第二章・・・予兆
しんしんと、鉛色の空から氷の華が舞い降りてくる。誰にも、その存在を明かさないように。
「こうして静かに降る雪は―――――」
命を絶つ一閃が耳に届く。
「何故、今宵に限って紅いのでしょうね」
憂いに満ちた美女が溜め息を吐くと、黒雲を突き刺すような断末魔の叫びが響いた。
* * *
若さと力強さに溢れた王が、海龍を模した紋章が彫り込まれた剣を掲げ、雄々しく叫ぶ。
「者ども下がれっ!俺が欲するのはアマテラスの首だけだ!」
濃紺の艶を放つ黒髪が、大きく横に閃を引いた勢いで揺れる。
「シュラ王!ご乱心召されたか!ここは貴方様が幼少の頃にお育ちになった城ですぞ!」
馴染みのある老兵の言葉に、シュラの眉が一瞬動く。
「シュラさ―――ぐはっ!」
一瞬の躊躇いを見逃さなかった老兵だが、第三者の無情な刀に斬り伏せられた。
鼻につく匂いと斬り口から飛んだ鮮血の雫が、若き王を一瞬の隙から戻した。
傍から、刀が鞘に収められる音がした。
「シュラ様、お怪我はございませんか?」
「イツキ。……あぁ、大丈夫だ」
左眼を覆う少し長い前髪を掻き上げ、呼吸を整えて返事をした。
シュラは自らの刀を握る手を見つめる。汗が滲んだこの掌は、何が理由でこうなったのだろうか……。
迷いに、自然と眉間に皺が寄ってくる。すかさずそれをイツキが諌めた。
「シュラ様。今は戦闘中、迷いは禁物です。あなたの命が失われれば、我々は何の為にアマテラスを燻りだしているのか、意味がなくなってしまいます」
「そうだな」
シュラは気まずそうに、心配ないと口に出す代わりに微笑んでみせる。その表情が憂いに満ちている事は、シュラに近い立場に居るイツキには分かりきっている事だった。
シュラは血を飛ばして刀を納めると、息を吐く。
時間の感覚が麻痺している。自分はいつからこの剣を振り始めたのだろうか。もう、この庭で一年は戦っている気分だ。
瞳を伏せると、何かを考えるようにややあってから口を開いた。
「イツキ。戦況はどうなっている」
「はい。四天王を中心に善戦しています。ご命令通り、手向かう者のみを相手にしていますので、制圧にそう時間は掛からないかと。ただ、アツタが交戦中に足を負傷したと聞いています」
「そうか。…お前はアマテラスを探してくれ。一刻も早く戦闘を終わらせたい」
「分かりました。剣は、お借りしていても宜しいのですか?」
「構わない。俺はこの刀が振り慣れている。その草薙の剣は、お前の体を守る為に使ってくれ」
「ありがたいお言葉…。それでは、失礼致します」
イツキは瞳を伏せて、淡く笑む。不謹慎な場だと思いながらも、それでも主に特別の信頼を貰えているのは嬉しい。
深々と頭を下げると、腰に草薙の剣を持ち、奥殿へと走っていく。
「何処にいる、アマテラス……!」
いくつもの骸から流れた血で、降り積もる雪は赤く染まる。
鉛色の雪空に、悔しさを噛み締めた声が舞った。