第6話 モコシュスカヤ
※本作は一部に生成AI(ChatGPT)による言語補助を活用していますが、ストーリー・キャラクター・構成はすべて筆者が作成しています。
ご理解の上でお読みください。
1
朝霧を割って進む馬車の車輪が、硬い土の道をごとごとと叩く。
車内にはユウと、あの時村に現れた女役人が二人きり。スマホはユウの膝の上で静かにしているが、録音機能はひっそりと作動していた。
「この道のり、都まではあと三日ほどよ。退屈なら少しおしゃべりでもしましょうか。ちょうどいい機会だし、今のこの国の成り立ちについて説明しておくわ」
役人はそう言って、鞄から一枚の地図を取り出す。ユウの膝にそっと広げながら、指先をその上で滑らせていった。
「ここはね、かつて“マツリカリヤ帝国”と呼ばれていたの。女王制のもと、軍事と魔法で周辺諸国を制し、一時は大陸最大の勢力だったわ。けれども、何度も戦争に参加しすぎた。力を誇示しようとするほど、国は疲弊して、ついには崩壊したの」
彼女の指が、三方向に分かれた領土をなぞる。
「現在、この旧帝国の領地は三人の姉妹がそれぞれ自治区として治めている。
――こちらが長女、軍夫人シモーネの“セべ自治区”。戦時中の体制をそのまま維持し、今も兵士を育て続けている。
次女の太鼓腹夫人タラシオサは“ボストク自治区”を管理。経済都市として成長していて、お金の匂いが絶えない場所よ。
そして、あなたが今いるのが、三女――馬鹿夫人イヴァンカの“ザパド自治区”。私たちが向かっている都『モコシュスカヤ』は、彼女の治める中心都市。農業と福祉、そして研究の街よ」
ユウは地図を見ながら黙って頷く。鞄の中からそっと、小さな布袋を取り出す。中には、ヴラスが別れ際に「お守りだよ」と言って渡してくれた、村で採れた麦の種が数粒入っていた。
「……なんか、変な感じですね。村でしか見たことなかった景色が、こんな風に広がってたなんて」
「あなたは、広がるものの中にいるのよ。これからもっと見ることになるわ」
その言葉に、ユウは静かに目を伏せる。
──どこまで続いてるんだろ、この道。
ヴラスのいる村は、もう見えない。
あの子、今ごろ畑を見てるのかな。
撒いた麦、ちゃんと芽が出るといいな……。
(手元の小さな袋を、ぎゅっと握る)
魔女を倒したからって、すごいとか思ってない。
怖かったし、無力だった。
でも――それでも、やれることはあった。
都に行ったら、もっと強くなれるかな。
強くなって、また会えたら……
そしたら、ちゃんと話したいな。あのとき言えなかったこと。
そこが、モコシュスカヤ。ユウにとって、初めての都だった。
2
モコシュスカヤの城壁は、柔らかな白壁に包まれていた。門には魔法陣の刻まれた検問所があり、白衣をまとった女性たちが次々と馬車を止めては、入都者の検査を行っている。
ユウの乗った馬車が止まると、二人の検査官がすぐに近づいた。
片方は黒髪を一つにまとめた厳しげな中年女性、もう一方は若く、まだ訓練中らしい少女だった。
「魔核検査を行います。立ってください」
厳しげな声に促され、ユウは戸惑いながらも馬車を降りる。
「まずは視診です。魔法をひとつ、出してください」
少女の方が優しい声で言った。
ユウは少し考え、そっと人差し指をたてる。
集中して指先から火をだした。
その瞬間、魔核が放つ光が溢れ出す。
それは澄んだ青――深く、冷たく、なお美しい輝きだった。
「っ……!」
検査官二人の目が見開かれる。
「この色……。完全に青? この年齢の男性で……?」
厳しげな女性の方が、次に前へ出る。
「触診に移ります。失礼します」
手袋を外し、指先でユウの胸元に軽く触れる。
魔核のある位置――胸の中央、心臓の奥に向かって、魔力の流れを感じ取るように。
「……これは、本当に……。大きくて、澄んでいる。女性並みか、それ以上の質と出力……」
「ほんとに男の子、ですよね?」
訓練中の少女がぽつりと呟く。
「はい……」
ユウはちょっと困ったように笑って、ぽりぽりと頬をかいた。
検査官たちは顔を見合わせ、明らかに動揺を隠せない様子だった。
だがやがて、年長の方が咳払いをして体勢を整える。
「……問題なし。入都を許可します」
「お、お騒がせしましたっ」
二人の検査官が一礼すると、ゲートがゆっくりと開かれていく。
ユウはまだ戸惑いながら、馬車に戻った。
光の色がどうとか、言われてもピンとこない。
──そんなに、変だったのかな。
馬車が城壁の内側へと進み、視界が広がる。
白と緑が交錯する、整然とした美しい研究都市――モコシュスカヤが、ついに姿を現した。
3
モコシュスカヤの街並みに、ユウの目は釘付けになっていた。
馬車が石畳を進むごとに、窓の外には信じられない光景が広がっていく。
一面に整然と並ぶ畑。小麦、トマト、紫キャベツ、聞いたこともない果実。
それらがまるで「意志を持った設計図」に従って並んでいるかのように区画され、管理されている。
だが、不思議なことに――土埃一つ舞っていない。
「……ここ、本当に農地?」
思わずつぶやいたユウの声が、馬車の中に小さく響いた。
畑の脇を歩くのは、白衣をまとった女性たち。
みな一様に紙束を手にし、数値を書き込みながら、作物を見回している。
「見て」
役人が指をさした。
視線の先には、巨大なガラス張りのドーム建築。
中には植物らしきものが見える。まるで温室だ。
「モコシュスカヤ自慢の研究施設よ。魔法で管理された空調の下で、特殊作物の育成をしてるの」
「すごい……」
ユウは息を呑んだ。
遠くには、無機質な灰色の立方体のような建物がぽつぽつと建っている。窓は最小限、飾り気のない鉄の箱のような外観――あれは住居なのだろうか。
「人が、住んでる……の?」
「ええ。研究員たちの寮。必要最低限の生活空間しかないけど、その分集中できる環境になってるわ」
ユウはどこか圧倒されたように、目を細めた。
村の泥壁の家々とは、まるで別の世界の話だ。
しかし――それらの建物すら、目に映る巨大な建造物に比べれば小さな点にすぎなかった。
「うわ……っ」
ついに馬車の向かう先に姿を現したのは、まるで山のようにそびえる石レンガと魔法技術の塊だった。
数十階建ての建物に無数の柱とアーチが組み合わされ、頂には金色の魔道具のようなものが輝いている。
ユウは目を見開いたまま、言葉を失った。
「これは……なに……?」
「ザパド自治区中央庁。マツリカリヤ様式の建築ね。昔の都の意匠を一部残してるわ。
あなたの授与式は、あそこで行うわ」
役人の声も、ユウには遠く響いた。
「……こんな大きな建物、見たことない……」
彼の指が、無意識に胸元の小袋を握りしめた。
その中には、ヴラスから受け取った、なけなしの麦の種が入っている。
あの村と同じ国に、こんな世界があるなんて……
ユウは呆然としながら、ただじっとその人工の巨塔を見上げていた。
4
授与式はすでに終わっていた。
マツリカリヤ様式の荘厳な中央庁の講堂で、女性しかいない数十人の白衣の研究者や役人たちに見守られながら、ユウは正式な「感謝状」を受け取った。
「ザパド自治区 モコシュスカヤ自治都は、魔女討伐と村の安全に寄与したあなたの勇敢な行動に、心よりの敬意と感謝を表します」
そう書かれた証書は、きらびやかな魔法印刷と金糸の装飾で彩られ、厚手の羊皮紙のような感触が手に残っていた。
そして今――
「え、どうしよう……」
中央庁を出て、外の風にあたっていたユウは、両手にその証書を持ったまま立ち尽くしていた。
「これ、カバンに入れたらしわしわになりそうだし、丸めたら台無しだし……」
せっかくもらった感謝状。雑に扱うわけにもいかない。
そのとき、スマホがぱっと画面を明るくした。
「――まっかせて、ユウ!」
「え?」
ユウが戸惑うより早く、スマホの画面が光を放ち、まるでスキャンするように感謝状を一瞬で読み取った。
次の瞬間、画面に――
そのままの感謝状が、印字のゆがみまで忠実に再現された状態で映し出された。
「うわっ……! すご……」
「ちゃんと保存したよ。いつでも見返せるし、必要なら複製もできるよー」
「……そんなこともできるのか」
しばし呆けていたユウは、スマホの機能にただただ驚いた。
すると、そこに――見覚えのある白衣の少女が駆け寄ってきた。
「あの、失礼します!」
細身の体格に、金色のゴーグルを首にぶらさげた少女。
髪は短く切り揃えられ、白衣の袖からは魔法反応を測るブレスレットが覗いている。
「あなた、さっき検査室で魔核の検査を受けてたでしょう? 私、訓練中の検査員で、補佐してました!」
「あ、うん……」
「あの……よかったら、少しだけ案内させてもらえませんか。私たちの研究所を。ガラスドームの施設なんです」
少女はどこか興奮したように目を輝かせていた。
「あなたの魔核、すごく珍しいんです。私たち、まだ訓練中なんですけど……あの反応は……私たちでも、すごいってわかりました」
ユウは少し驚いた顔で、スマホと目を合わせた。
スマホの画面には、どこか「行ってみなよ」とでも言いたげな軽いアイコン表示。
「……うん、じゃあ……お願い、してもいいかな」
「はいっ、こちらです!」
少女は嬉しそうに笑うと、ドーム研究所の方角へユウを導き始めた。
5
巨大なガラス張りのドームの中は、静かな熱気と規則正しいざわめきに包まれていた。魔力で温度や湿度を制御された空間には、多種多様な作物が列を成して並び、白衣を着た研究者たちが忙しなく歩き回っている。
「ここが第一研究棟です。今は穀物系がメインで、魔力の通し方によって発芽や耐病性がどう変わるか観察してます」
隣を歩く少女研究員――ニーナがにこにこしながら説明してくれる。
ユウは頷きながらも、ただただ驚いていた。見渡す限りの実験装置と設備、それを扱う人々――彼の育ったタイガでは、考えられない光景だった。
そこへ、別の方向からきっちりと黒髪をまとめたベテランの女性研究員が静かに近づいてくる。
「彼が例の、検査で光が青かった子ね。……時間あるなら、少し話してみない?」
•
休憩室のテーブルには、各研究部門の資料が雑多に積まれていた。
ユウはそのうちの一枚を手に取り、ふと口に出して読んだ。
「“中魔力領域における発芽率上昇傾向、およびダフニン型変異株の比較考察”……?」
その瞬間、2人の研究員の動きが止まる。
「えっ……それ、読めるの?」
ベテラン研究員が目を見開き、ニーナも口元に手を当てた。
「普通、読めないどころか……男の子がその単語を見たら、模様だと思ってスルーするレベルなのに……」
「え、そんなに変なことでした?」
ユウが戸惑いながら聞くと、ベテランは深く息を吐いて、苦笑した。
「ごめんね。驚きすぎたわ。だって、私たちの所では……男の子には、文字さえ教えないのが“普通”だから」
「……え」
「学問って、もともと“魔核を制御するための技術”として発展したものなの。だから、魔核の優れた女性にしか必要ない、って理屈が支配してる」
「イヴァンカ様はそれを変えようとしていますが...未だに風潮は変わってないです。」
ニーナがぽつりと言った。
「読める人がいたら、それだけで可能性が広がるのに。ユウさん、あなたは……もしかして、“外”から来た人なんですか?」
その問いに、ユウは少しだけうなずいた。
「じゃあ、きっと、あなたが当たり前に知ってることが、この国では“奇跡”なんだと思う」
その言葉が、なぜか胸に刺さる。
•
「――ニーナ!」
ドアの外から別の研究員が声をかけてくる。
「第二棟まで荷物、お願い!急ぎで!」
「はい!いってきます!」
ニーナが立ち上がると、部屋の外に停められた荷車へと駆け寄る。
見れば、作物がぎっしり詰まった木箱や資料箱が山のように積まれている。ユウは思わず声を漏らした。
「これ……さすがに体格のいい父さんでも無理だ…」
しかし、ニーナは荷車の取っ手に手をかざし、軽く魔法を使う。
すると、ゴゴッと音を立てながら車輪が自然と浮き上がるように滑り出した。
「よいしょ、っと!」
細い腕で軽々と押し出すニーナ。
その背中を見送りながら、ベテラン研究員が呟く。
「筋力差なんて、魔法でどうにでもなるのよ。だからこの国では、力を持つのは“女性”側。魔核の性能が、そのまま地位や尊厳を決めてる」
•
カバンの中で、スマホが静かに画面を光らせた。
《ヴラスの祖父が言っていた“男なんか”って言葉……役人も研究員も、授与式にいたのも、みんな女性だった理由……》
《ユウが字を読めるだけで驚かれる、この社会の構造。点と点が、繋がった》
《この世界では、“魔核の性能”が“人間としての価値”を左右している。そしてそれは、性別と結びついている――》
スマホの小さな画面に、じわりと思考の熱が灯った。
6
場所は変わり、空の色すら淡く冷たいセべ自治区。
夕日が射す執務室。ガラス越しには整然とした街並みと、黒い影のように動く兵士たちの隊列が見える。
部屋の中央には、背筋を真っすぐに伸ばした女性が立っていた。
髪は白銀のように滑らかで、青黒い軍服に一切の無駄はない。
セべ自治区の指導者――長女、シモーネ。
「……ようやく口実ができたわね」
その声は氷のように澄んでいて、同時に容赦がなかった。
執務机の向こうに立つ側近が静かに問う。
「ザパド自治区への、正式な侵攻命令を出されますか?」
シモーネは微笑まないまま、頷いた。
「これは“秩序の修復”――それが我々セべの使命。末妹には、もう自由は与えすぎた」
「……長女さま」
「ボストクの次女も、口では反対しておいて結局手を出さない。だったら私たちがやるしかないでしょう?」
シモーネは窓の外の兵列を見下ろし、ゆっくりと背を向けた。
「必要なのは、ただ一つ。強く、美しく、完全に管理された国家の姿よ」
黄昏の光の中、軍靴の音が静かに部屋に響く。
その足音は、確かにザパド自治区へと迫っていた。