻いても、光の速さに宙で動きの取れない彼女が叶う筈が無い。

「シュラ、ツクヨ。『あの子』達をお願いね・・・・・・」


その言葉は母として・・・そして、未来を垣間見る力を持った占術師としての言葉でもあった。








 大地に、二度目の轟音が轟いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ