最終話 いざ都へ。
※本作は一部に生成AI(ChatGPT)による言語補助を活用していますが、ストーリー・キャラクター・構成はすべて筆者が作成しています。
ご理解の上でお読みください。
1
タイガの森は、初夏でも冷え込む。
深く生い茂った針葉樹の中、小道とは呼べぬ踏み跡を歩いてきたロスティスラフは、木造の小さな小屋の前で立ち止まった。白い息を吐きながら、分厚い外套のまま、拳で木の扉を軽くノックする。
コツ、コツ、……ガチャ。
無造作に開いた扉の向こうに現れたのは、ボサボサに乱れた赤いミディアムヘア。
肩を落としたジャージ(ただし、ブランドのロゴが微妙に歪んだ偽物)を羽織り、涙のあとが目の下にくっきり残る。
三白眼気味のタレ目が、睨んだ途端にジト目へと変わる。
「……徒歩かよ。相変わらず変なとこでサバイバル趣味だな、あんた」
現れたのは、ユウの母――ヴェラ。
小柄な体で仁王立ちしながら、じろりとロスティスラフを見上げる。
その目は眠れていないせいか赤く腫れていたが、気力だけは相変わらずだった。
「まさか、寒い森ン中ずっと歩いて来たんじゃないだろうな?」
「歩いた。問題ない」
「あっそ。勝手に風邪でもひきゃいい。」
それでも彼女は黙って道を空ける。ロスティスラフは礼も言わず、小屋の中へと入った。
⸻
粗末なテーブルを挟み、向かい合うふたり。
部屋には小さな暖炉の火がちらちらと揺れ、古びた毛布が干されたままの匂いが漂っていた。
「ユウは無事だ。攫ったのは“リン”。名に覚えがあるはずだ」
「……ああ、いたな、そんなヤツ」
ヴェラは背もたれに肘をかけ、顔をしかめる。
「妙に馴れ馴れしくて、人の名前も呼び捨てにしてくるインチキ魔女。胡散臭ぇ商売ばっかして……たまに来ては“この粉は人生変えるよ”とか言ってきやがった。あたしの拳が変えたけどな」
ロスティスラフは反応を返さず、話を続ける。
「ユウをどこへ連れて行くかは、おそらく“深桜”だ」
「……あそこかよ」
ヴェラは大げさに目を細め、ジト目で睨む。
「ジメジメしてんのにプライドばっか高ぇ連中の巣。あたしが子どもだったら絶対行きたくねぇな」
テーブルの上にあったカップを取ると、空だったのを見て舌打ちする。
「それで? あんたは“助けに行く正義の父親”ってわけ?」
「俺は明日、“モナルダ”へ入る」
「……はあ?」
ヴェラは唇を引きつらせて笑った。
「モナルダ? あんた、あの腐っても威張ってる国家に何の用よ。いまさら“怪しいビジネス調査”とか、そんな名目で誤魔化せると思ってんの?」
「名目で十分だ。俺の目的は別にある。それだけだ」
短く言い放つロスティスラフ。
そのぶれない瞳に、ヴェラは息を詰めて視線をそらした。
しばし沈黙のあと、ヴェラはぼそっと呟いた。
「……で、もう行くの?」
「行かない。今夜は泊まる」
その言葉に、ヴェラはカップを持ち上げようとして、止まった。
「……は?」
ロスティスラフは変わらず静かな声で言った。
「今夜は、お前と一緒にいたい」
ヴェラの頬がふいに染まる。けれど、あからさまに目をそらすこともせず、肩をすくめるようにして顔をしかめる。
「……アンタねぇ、寝床の準備なんかしてねぇからな。毛布も足りねぇし、暖炉の薪だってギリギリなんだから」
「構わん。床でもいい」
「ハッ、言ったな。朝になって腰痛いとか言うなよ?」
ヴェラは、そう言いながらも、テーブルの向こうで目元だけがほんのわずかに和らいでいた。
2
風が止んだ海辺に、波の音だけが静かに打ち寄せていた。
空はまだ薄曇り。けれど、潮の香りは濃く、どこか異国のような空気を孕んでいる。
「……え、ここ?」
足元の砂をぎゅっと踏みしめながら、ユウが声を上げる。
「都に行くんでしょ? でも……船なんて、どこにもないよ?」
連れてこられた場所は、小さな湾のような入り江だった。廃れた桟橋もなく、ただ自然そのままの海岸が広がっている。
それを聞いたリンは、ふわりと笑った。
「船で行くと思ったの? かわいいわね」
その声はやさしいのに、どこか含みがある。
次の瞬間――
ザブン、と静かな水面が割れた。
ユウの目の前で、リンの身体が変化していく。
その下半身が、黄金色に輝く美しい鱗に覆われた巨大な魚の尾へと変わり、水中へ滑るように潜っていった。
「うわっ……!」
ユウは思わずあとずさる。
水中に入ったリンはそのまま深く潜っていき、やがて海の底から――何かが浮かび上がってきた。
青白く光る半球体。
それは金属のようでもあり、貝殻のようでもあり……ただの機械とは思えない、どこか生物的なフォルムだった。
ぽこぽこと水をはじいて浮かび上がったそれは、まるで意思を持つかのようにユウの足元まで滑るように寄ってくる。
リンが水面から顔を出す。
その黄金の尾が、海の中で優雅に波打っていた。
「この“潜水ポット”なら、水圧も寒さも問題ないわ。ふたり乗りよ」
そう言う彼女の瞳は、どこか懐かしげで――けれど、決して揺らいではいなかった。
「さあ、行きましょう」
リンの声が海風に溶ける。
「海底人が住まう、深桜へ」
水面がきらめき、ポットのハッチが音もなく開いた。
ユウはただ、押し寄せる冒険と不安とを、その小さな胸にいっぱいに詰め込みながら、無言でその光景を見つめていた。
君のためなら、何でもできる
第2章─アイドルゲーム編─
終




