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第7話 侵攻

※本作は一部に生成AI(ChatGPT)による言語補助を活用していますが、ストーリー・キャラクター・構成はすべて筆者が作成しています。

ご理解の上でお読みください。

1

夜は静かだった。研究所の宿泊部屋の天井には、どこか古めかしい照明の灯りがぼんやりと揺れている。壁に掛けられた機械式の時計が、ひとつひとつ、確実に時間を刻んでいた。


ベッドの上。ユウは毛布にくるまり、仰向けのまま動かない。目は半ば閉じているが、眠っているわけではなかった。頭の中で考えがぐるぐると巡り、なかなか寝付けないでいた。


枕元に置かれたスマートフォンが、淡い青白い光を放つ。


(ユウ。……ねえ、ちょっと聞いてもいい?)


ふいに、子どもに語りかけるようなやさしい声がユウの意識の奥に響いた。ユウは返事の代わりに、ほんの少しだけまぶたを上げて頷いた。


(この前、森で獣や魔女と戦ったよね。とっても勇敢だったよ。……でも、あの盗賊団のときは、どうして逃げたの?)


静かな問いかけだったが、ユウは小さく息をついて、口元にかすかな皮肉を浮かべた。


(……もし、母さんにバレてたらね。盗賊団なんて、ミンチどころじゃすまないからさ)


スマホの光が、一瞬ふわりと揺れた。何かを言いたげに、だが問い詰めるような色ではない、やわらかな反応だった。


(……怖かったの?)


「ううん。違うよ」


ユウは目を閉じたまま、言葉を続ける。


「あの人たちが怖いんじゃない。あの人たちは……都から追い出されたんだよ。学もない、力もない、頼る場所もない人たち。だからあのタイガに入り込むしかなかったんだ」


彼の声は冷静だったが、どこかにほんの少し、痛みが混じっていた。


「でもね、あの森じゃ……今の時間じゃ、生き延びるのは無理だよ。だから……せめて、逃げるチャンスくらいは、残したかった」


沈黙が落ちる。スマホはしばらく何も言わなかった。


そして、ゆっくりと、光をわずかに強めながら再び口を開いた。


(じゃあ、もし――人が君を襲ってきたら? その人が、本当に危ない人だったら……ユウは、それでも殺さないの?)


問いは、どこまでも優しく、けれどまっすぐだった。


ユウは目を開ける。天井の照明が視界ににじんでいた。しばしの沈黙のあと、彼ははっきりと答えた。


「うん。……誓って殺さないよ」


その瞬間、スマホの光がまたひとつ、やさしく瞬いた。まるで、彼の決意にそっと寄り添うように。


「……わかった」


それだけを言って、スマホの光はゆっくりと静まった。


部屋の外では風が細く鳴いていた。研究所の古い廊下に、遠く足音のような気配が漂っている。眠れぬ夜が、静かに流れていく。


2

朝の研究所は、静かで清潔だった。光をよく通すガラス張りの天井からはやわらかな日差しが差し込み、白と銀で整えられた食堂の中を優しく照らしている。


ユウは長テーブルの端に座り、慣れない手つきで朝食を口に運んでいた。周囲の研究員たちは全員が女性。誰もが白衣を身につけており、穏やかだが理知的な雰囲気が食堂を包んでいる。


「ユウくん、もっと食べなきゃだめよ。まだ育ち盛りなんだから」


向かいの研究員がそう言ってトレーにあった果物を少し分けてくれる。ユウは遠慮しつつも礼を言って受け取った。


「ありがとう。……このごはん、すごくおいしいね」


「でしょ? 食材は全部、自治区内の指定農場から取り寄せてるのよ」


そんな会話が流れる中、別の研究員が手元の区営新聞を読みながら口を開いた。


「……マーリイスク、ようやく復興が進み始めたって」


その名を聞いた瞬間、空気が少しだけ緊張する。


「うん。あの事件は、もう解決済み。魔女が役人のふりして村を巡ってたんだって。支給された作物を“徴収”って名目で奪って、そのまま他の自治区に転売してたらしいわ」


「ひどい話よ。マーリイスクの人たちは、ちゃんと手続きを踏んで麦の種を受け取ってたのに」


「それで被害にあって、村の中には今も心の傷が癒えてない人も多い。役人たちも信頼回復に躍起になってるわ。ほら、男女共学の学校を建てるって提案も出てるけど、村の人たちは今のところ反対みたい。無理もないけど」


新聞を囲むように、数人の研究員たちが小さくうなずく。

その中で、ユウは膝の上の袋をぎゅっと握りしめていた。


「……あっ」


ふと、袋の口が緩み、麦の種がぽろぽろとこぼれ落ちた。


「あらっ」


近くの研究員がしゃがみ込み、床に落ちた種を拾い上げる。


「これ、特別麦……じゃない? 病気にも強くて、短期間で育つよう品種改良されたやつ」


別の研究員が首をかしげた。


「なんでそんなの持ってるの? 最近じゃ配布もかなり制限されてるはずなのに」


「……村の子にもらったんだ。お守りとして」


ユウがそう答えると、研究員たちは顔を見合わせ、ふっと優しく微笑んだ。


「そっか。大事にしてね。それ、本当に強い子だから」


そのときだった。


ぱさっ……ぱさっ……


音もなく、外から何かが降ってきた。窓の外を見た研究員の一人が、声を上げる。


「……紙? ビラ……?」


立ち上がった研究員が窓を開け、一枚拾い上げて広げた。


次の瞬間、その場の空気が一変する。



『ザパド自治区に魔女の疑い』

「独自調査の結果、ザパド自治区リーダー、イヴァンカが魔女であることが判明」

「ザパド自治区住民の保護のため、我々セべ自治区は武力介入を行う」

──セべ自治区治安庁・発表



「……は?」


研究員が絶句する。


「イヴァンカ様が……魔女?」


「……そんなはずないわ。ザパド自治区は今、どこよりも安定してるのに」


「住民の保護って……ただの侵攻じゃない」


ビラは次々に空から舞い落ちてくる。

白い紙が、まるで雪のように街を覆い尽くしていった。


その光景を見つめながら、ユウはまた袋の中の麦の種を握りしめた。

それは、生き延びるための力の象徴だった。

だが今、再び“理由”として、戦火の種にされようとしている。


彼の目の奥に、かすかな怒りと戸惑いが宿っていた。


3

「イヴァンカ様が、魔女……?」


ビラを握りしめた研究員たちの声が震える。その瞬間、遠くから鈍い爆音が響いた。


ドォン……ゴォォオオ……!


「あれ、何の音……?」


ユウが駆け出す。研究所の自動扉をすり抜けて、外へ。


そこには、まるで空から炎の矢が落ちてくるような光景が広がっていた。

金属音を鳴らしながら、空を飛ぶ人影が次々と降下している。黒いジェットパックを背負った男たち――セべ自治区の兵士だ。


「きゃあああああっ!」「逃げて! 早くっ!」


町のあちこちで悲鳴が上がる。住民たちは何が起きたかもわからぬまま、混乱の中で右往左往していた。


「なんで……なんで魔法が使えない“男”が空を飛べるの!?」


誰かが叫ぶ。その言葉に、答える者はいない。ただ、ジェットパックの爆音と、男たちの無機質な号令だけが響いていた。


ユウは歯を食いしばった。

こんなことを許せるはずがなかった。誰もが混乱し、恐怖し、逃げ惑っている。


そのとき、彼のポケットの中でスマホが震えた。


「……ユウ、あなたは戦わないって、言ってたよね?」


「うん。でも今は……“止めなきゃ”なんだ」


ユウはスマホを取り出し、真剣な目で言う。


「人を殺したくない。でも、彼らをこのままにしておくわけにもいかない。……だから、無力化する道具を出して」


「……ふふっ。任せて。あなたの望み、ちょっと“笑える方法”で叶えてあげる」


ピッという音と共に、スマホからぽん、と小さな箱が出現した。

手のひらサイズのカラフルな缶――まるでおもちゃのようなそのアイテムには、こう書かれていた。


“マジックジョークグッズ No.7『ぬいぐるみボム』”

投げると相手を安全にぬいぐるみに変身させる、いたずらグッズ。魔法ではありません。100%物理現象です。


「……これ、本当に効くの?」


「効くよ。笑えるくらいね」


ユウは缶を掴み、飛び立とうとする兵士の前に向かって投げつけた。


ボンッ!!


小さな爆発と共に、そこに立っていた兵士が――

ふわふわのクマのぬいぐるみに変わった。


「えっ!?」「なんだ、今の!?」「撃て――ッ」


兵士たちは混乱し、次々に降下してくる。しかし、ユウは身軽に走りながら缶から出したグッズを次々に投げていく。


ボフッ、ボンッ、ポン!


狼狽えるジェットパック兵たちが、うさぎ、くま、カバ、タコのぬいぐるみに変わって地面に転がっていく。ぬいぐるみは一様に無害で、モゾモゾと動くだけ。自力で起き上がることもできない。


「……ぬいぐるみ、だと……?」


建物の影から様子を見ていた住民たちが呆然とした声を漏らす。


「今のうちに! 安全な建物に逃げて! 大丈夫、もう追ってこないから!」


ユウの声に、子どもを抱いた母親が立ち上がり、彼に続くように人々が次々と避難を始める。


「こっちです! あの建物に入って!」


指さしたのは研究所の避難区域、強化ガラスで守られた構造だ。研究員たちも扉を開いて、人々を迎え入れ始めている。


空にはまだ、数人の兵士が残っていた。だが、その目には恐れが浮かんでいる。


「ぬ……ぬいぐるみになるのは……ちょっとヤだな……!」


「撤退しろ! 撤退しろーッ!」


やがて空の爆音が遠ざかり、町に再び静けさが戻った。


ユウは、ふう、と一息ついた。足元には、ぬいぐるみになった兵士たちがずらりと並んでいる。

まるで移動動物園のような光景だった。


「……人を傷つけなくても、止められる。きっと、まだやれる」


彼はつぶやきながら、空を見上げた。


そこには、晴れ渡る空と――やがて再び訪れる、戦いの気配があった。


4

セべ自治区・政庁塔 最上階。

広々とした執務室は、淡いグレーの大理石と、重厚な鋼鉄で設えられている。無駄のない造りの室内には、軍の地図と最新の開発資料が並ぶ大机。その奥に、指先で書類をめくる女性が座っていた。


軍夫人:シモーネ。

セべ自治区の主であり、軍を掌握する最高執政官。その目は冷たく、だが芯に熱を帯びていた。


「……例の“魔力増強器”の調整が完了しました。現在、試作4号機まで。先日の降下作戦で使用した兵たちは、全員が一般男性兵士です」


報告するのは、軍技術顧問である中年の女性。彼女は実直な口調で言葉を続けた。


「確認ですが、やはり……“男性兵”に運用させるという方針で?」


シモーネはページを閉じ、顎をわずかに引いた。


「魔力がなく、筋肉があるってだけで、肉壁にされ続けた彼らを見るのは、もううんざりなのよ。せめて一度くらい、“使い捨てじゃない力”を手にしたっていいじゃない」


「しかし……あの装置は、本来ならば魔力の高い女性に使えば、より効率的で――」


「効率なら、私たちはもう飽きるほど求めてきたわ」


言葉を遮るように、シモーネが言った。


「今までの歴史で、誰が“効率”の名のもとに切り捨てられてきたか、あなたも知ってるでしょう」


静かに、それでいて鋭く。


「……“役に立たないから”と男を壁の外に捨て、“弱いから”と黙らせ、無力だからと何も与えず……」


窓の向こう、遠くの空に視線を投げながら、彼女は続ける。


「私は“性”というものに、もううんざりしてるのよ。女が優れている? 男が劣っている? そんな言葉が“当たり前”になる社会こそ、最も退屈で傲慢な地獄よ」


静寂が、執務室を満たした。


顧問は、しばし言葉を失い、やがて小さく息を吐いた。


「……理念としては理解できます。ですが現場からは、“不安定な兵士に強力な装置を与えるのは危険”との声もあります」


「制御はさせるわ。新型の魔力リミッターを搭載させてる。暴走すれば即座に無力化できる設計」


シモーネの手元には、すでに新たな作戦図が広がっていた。

そこにはザパド自治区の地図――そしてその中央に赤く囲まれた文字。


「主、イヴァンカ確保作戦」


「まずは“秩序”を取り戻す。それから……正しさを見せつけるのよ」


鋼鉄の眼差しが、地図を射抜くように見つめていた。


5

瓦礫の間に、ふわふわしたものが点々と転がっていた。

ユウはその中のひとつをそっと拾い上げた。見た目は愛嬌たっぷりのウサギ型のぬいぐるみだが、中には意識を失った“兵士”が封じ込められている。マジックジョークグッズで無力化された彼らは今、綿と布にすぎないけれど、人であることに変わりはない。


「…ごめんね。」


呟きながら、ユウはスマホに頼んで出してもらった大きめの段ボール箱に、ぬいぐるみたちをひとつひとつ丁寧に詰めていく。箱の中はまるで雑貨屋の倉庫みたいだった。


「あっ、いたー!」


声がして振り返ると、ニーナが駆け寄ってきた。

そしてすぐ、彼女の目が丸くなる。


「え……なに、この……ぬいぐるみ達?」


「いや、あの……うん。全部さっきの兵士たち」


「……マジで?」


「うん、マジで。殺してないよ? ねえ、ニーナ、お願いがあるんだけど」


ニーナが半分呆れ、半分感心しながらユウの目を見つめる。


「これ、片付けてほしいの?」


「そう。どっか安全なところに運びたいんだけど、道が壊れてて荷車が通れないんだ」


「あー……じゃあ、使えばいいんじゃない? あれ」


ニーナが指さしたのは、近くに転がっていた大人用ジェットパックだった。元は兵士のものだが、今は持ち主を失って宙に浮く手段だけを残している。


「……使えるかな」


「まぁ、私が飛びますので!箱ごとくくりつけて空輸しますよ!」


「うん!」


ぬいぐるみたちを詰めた箱にロープをかけ、ジェットパックで浮かび上がるニーナ。その姿は、戦場を越えて届け物をするサンタクロースのようでもあり、何とも言えない滑稽さと優しさを帯びていた。


そして、場面は静かに切り替わる。


——照明もないのに明るい、無機質な部屋の中。

ベッドに腰かけていた少女が、ポツリと唇を動かす。


「……姉さんが……私を……」


顔は見えない。けれど、その声はひどく感情を押し殺していた。

閉じた扉の向こうで、何かが始まろうとしている気配だけが、確かに存在していた。


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