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君のためなら、何でもできる。   作者: 足早ダッシュマン
第3章 ─泡沫の姉弟編─
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第5話 光明の宴

※本作は一部に生成AI(ChatGPT)による言語補助を活用していますが、ストーリー・キャラクター・構成はすべて筆者が作成しています。

ご理解の上でお読みください。

1

数日が過ぎたある日。

屋敷の中庭で遊んでいた僕に、カケルが弾んだ声で話しかけてきた。


「ユウ、聞いてください! 今度、宴が開かれるんです!」


「うたげ?」

聞き慣れない響きに、僕は首を傾げた。


「なにそれ?」


「えぇ!? ご存知ないのですか?」

カケルは目をまんまるくして、わざと大げさに肩を落とした。


「えっと、宴っていうのは、この屋敷のいちばん大きな広間で、家族やお客様が集まって、御馳走を食べながら過ごすのです。今回は姉上が陸に行く前の特別なお祝いなので、きっと一生忘れられないものとなりますよ!」


カケルは少し考えながら、わかりやすく説明してくれた。


「へぇ……そんなのがあるんだ」

胸の奥がちくっとした。

ぼくは小屋の中で暮らしていて、外の人がすることなんて知らないことばかりだ。


でも、その言葉を聞いたとき、ふいに思い出した。

お父さんがまだ小屋を離れる前――ぼくの誕生日になると、お父さんとお母さんが小さなケーキを作ってくれた。

お父さんから手作りのおもちゃをプレゼントをもらって、お母さんが甘い匂いのするお茶をいれて。

二人が笑って、ぼくを囲んでくれた。


あれは、ぼくにとっての「宴」だったのかもしれない。

たった三人だけの、ちいさな宴。


気づいたら、ぼくは両手をぎゅっと握っていた。

「ぼくなんかが出ていいのかな……」

不安を口にすると、カケルは満面の笑みで胸を張った。


「もちろんです! 私の遊び相手なのですから、一緒に参加するのは当たり前です!」


その無邪気な言葉に、思わず笑ってしまう。

――宴。どんなものか全然わからないけれど、カケルと一緒なら大丈夫かもしれない。


2

その日、カケルの家にはたくさんの人が集まっていた。

大きな皿に山盛りのお刺身、黄色い衣が乗った揚げ物、甘い菓子の盛り合わせ。

ぼくは目を丸くして、次から次へと並ぶごちそうに見入ってしまった。


「すごいでしょう、ユウ!」

カケルが笑いながら皿に肉をのせてくれる。

「これが宴です。お腹いっぱい食べて、みんなで楽しむのです!」


「うん……すごい……!」

ぼくは胸がはずむのを感じながら、揚げ物にかぶりついた。

生まれてはじめて見る光景に、ただただ目が輝いてしまう。


そんなとき、少し離れた席からケイが近づいてきた。

「やあユウ、楽しそうだね」

「うん! ぼく、こんなにたくさんのごちそう、見たの初めて!」


ケイは笑ったあと、少し声を落として問いかけてきた。

「ユウ、少し質問していい?」

「なあに?」

「カケル様から話は聞いてるけど、ユウは子供なのに一人で旅をしてるのだって? 親に会えなくて、寂しくないのかい?」


――その言葉に、胸の奥がぎゅっとなった。

ぼくは昨日、カケルから「宴」のことを教わったときのことを思い出す。

誕生日の夜、両親が小さなケーキを囲んでくれたあの光景。

あのときと同じ温かさを、ほんの少し思い出してしまって。


……危ない、泣きそうだ。

でも、ぼくは首を横に振って、笑顔を作った。


「ううん、寂しくないよ。だって……小屋の中でずっと暮らしてるより、今の方がワクワクするんだ」

「ワクワク?」


「うん。だってあの変な道具――スマホを拾ってなかったら、ぼくは色んな人達や友達、それにカケルにも会えてなかったんだよ。だから、今の方がずっと楽しいんだ」


ユウの答えを聞いたケイは、ふっと微笑んだ。

「そっか……。じゃあ、これからも友達や、たくさんの経験ができるといいね」


そう言って席を立ったケイは、背中を向けながら心の奥で小さくほくそ笑む。

――計画は、順調だ。この子を現実世界に連れて行く日も、そう遠くはない。


彼はユウの無邪気な笑顔を思い浮かべながら、静かに宴の喧騒の中へと溶けていった。


3

音楽と笑い声に包まれた広間の片隅で、ミチルは杯に口をつけもせず座っていた。

人々の楽しげな声が、逆に耳障りでしかない。

「……騒がしいだけの集まりね」

心の奥に広がるのは、退屈と嫌悪感。


そんな彼女の前に、カケルが駆け寄ってきた。

「姉上!」


カケルは勢いよく近寄ってきて、頬を紅潮させながら目をきらきら輝かせた。


「聞いてください! ユウから前々色んな話聞いたのです!」

彼は言葉を畳みかける。


「陸には、マーリイスクっていう小さな村があって、そこではみんなで畑を世話したりして、毎日楽しそうに暮らしているらしいです! それにモコシュスカヤっていう大きな農業の都市もあってそこを治めとるイヴァンカいう魔女がいるみたいです!」


さらに身振り手振りで続ける。


「それだけありませんよ! 白無窮っていう煌びやかな都市もあって、街全体が光り輝いてて、ここよりも負けないくらいとても綺麗だと仰ってました!」


少年の声は弾み、興奮を隠せない。


「いいなあ! こんな面白そうな場所に行けるなんて! 姉上はとてつもない幸せ者ですよ!私も一緒に行けたらよかったのに! きっと知らないもの、見たことないものがたくさんあって、ぜったい楽しいんだろうなあ!」


その瞬間、ミチルの表情が歪んだ。

椅子を蹴って立ち上がると、怒りのままにカケルの頬を打った。


「い い 加 減 に し て! !」


乾いた音が響いた途端、宴の喧騒がぴたりと止む。

人々の視線が一斉に二人へ注がれる。


「……っ」

頬を押さえたカケルは呆然と立ち尽くした。

その顔を見ることすら嫌悪するように、ミチルは踵を返す。


重苦しい沈黙を残しながら、広間を後にし、自室へと足早に戻っていった。


宴の明るい灯りだけが取り残され、誰も声をあげられないまま、空気は冷え切っていた。


4

ミチルは苛立つ足取りのまま自室へ戻ると、乱暴に扉を閉めた。宴の喧噪は遠くに消え、部屋の中は静まり返っている。

彼女はしばらく息を荒げたまま立ち尽くしていたが、やがて仮面を外し、机の下の奥深くに隠してある小さな箱に手を伸ばした。


鍵を取り出し、震える指で錠を外す。かちりと乾いた音が鳴る。

ゆっくりと箱を開けると、中には何度も読み返したせいで角の擦り切れた一冊のノートが収められていた。


それは「交換日記」。

表紙には、拙い文字で――


『ミチルとエイコ』


――と、ふたりの名前が並んでいる。


ミチルはそっとその表紙をなぞる。目に映る文字がにじんで揺れた。

「……エイコ」

小さく、誰に聞かせるわけでもなく名前をつぶやくと、彼女は膝を抱えて日記を胸に押し当てた。

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