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君のためなら、何でもできる。   作者: 足早ダッシュマン
第3章 ─泡沫の姉弟編─
32/39

第1話 面会

※本作は一部に生成AI(ChatGPT)による言語補助を活用していますが、ストーリー・キャラクター・構成はすべて筆者が作成しています。

ご理解の上でお読みください。

1

狭く丸い視界の外は、真っ青な世界だった。

 ユウは潜水ポットの小さな窓から、その先に広がる光のない海をじっと見つめていた。上下の感覚が薄れ、どこか夢の中にいるような気分だった。


「気分はどう? 酔ってない?」

 向かいの席に腰かけたリンが、すでに人間の姿に戻っていた。海に潜るときに見せた金色の鱗と魚の尾は消え、今は濡れた髪をハンカチで軽く拭いながら、やわらかな声で話しかけてくる。


「……うん、平気」

 ユウは小さく頷いたものの、心の中は落ち着いていなかった。


「じゃあ、少しだけ説明するわね。これからあなたが行くのは――深桜みおう。海底に広がる、私たち海底人が暮らす都市群の総称よ」


 リンはポットの天井近くに設置されたスクリーンに軽く指を触れた。

 水色の立体地図が浮かび上がり、いくつもの大小さまざまな円形のエリアが海中に広がっている様子が映し出される。


「深桜は、こうして数十の“地域”に分かれていて、それぞれが異なる一族に統治されているの。どこも文化も法も違っていて、まあ、陸でいう県や州みたいなものかしら」


 その中のひとつが、ゆっくりと拡大される。

 他のエリアよりも明るく整った街並み、建物の装飾もどこか豪奢で、美しさを保っているように見えた。


「私たちが向かっているのは嫦月国こうげつのくに。上澄みに近い場所にあって、経済も文化も発展しているエリアよ。美しい街並み、薬学や工芸も盛んで、深桜の中では“誇り高い”一族が住むことで知られているわ」


 ユウはその言葉に少し眉をひそめた。


「……そこに、なんで僕を?」


「嫦月国を治めているのは**石蛇家いわへびけ**という名家。その次期当主の弟――カケルっていう少年の“遊び相手”として、あなたを連れていくの。とっても頭が良くて好奇心旺盛だけど、なかなか友達ができない子なの」


「僕が……その子の友達に?」


「そう。知人の子どもとして紹介するわ。あなたなら、うまくやれると思って」


 リンの目は冗談ではなく、本気でそう思っている色だった。

 ユウは唇を尖らせ、座席に深く座り直す。


「……また勝手に決めてー」


「勝手じゃないわ。あなたは、選ばれたのよ」


 その言葉の意味を、ユウはまだ知らない。

 ポットはそのまま、深海の闇を抜けて、やがて都市の輪郭がうっすらと見え始める――

 それが、彼の新しい日々の始まりだった。


2

ポッドが到着したのは、まるで光を蓄えるような透明なドームの中庭だった。

 クラゲの触手のように揺れる水草に囲まれ、天井越しにうっすらと届く深海の光が、庭の真珠のような石畳に反射して揺れていた。


「到着しました。こちらへどうぞ」


 無機質で丁寧な声が、ユウを呼ぶ。

 現れたのは石蛇家の使用人らしき女性で、仮面で目元を隠し、深い藍色の衣に身を包んでいた。無駄な動き一つない所作に、ユウは少しだけ背筋を伸ばしてしまう。


 リンに手を振られながらポッドを降りた彼は、そのまま案内されるままに白い回廊を進み、

 まず通されたのは、湯気の立ちのぼる風呂場だった。


「まずは身体を清めていただきます。外の菌はこの家には持ち込めませんので」


「……はい」


 知らぬ間に服を丁寧に畳まれ、ひとり浴槽へ。

 ぬるめの湯の中で、ユウはぼんやりと泡の浮かぶ天井を見つめていた。

 異世界のような空間に、心も体も追いつかない。けれど、もう戻れない場所があることも、わかっていた。


 身体を清めた後、ユウは濃い藍と白を基調とした子供用の衣装に着替えさせられた。

 肩や胸にさりげなく施された刺繍は、どこかクラゲを思わせる柔らかな曲線を描いている。

 鏡に映った自分は、もうさっきの自分ではなかった。


 ――あれ? なんか、ちょっとだけ……かっこいい?


 ふっと照れくさくなりながら廊下を進んでいくと、

 やがて障子のような扉の前に立たされた。


「こちらが、ご面会を行うお部屋でございます。しばらくお待ちを」


 使用人が静かに告げ、後ろへ下がる。

 ユウがそっと扉を見上げたその時だった。


 ――そこに、“一人の男”がいた。


 静かに歩く足音。

 そして現れたのは、海底人とは少し違う雰囲気を纏った、一人の青年だった。


 背が高く、スラッとした身体。

 腰のあたりまである長い白髪は一つに束ねられ、肌は透けるほど白いのに、瞳は黒く丸い。


 ユウはその姿に、思わず息を止めた。


 まるで、泡の向こうに立つ幻のようだった。

 どこかこの世界のものではないのに、不思議とここにしっくりと馴染んでいる。

 そんな矛盾を抱えた存在に、目が離せなかった。


 青年はユウの方を見て、ふと柔らかく微笑んだ。


「……きみが、遊び相手の子だね」


 その声は、海の底の泡みたいに、どこか優しく、どこか淡い。


 ユウは一瞬だけ返事を忘れ、ぽかんと口を開けたまま、彼を見つめていた――。


3

 部屋の中の童子は、畳の上に正座しながらも、少しだけ身体を前後に揺らしていた。

 退屈だと怒られるのはわかっている。でも、今日はなんだかいつもと違う空気が部屋に漂っていて、落ち着かなかった。


 目の前に座る姉――ミチルは、いつも通り無表情で仮面をかぶり、隙のない姿勢でお茶を口にしていた。

 仮面の奥にあるはずの目は、何を考えているのか、カケルにはまだよくわからない。


「もうすぐ、来ますよね?」


 姉にそう声をかけると、ミチルは一度だけゆっくりと頷いた。

 それだけで、カケルはなんだか胸が高鳴るような気がした。


 ――コン、コン。


 襖が軽く叩かれる音がして、すぐにスルリと開いた。


 「お邪魔します」


 現れたのは、クラゲのような滑らかな動作で歩く女性――リンだった。

 その後ろに、白髪の青年と、ユウが控えている。


「ミチル様、そしてカケル様。ご挨拶が遅れました。こちらが、講師のケイ様。

 陸の文化や礼儀作法、交渉の形式などを教えてくださいます。そして……」

 そう言って、リンはユウを軽く前に出した。


「こちらが、カケル様の“遊び相手”としてお連れした子です。名前はユウ」


 カケルは驚いたようにユウを見つめた。

 深桜で見るどの子とも違う、どこか軽やかな立ち姿。肌の色も、髪の揺れ方も、まるで違っていた。

 そして、なにより――


「……同い年くらい、かしら?」


 ぽつりとつぶやいた言葉に、ミチルの仮面が僅かにこちらを向いた。


「講師だけじゃなくて、遊び相手まで? 聞いてなかったわ」

 ミチルが低い声で言うと、リンはひるむことなく微笑を返す。


「もちろん、急な話であることは承知しております。ですが、ユウの生活費・衣食住はすべて私が負担いたします。教育の邪魔になるようなことも決していたしません」


「……それでも」


 ミチルの口元が動きかけたとき、カケルがすっと立ち上がった。


「わたし、この子とお話してみたいです!」


 ユウに向けられたカケルの目は、子どもらしく好奇心に満ちていた。

 仮面をしていないこの弟だけが、石蛇家で唯一「目を合わせても石にならない」存在だった。


「だって、陸から来た子と会うの、わたし初めてなんですよ。いいでしょう?」


 その言葉に、ミチルは一瞬だけ沈黙し、そして小さくため息をついた。


「……好きにしなさい。ただし、規律は守ること」


「……!」


 嬉しそうに頷いたカケルは、ユウの方へと駆け寄っていった。

 心がふわっと浮かぶような気がした。


 ――この子となら、退屈な日々が、少しだけ変わるかもしれないと思った。

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