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三題噺もどき4

不調気味

作者: 狐彪

三題噺もどき―ななひゃくよんじゅうよん。

 




 窓の外には、細い、糸のようなか細い月が浮かんでいる。

 ふと視線を一度でもそらしてしまえば、夜空に同化して見えなくなってしまいそうなほどに、頼りのない。

 それなのに、そこにあるのだと分かるのだから、月の力とはどれほど強いのだろう。

 それは、太陽程の押しつけがましいものではなく、底からあふれるような柔らかな強さなのだろう。

「……」

 この国の昔話では、あの月を見て涙した月の姫が居たのだと言う。

 彼女は月からの迎えが来るから別れが惜しいのだと泣いたのだったか。

 月の美しさに心打たれたわけではないのか……しかしまぁ、月の化身ともいえるその姫に求婚が多く寄せられたのは、そういうことだろう。

「……、」

 ……何の話をしているのだったか。

 何の話もしていないな。

 ただぼうっと月を眺めていただけなのに、どうしてそこまで話が飛躍するんだか。

 自分の事なのだが、自分でも恐ろしいと思う程に思考が思うようにいかない。

「……」

 昼食を終え、日課の散歩も終えて、さて仕事の続きをしようと。

 机に向かった。スリープ状態にしていたパソコンを起動して、机の上を整理して、マグカップを置いて、椅子に座って。

 そのままの流れで、初めは順調に手が動いていた。何事もなく、いつも通りに、やるべきことを進められていた。

「……」

 のだけど。

 徐々に手が止まるようになりだして。

 同時に体がどうにも重く感じるようになってきて。

 思考が少しずつ回らなくなってきて。

「……」

 気付けば外の月を眺めていた。

 か細くても、そこにある、毎夜見上げる月を見ていた。

 幼い頃から変わらずそこにある月を見ていた。

「……、」

 頭が痛いわけでもない。

 呼吸が苦しいわけでもない。

 体の不調は何も感じられない。

「……」

 それなのにどうしてこんなに思うようにいかないのだろう。

 先週の不調は月食のせいだったと思っていたのだが、違ったのだろうか。

 何か面倒事でもまた起きているんだろうか。私が気づかない所で、何か仕掛けられでもしただろうか。

「……」

 自分の能力に盲目的になっているつもりはないのだが、そうでもなかったんだろうか。

 やはり過信というのは、毒にしかなりえないのか。

 まぁ、確かに油断はしていたのかもしれない。先月にアイツが持ってきた手紙以降その手のものは何もなかったし、夏の初め辺りに片付けた面倒事はとうに終わったことだし。

「……」

 全てを気のせいで終わらせるには、少し不調が続きすぎているような気がする。

 昨日は何のことはなかったのだが……こう連続しているわけでもないから判断に欠ける。本当にただの不調なのか、考えすぎならそれはそれでいいのだけど。

「……ふぅ」

 すこし、わざとらしく息を吐く。

 気持ちの切り替えに頭の中でだけではなく、音として切り替えの認識をさせる。

 これですべてを帳消しにして、なかったことにしたくらいだ。

 何もかもが気のせいで、私の考えすぎで、単に調子が悪かっただけで、明日からが何のこともなく毎日当たり前に過ごせるように、したいものだ。

「……」

 うん。

 まぁ、多少はマシになったんじゃないだろうか。

 またそのうち手が止まりそうだが、時計を見ると仕事を再開させてからかなり時間が経っていた。秒針がカチカチと忙しなく動いてた。

 短針がもう一周ほどしたら、そのうち休憩にしましょうと、呼びに来る声があるだろう。

 昨日みたいな甘いものばかりはさすがに勘弁してほしいが、まぁ、アイツの作るものは何度でも言うが、何でも美味しい。

「……」

 アイツが、ノックもなしに部屋の戸を開けて、少しぶっきらぼうに休憩ですよと。

 そう言いに来るまでは、今一度仕事に集中して。

 何も変わらぬ調子で居られるようにしておこう。





「―ご主人」

「……」

「休憩にしましょう」

「……ん」

「今日はチーズケーキですよ」











 お題:同化・盲目・涙

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