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ZeRo  作者: 風月 紫苑
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第二章・・・予兆(2)

 パチッ!と、囲炉裏にくべられた、乾いた木の皮が弾けた。


 その前に座るのは、長い黒髪を持つ凛とした大人の女性。瓜実顔の影が、炎の揺らめきに合わせて揺れる。それは、何とも言えない妖艶な雰囲気を醸し出していた。

「私の可愛い兵士達が・・・大勢死んでいくのですね」

憂いに満ちた声が、静寂しか住まない部屋に放たれる。


 彼女こそ、この城の主であるアマテラスその人だ。

 ここは王族と、彼女付きの侍女しか知る者の居ない部屋。しかし、ここは戦場からそれほど離れていない為、意識をすれば悲鳴や刃の交差する音が聞こえる。


 部屋の入り口に控える最年少の侍女は、その凄惨な音どもにガチガチと小さく歯を鳴らしていた。俯き、正座した膝の服を強く握る彼女に気づき、アマテラスは努めて柔らかい声をかけた。

「そのように怯えなくとも良いのですよ。すぐにツクヨが駆けつけてくれますからね」

「は、はい・・・」

アマテラスの声に一瞬安堵するも、彼女はまた俯いて、強く服を握り締める。が、歯が鳴らなくなっただけでも恐怖が僅かに削げた証だろう・・・。

 今時分には珍しい囲炉裏の火に、燃えた炭がまた崩れた・・・。




と、慌しい足音が木の板を踏んでこちらにやってくる。


 「姉上!入っても宜しいでしょうか!?」

返事が早いか、障子が開くが早いか、飛び込むように一組の男女が入ってきた。

豪華な拵えの剣を携えた青年と、呪術的な装飾に身を包んだ金髪の美女。アマテラスの実弟であるツクヨと、その妻ヒレンだ。


 二人はアマテラスの前に跪いた。

「メイファ軍に最終防衛ラインを突破されるのも時間の問題でございます。兄上達は既に国外へお逃げになりました。姉上も急ぎ、お逃げ下さい!」

顔を上げ、自分を真っ直ぐに見つめてくる氷碧の瞳。意志の強さを真っ直ぐに感じさせるその目に、アマテラスは淡く微笑んだ。

 唐突な笑みに、ツクヨの目がやや丸くなる。


「その真っ直ぐな瞳と面差しは、亡き夫・シュオンに本当に似ていますね。

 ツクヨ。あなたの言葉は大変嬉しく思います。ですが、私はマーファの女王。城を離れるわけには参りません。それに、私はシュラと話がしたいのです。この度の突然の侵攻・・・・・・。私は、かつて自らが育った城を壊す愚行の真意を知りたいのです」

「ですが、姉上はこの世界の中心であるお方。ここで死んでは民が困ります。それに、私は姉上に死んで頂きたくはないのです・・・!」

床に付きたてている拳に、徐々に力が篭っていくのが見て取れた。


 「姉上、どうか―――ヒレン・・・」

顔を上げ、今にも掴みかかって連れて行こうと勇むツクヨの前を、静止の意を込めた錫杖が立ち塞がった。

 凛とした鈴の音が鳴く。

「この戦を治めるには、それこそ神の力以外には出来ません。相手は蛮族相手に腕を磨いているメイファの精鋭。マーファの兵士達は実戦慣れしておらず、一枚岩ではありません。どうぞ、ここはお引き下さい。シュラの狙いはアマテラス様の首。貴方様が既に城を出たと知れば、これ以上の戦闘にはならないでしょう」

御簾の向こうのアマテラスは、表情が全く読めない。その女王を真っ直ぐに、その群青の瞳で睨むように見つめる。


 暫くの静寂。


御簾の向こうの人影は、ゆっくりと口を開いた。

「ツクヨ。貴方の熱意に負けました。三人とも。仕度を整えてください」

「分かりました」

三人の侍女が同時に返事をすると、支度の為に彼女達は外へ出る。


「ヒレン。あなたも、今までご苦労様でした・・・。」


 アマテラスの口元がふわりと緩んだ。その笑みに気付いたのは、睨むように見据えていたヒレンのみ。

 身の丈ほどもある錫杖を収めると、ツクヨの肩を軽く叩いた。

「ちょっと大事な話があるの。来て」

何やら深刻な表情に首を傾げながらも、ツクヨは黙ってついていく。何故呼び出されるのかと、ここで問えるような雰囲気ではなかった。




   *   *   *




 アマテラスの部屋から少し離れた袋小路で、ヒレンは小声で話し始めた。

「私、ここに残るから、あなたは真っ直ぐにシンディアに帰って。・・・お願い。私はもう・・・長くないし」

困ったような瞳でありながらも、にっこりとツクヨに微笑みかける。


 「それはどういう意味だ・・・!ちゃんと理由を言ってくれ!ホノカが生まれた時、ホノカの為に絶対一緒に居ようと誓い合った筈だ!」

「・・・そんなの・・・・・・そんなの分かってるわ!」

ヒレンの瞳からは大粒の涙が零れていた。

 その泣き顔は、兄であるシュオンが病に死んだ以外に見た事がなかった。それほど、普段から涙を見せなかった彼女だけに、ツクヨは驚きに目が丸くなる。

「私だって、ホノカの為に一緒にいたい!でも・・・でも、私はもう死ぬのよ・・・!誰よりも愛してるよ、ツクヨ。」

「理由を話せ!どうして君が―――っ!!」

ヒレンはツクヨの胸倉を掴んで背伸びをすると、唇を重ねた。


 ツクヨは、突然の事と動揺に体を硬直させた。自分が混乱する事など無いに等しいと言うのに、彼女の言葉にこうも動揺するのだろうか。

 ヒレンの細い腕が、ツクヨの背中に回る。

すぐ傍で聞こえる、ほんの僅かなすすり泣く彼女の声。泣き声さえ愛しく感じる自分の気持ちに、ツクヨは気付けば、同じように背中に手を回していた。

 強く抱き合い、互いの温もりを記憶に刻む。雰囲気が、これを今生の別れだと悟らせた。どちらが言い出した事でもない。ただ、口に出した未来は変わる事がないという事実だけが、分かりきっていた。



 「アマテラス様が出発されるわ。あなたも行って」

「分かった。・・・ヒレン。君が私の妻で良かった・・・」

「私も、あなたが夫で良かった。シンディアとホノカのこと、本当にお願いね。それから・・・『あの子』の事も・・・」

 ヒレンはチョーカーを外してツクヨの手に握らせた。シンディア王家の紋章が刻まれた、銀のプレートがついたチョーカーだ。

「これは、代々シンディアの正統王位継承者に受け継がれてきた物。ホノカに渡して。それから、ずっと好きだよって。あと、ごめんねって」

「あぁ」

「あなたに、意志なき天の加護がありますように」


二人は暫し、強く抱き合うと、押し潰れんばかりの想いを堪えて別れた。




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