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第8話 姉妹喧嘩

※本作は一部に生成AI(ChatGPT)による言語補助を活用していますが、ストーリー・キャラクター・構成はすべて筆者が作成しています。

ご理解の上でお読みください。

1

朝の空気は重く、湿った土の匂いがまだ残る研究所の外庭に、緊張が張り詰めていた。

ユウは数人の女性研究員と、簡易訓練を受けた住民たちとともに立っていた。手にはスマホが握られ、その画面の奥から、心配そうな声が聞こえてくる。


(ユウ、無理しないで。今度は数も、装備も揃ってるみたい……)


ユウは唇を結び、頷く。

「でも、ここで逃げたら、守れないものが多すぎる。お願い、スマホ。対抗手段を――あっ」


空気が焼け焦げるような音とともに、セべ自治区の兵士たちが再び空から降ってきた。ジェットパックの残光を残しながら、次々と地に着地する男たちの装備は、前回とは違っていた。肩には抗魔繊維の装甲。腰にはなにやら煙を吸い取るような小型の換気装置――ぬいぐるみ化ガスに備えてきたのだ。


「……こっちの手札も、見透かされてるってわけか」


ユウは物陰からじっと様子をうかがいながら、小声でスマホに囁いた。


「お願い、ぬいぐるみボム、改良版を出して」


【了解。最新版をお届けします。効きすぎたらごめんね】


スマホの画面が柔らかく光り、その場にカチリと音を立てて転送されたのは、奇妙な缶だった。


ピエロの帽子を被った缶。表面には何とも言えない表情のピエロの顔がプリントされている。ユウはそれを手に取ると、深く息を吸い込んだ。


「……これ、本当に効くの?」


(効く。というか、効きすぎるから気をつけてね)

スマホが警告めいた声で返す。


ユウはうなずくと、缶のリングを引き抜いた。シュッという短い音が鳴り、やがて甘ったるくも不気味な匂いが空気に広がっていく。


それに気づいた敵兵の一人が反応した。


「毒ガスか!? マスク、マス……!」


その声が最後だった。


次の瞬間、彼はぐらりとよろめき、そのまま地面に倒れ込んだ。笑っていた。喉を詰まらせるような、引きつったような――それでも、止められない笑い声をあげながら、彼の体はもこもこと膨らみ、やがて……。


「またぬいぐるみになった……」


木陰に隠れていた仲間の少女兵が、ぽつりとつぶやく。


「でも、なんか今回は……顔が……すっごく笑ってる……?」


次々に倒れ、笑いながらぬいぐるみになっていく兵士たち。その様子は恐ろしさと滑稽さが入り混じり、見ているユウの背中に冷たい汗が伝った。


「これはさすがにやりすぎなんじゃ...?」


誰に言うでもなく、ユウはそう呟いた。


だが、敵の動きは止まらない。換気装置を装備した兵士の中には、まだガスの効果を逃れている者もいる。ユウは振り返り、仲間たちに合図を送る。


「まだ終わりじゃない! 無力化だけでいい、無理はしないで!」


住人たちは一斉にうなずき、それぞれの武器を構え直す。


笑いながらぬいぐるみと化した兵士たちが地に転がり、その合間を縫うように、まだ無力化を免れたセべ自治区の兵士たちが前進を続けていた。


「包囲される……!」


仲間のひとりが叫んだ。状況は刻一刻と悪化している。ピエロ缶のガスは確かに強力だったが、それすら分析し、耐性を持つ兵士を送り込んできた敵の対応力は凄まじい。


ユウも額に汗を浮かべながら、再びスマホに指示を送ろうとしたそのときだった。


「な、なんの音……?」


地面が震えた。低く唸るような重低音。遠くから近づいてくる音は、普通のトラックではあり得ない。


ドオォォン……ガガガガ……!


その正体は、装甲を施された巨大な魔法稼働トラックだった。車体には、見慣れないエンブレム――大きな蕪をかたどった紋章が輝いていた。


トラックの荷台がガシャンと開き、そこから黒と金の軍服に身を包んだ私兵部隊が次々と飛び降りる。男も女もいるが、誰もが精鋭と一目でわかる動きだった。


「第三勢力だ!? いや、あれは……ボストクの!」


「どうしてここに、太鼓腹夫人の私兵が……!」


混乱するセべ自治区の兵士たち。ぬいぐるみボム改にも適応し始めていた部隊の動きが、一斉に止まる。


先頭に立つ私兵のひとりが、胸元の通信魔具を押さえながら周囲に号令を飛ばす。


「制圧行動を開始せよ!繰り返す、敵味方を問わず即時無力化、ただし死者は出すな!」


魔導回路が走る杖が宙を走り、魔法弾が炸裂した。攻撃は正確に敵の足元を狙い、転倒させてから魔法糸で絡め取る。ユウたちに向けては、一切の攻撃がなかった。


ユウは静かに息をつき、拳を握りしめた。


「……よかった、間に合ったんだね」


空にはもう一機、タラシオサの紋章を掲げた飛行艇が現れようとしていた。


2

セべ自治区・政庁塔 最上階、執務室。

光の差し込まない重厚なカーテンのせいで、昼間だというのに空気はどこか沈んでいる。


室内の中心に立つのは、冷ややかな目元をした女がいた。

軍服に身を包み、整えられた机の上には最新の戦況地図と魔導兵装の設計図が広げられている。


「魔力増幅器の性能は問題なかった。男兵への適応率も予定より高い。現場からの報告も――」


その声を遮ったのは、厚いドアが勢いよく開かれる音だった。


「シモーネ!」


怒声と共に、ドアの向こうから現れたのは豊かな黒髪をアップにした恰幅の良い女性――太鼓腹夫人、タラシオサだった。


彼女は高級ドレスの裾を踏みしめながら、迷いも躊躇もない足取りで執務机に向かって歩いてきた。


「やっぱりアンタだったのね、こんな真似をするのは!」


シモーネは顔を上げることなく淡々と答えた。


「私はザパド自治区の“魔女”を摘発しただけ。これは、国家の安定に資する行動よ」


「本気でそう思ってるの!? 武力で自治区を蹂躙すれば、外国が“内乱を口実に介入”してくるって、わかってるでしょう!?」


「だから、統一が必要なのよ」

シモーネの声は揺るがない。


タラシオサの眉が跳ね上がった。「統一のために、街を焼くの?」


「違う。イヴァンカを、守るためよ」


沈黙が落ちた。


タラシオサは息を呑み、机を叩きつけるようにして詰め寄る。


「それが“守る”って言うの!? あの子はもう、ただ庇われるだけの存在じゃない!」


シモーネのまなざしがわずかに揺れる。


「……あの子は変わったわ。私の知らない顔を、見せるようになった。だからこそ、私が……」


その先の言葉は続かない。

代わりにタラシオサが息を吐きながら言った。


「ねえ、私たち、双子よ? アンタが何を怖がってるのか、分からないわけない。でも……“女しか飛べないジェットパック”を“男に配る”って話、部下が耳を疑ってたわよ」


シモーネは静かに顔を上げ、ゆっくりと言った。


「男たちは、筋肉と皮膚を盾にされてきた。無言で前に立たされ、撃たれて、倒れて、それだけで“忠誠”とされた。私は、それを変えたいの。女の装備で、男が空を飛ぶ。格差の形を、ひっくり返す――そんな絵を見せたかったのよ」


「……絵を描くなら、血じゃなくて、色を使いなさいよ」


タラシオサは苦々しくそう言うと、机の上に何かの書類を置き、踵を返した。

「私兵はもう動いてる。ザパドを焦土にしないうちに、引きなさい。シモーネ」


ドアが閉まると、執務室に再び静寂が戻った。


シモーネは深く椅子に腰を下ろし、机に広げたザパドの地図に視線を落とした。


「……イヴァンカ、あなたの“強さ”が、誰かの誤算でなければいいけれど」


彼女の指が、地図の中央にある名前のない街を、そっとなぞった。


3

無機質な部屋に、静寂が流れている。


その中央に置かれた白いベッドで、馬鹿夫人、イヴァンカは身じろぎもせずに横たわっていた。

壁も天井も灰色。唯一色を持つのは、彼女の肩にかかる銀髪と、ベッド脇に置かれた木製のドレッサーだけだった。


天井をぼんやりと見つめていたその瞳が、突如――遠くからの轟音に反応して、瞬きをした。


「……来たのね」


彼女はそう呟き、ゆっくりと上体を起こす。


目を伏せたまま、ベッドの縁に腰を掛け、両手で髪をかき上げる。その指先が微かに震えていた。


聞こえてくるのは、遠くから響く爆音と、金属音。それが何かを破壊していることは、音の温度だけで分かった。


「……シモーネ姉さん」


まるで誰かに返事を求めるような、名残惜しい声でその名前を呼ぶと、イヴァンカは立ち上がる。


細身の足で、まるで儀式のようにゆっくりとドレッサーへと歩み寄り、椅子に腰掛けた。


鏡の向こうに映るのは、長い髪と深い憂いを宿した目元の女。

鏡に映る自分を見つめながら、イヴァンカは静かに目を閉じる。


まるで、深く潜っていくように。


「……姉さん。私は、あの頃……」


……彼女は、この静寂の中で、自らの半生をひとつひとつ、ゆっくりと振り返り始めた。

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