第8話 花ツバメ
※本作は一部に生成AI(ChatGPT)による言語補助を活用していますが、ストーリー・キャラクター・構成はすべて筆者が作成しています。
ご理解の上でお読みください。
1
風が高く吹き抜ける廃ビルの屋上。夕焼けが赤く街を染める中、ハナはひとり、膝を抱えて座っていた。
まるでそこに、誰かの存在の跡など初めからなかったかのように、静かな場所だった。
──あの頃は、まだ国が分かれていた。桃木蘭の、厳格な空気の中で。
ハナは思い出していた。
軍のエリートだった両親の背中。居並ぶ勲章、軍服の鋭い折り目。
彼女は生まれつき、魔核の質が低かった。それは軍人一家にとって「欠陥」だった。
魔法の才能がないなら、せめて芸事くらいできるようになれ──
そう言われて、幼い頃から楽器に触れさせられた。ピアノ、バイオリン、歌。
それらは、ただの「家名の装飾」だった。彼女にとって音楽は、心を自由にするものではなく、義務であり、義務の果てだった。
やがて、妹が生まれた。
美しく、そして驚くほど魔核の質が高い妹。
両親の目はたちまち妹に向き、ハナは「忘れられた飾り」に変わった。
それでも、ハナは諦めなかった。認められたかった。
才能がなくても、努力で補えると信じて。
海外の観光客の前でも、政府高官のパーティーでも、ミスのない完璧な演奏を続けた。
だけど両親の眼差しは、もう戻ってこなかった。
そして、「花ツバメ部隊」が創設された。
王直属の、パフォーマンスも担う飛空部隊。
華やかな衣装とジェットパック。空に描く魔法の航跡。
そしてそのセンターに選ばれたのは──妹だった。
街は湧いた。両親は誇らしげに妹を連れ歩き、ハナはますます遠ざけられた。
だが、その栄光は長くは続かなかった。
王の気まぐれで、部隊は「反逆の温床」とされ、突如として解散。
花ツバメの名を冠した者たちは粛清の対象となり、メンバーとその家族は次々に逮捕されていった。
ハナの家も例外ではなかった。
彼女は連行され、尋問された。
けれど部隊には関与していなかった。ただの「魔核の質が低い娘」。
無価値として、無視され、放り出された。
生き延びた──ただそれだけだった。
政府に保護され、音楽を「続けろ」と言われた。
華やかな衣装、ライトの下、舞台の上。
けれど、そこにはもはや自分の意思などなかった。
──音楽がなければ、私は死ぬ。
その考えは、国が統一されても変わらなかった。
生きる理由が「音楽しかない」と思い込むことで、かろうじて前を向いていた。
そして、そんな自分を変えたくて、アイドルゲームに飛び込んだ。
けれど──脱落した。
夢を、奪われたわけではない。
夢なんて、最初から持っていなかった。
ただ、失ってはいけない「唯一の拠り所」を失ったように思えて。
「……どうして、私は……」
ビルの上。高く、誰の目にも届かない場所。
冷たい風が髪を揺らし、遠くで鳥の声が聞こえた。
音楽は、いつから私にとって檻になったのだろう。
その問いに答える者は、まだどこにもいなかった。
2
「──飛び降りるつもり?」
背後から聞こえた軽い声に、ハナは驚いて振り返った。
そこには、いつもと変わらぬ調子で笑うピッピがいた。紙袋を手に、まるで散歩の途中のような顔をして、屋上の風に髪をなびかせている。
「……なんでここに?」
「探したよ。まさかとは思ったけど、有名なんだよねここ。自殺の名所として」
ピッピはひょいと屋上の縁に腰かけ、下をのぞくでもなく、空を仰いだ。
「私の知り合いにもいたんだ、ここから飛んだ子。借金で首が回らなくなっててさ。でも最後まで“飛ばない”って言ってたのに……不思議だよね」
彼女の笑いはいつもと同じように軽い。でも、どこか、遠くを見つめているようだった。
「ハナも……まさか、そうするつもりじゃないよね?」
「……しないよ」
ハナの声は、少し掠れていた。けれど、真っ直ぐだった。
「そっか、よかった」
それだけ言って、ピッピは紙袋を開いた。中には折りたたまれたチラシが一枚。
ハナに見せるでもなく、ただ自分の膝の上に広げると、そこに印刷された太字の見出しがゆっくりと風に揺れた。
──《アイドルゲーム 敗者復活戦 開催決定》
敗退した出場者の中から、たったひとりだけ。
一般人投票によって、準決勝への切符が与えられる。
期日は短い。条件も厳しい。
でも、そこにあるのは確かに「もう一度」のチャンスだった。
ハナの目が、そのチラシに吸い寄せられる。
読んでも、すぐには言葉が出てこない。
ただ、胸の奥に、ぽつりと灯るものがあった。
「……ピッピ」
「うん」
「……そっち、ちゃんと勝ち上がってよ」
「そっちも。チャンスあるじゃん、ね?」
二人は見つめ合い、小さく笑った。
そして、ほんの少しの沈黙の後。
「でもさ──」
ピッピは唐突に言った。
「もし私たち、どっちも決勝まで行けなかったらさ。ここから一緒に飛び降りよう」
ハナは目を見開き、次の瞬間には吹き出していた。
「なにそれ……」
「嘘に決まってるでしょ。冗談だよ、冗談。まあ、ちょっとくらいは本気だけどね」
ハナは立ち上がり、風になびく髪を押さえながら笑った。
「……うん。いいよ。今だけは、それでいい」
そう言って、二人は肩を並べて階段へ向かう。
まるで、なにか新しい約束を背に受けるように──
薄い夕暮れが、廃ビルの屋上を静かに染めていた。
3
「おかえり!」
扉が開いた瞬間、ユウの声が弾けた。
ピッピのバイト先──チキン屋の厨房と住居スペースが繋がったその場所には、すでに夕飯の準備が整えられていた。机の上には、揚げたてのチキン、野菜のスープ、簡単なサラダ、そしてふわふわのパン。
「待ってたよ!夕飯、おじさんと一緒に準備したんだ!」
ユウは満面の笑顔で駆け寄ってくる。エプロンの裾にはソースの跡がついていた。
「あとね、聞いたよ! 敗者復活戦、あるんだって! すごいよね、まだチャンスがあるなんて!」
「うん、そうだね」とピッピは苦笑しながら、キッチンの流し台へ手を洗いに行く。
ハナも小さく頷いて台所へ向かい、静かに手を清める。鏡に映る自分の顔を少しだけ見つめ、すぐに目をそらした。
やがて三人でテーブルを囲む。店長も加わって、ワイワイと賑やかな夕飯が始まった。
ユウがあれこれと話し、ピッピはチキンの揚げ方に文句をつけ、店長は「誰がオジサンだ」と笑って返す。
笑い声が、部屋いっぱいに広がっていく。
けれどハナはその輪の中で、少しだけ別の場所にいた。
──絶対に、勝つ。
表情には出さなかったが、心の奥には静かな炎が灯っていた。
あの廃ビルで見た景色、ピッピの言葉、そして敗者復活戦のチラシ。
すべてが心に突き刺さり、離れなかった。
──音楽なんて好きじゃない。でも、これが私に与えられたものなら。
誰かに与えられた道で、私は、私を取り戻してやる。
勝つ。悔いは残さない。
絶対に。
スープをひと口飲む。
ほんの少しだけ、味が沁みた気がした。




