第3話 異文化
※本作は一部に生成AI(ChatGPT)による言語補助を活用していますが、ストーリー・キャラクター・構成はすべて筆者が作成しています。
ご理解の上でお読みください。
1
嫦月国・石蛇家の一室。
静かな水の揺らぎを透かす広間の中央で、若き当主ミチルは姿勢を正して座っていた。
顔の上半分を覆う薄い仮面。その下で視線は冷えきっている。
ケイは深々と一礼し、書見台に地上の本を広げた。
「本日は、陸で交わされる挨拶について学んでいただきます」
その言葉に、ミチルは仮面の下で目を細め、扇を軽くはたく。
「……余所者の作法など、私には不要。
海底の者に頭を下げる文化があるとでも?」
冷笑を浮かべる声音。
だがその手は扇を強く握り込み、白魚のような指先に小さな痕を作っていた。
ケイは静かに差し出した。
「陸では、こうして手を取り合い、敵意がないことを示すのです」
ミチルは一瞬ためらった。
視線を逸らし、深呼吸する。
そして渋々――扇を閉じ、彼の手に触れる。
仮面に隠された表情は読めない。
だがその頬に、一瞬、陰のようなものがよぎった。
やりたくてやっているのではない――まるで、背後に抗えぬ理由があるかのように。
すぐに手を引き、冷たく言い捨てる。
「……まあ、形だけなら真似してやってもいいわ」
扇を口元に当て、瞳を隠す。
その仕草に、ケイはあえて触れなかった。
ただ静かに、淡々と次のページを開いた。
2
ミチルが仮面の奥で淡々と授業を受けている頃、
弟のカケルとユウは中庭の小川のほとりに腰を下ろしていた。
「ユウ。少し、遊びませんか?」
にやりと笑ったカケルが、ふたつの短冊を取り出す。
「川柳というものです。本来は俳句を詠む遊びなのですが、この庭の川に杯を流して……自分の所にたどり着くまでに五文字、七文字、五文字の詩を完成させるのです。」
「……せんりゅう?」
首をかしげるユウに、カケルは得意げに頷く。
「俳句は季語を必ず入れなければならないのですが、先程四季を生まれてからずっと存じ得ないとお聞きましたので。」
ユウの目が丸くなる。
自分のことを理解してくれようとするカケルの提案に、少しだけ胸が温かくなる。
「……じゃあ、やる!」
「決まりですね!」
二人は杯を水面にそっと浮かべる。
ゆらゆらと揺れる杯は、澄んだ水流に乗って下流へ流れ出した。
「下流のところに来るまでに考えてください。負けたら……そうですね、次のおやつの果物を譲るということで!」
「……えっ」
思わず眉をひそめるユウ。けれど、口元には小さな笑みが浮かんでいた。
杯は水の揺らぎに踊り、言葉を編む時間を与えてくれる。
深桜の空気の中で、二人だけの小さな遊戯が始まった。
3
杯は小川に揺られながら、ゆっくりと下流へ。
ユウは膝の上で小さな手をぎゅっと握りしめながら、必死に頭をひねっていた。
「家族……家族か……」
父のこと、母のこと。思い浮かべては首をかしげる。
けれど、ふいにある朝の記憶がよぎった。
そして、ユウの顔にぱっと笑みが浮かぶ。
杯が流れ着くより先に、ユウは小さく手を挙げた。
「できた!」
「お、早いですね。聞かせてくださいっ!」
ユウは少し誇らしげに声を張り上げる。
バ ね お
┃ お か
バ き あ
ヤ の さ
ガ す ん
が
た
「……ばーばやが?」
聞き慣れない単語に首をかしげるカケル。
「バーバヤガはね……森に住む、こわーい魔女のことだよ。寝癖だらけのお母さん、そっくりなんだ」
一瞬の沈黙のあと――カケルは腹を抱えて大笑いした。
「あはは! お母様がバーバヤガって!」
笑いながら、カケルは満面の笑みで川柳を声に出した。
し い あ
ゃ か ね
ち り う
の し え
ご す の
と が
し た
ユウは思わず息を呑む。
そして先ほど見せてもらった魚図鑑のページを思い出し、ぷっと吹き出した。
「シャチって……海の殺し屋でしょ! ぴったり!」
二人は顔を見合わせ、涙が出るほど笑い続けた。
――だがその直後。
カケルの背後から低い声が響く。
「……誰が、海の殺し屋ですって?」
ぴたりと笑いが止まり、カケルは振り返る。
そこには、仮面をつけた姉――ミチルが立っていた。
「ひ、ひえっ……!」
カケルは即座に逃げ出し、ミチルは無言で追いかける。
その騒ぎを、ユウは口を押さえながら、廊下に立つケイと並んで見送っていた。
ケイは肩をすくめ、ユウにだけ小さく笑みを見せた。




