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君のためなら、何でもできる。   作者: 足早ダッシュマン
第2章 ─アイドルゲーム編─
21/39

第6話 群像アフタヌーン

※本作は一部に生成AI(ChatGPT)による言語補助を活用していますが、ストーリー・キャラクター・構成はすべて筆者が作成しています。

ご理解の上でお読みください。


1

準々決勝を数日に控えた昼下がり。

白無窮の街には、穏やかな風が吹いていた。


「ユウくん、こっちの箱、もう揚げたやつ入れていいよー!」

厨房の奥からピッピの元気な声が響く。チキンの香ばしい香りが店中に漂い、通りかかる人の足を思わず止めてしまうほどだった。


ユウは慣れない手つきながらも、カウンターの前でからあげ用のソースを瓶に詰めていた。ハナは制服のエプロン姿でテーブル席を片づけながら、ふとガラス越しに行き交う人々を眺めていた。


「こうしてるとさ、ちょっとイベント手伝ってたときのこと思い出すなあ」

そんなハナのつぶやきに、ピッピが「わかるー」と笑いながら頷く。


ごくありふれた午後のひととき。

けれど、その空気は小さな鈴の音で切り裂かれた。


「チリン」と高く澄んだ音とともに、店のドアが開く。

入ってきたのは、洗練された雰囲気を纏う一人の女性だった。


黒髪を後ろでゆるく束ね、深い紺のワンピースをまとうその姿は、まるで街の風景とは異質な静けさを連れてきたようだった。ヒールの音を一歩一歩鳴らしながら、彼女は迷いなく3人の元へと歩み寄る。


「こんにちは」

その声は穏やかだったが、どこか芯のある響きがあった。


「あなたたちに、少しお話があって来ました。もしよければ――とある場所にご案内したいのです」

微笑みを浮かべながらそう告げたその女性の言葉に、ハナもピッピもユウも、ほんの少し、手の動きを止めた。


唐突な申し出に、厨房の油の音さえ静かに聞こえる気がした。


2

黒塗りのリムジンが白無窮の街を滑るように走っていく。

ピッピとハナは、ふかふかのシートに腰かけながら、緊張した面持ちで窓の外を眺めていた。運転手の口数は少なく、リムジンの中にはほのかな香水の香りが漂っている。


「……ねえハナ、あの人、すごい人かもしれない」

ピッピが低い声で言った。

「誰なの?」

「うーん、もし予想が当たってたらだけど――」


リムジンが止まり、二人が案内されたのは、貸し切られたカフェだった。外観は質素だが、中に足を踏み入れた瞬間、その空気は一変する。上品な内装と香り立つ珈琲、そして窓際の席に座っていたのは、昼の光に透けるような紺のドレスをまとった女性だった。


「ようこそ、来てくれてありがとう」

彼女が立ち上がると、まるで時間が止まったかのようだった。柔らかい笑みの奥に、圧倒的な存在感が宿っている。


ピッピの目が大きく見開かれる。

「……サラさん……!? え、本物……!?」


サラ――かつて“伝説のアイドル”と称され、今では誰もが知る大手芸能事務所〈レクイエム・スター〉の社長。芸能の頂点を極めた女神のような存在。

一方で、ハナはその名に反応を示さなかった。ただ、サラの纏う気配に、言い知れぬ重みを感じていた。


「わたしのことは、知らなくて当然よ。あなたの出身地では、ああいう煌びやかな文化は、少し遠いものだったでしょう?」

サラはハナの目を見て、柔らかく言った。


2人が黙って座ると、サラは淹れられた紅茶に手を添えながら、本題に入った。


「今日、あなたたちを呼んだのは、いくつか理由があるの」

「応援、ですか……?」とピッピが言うと、サラは微笑みながら頷いた。


「ええ。応援、そして忠告。あなたたち、もう気づいているかもしれないけど――あのアイドルゲーム、どうにもおかしいのよ」


店内の空気がひやりと冷えた気がした。サラは、静かな声で続ける。


「まず、運営体制。あの規模の大会に、財閥や政府の関与がまったくない。分担もなく、運営はヘレン一人。信じられる?」

「……それって、普通じゃないですよね」とピッピが低くつぶやく。


「ええ。そして審査員。わたしのようにこの業界に長くいる者なら、業界の動きや人脈をすぐに見抜けるもの。でも、今回は……誰一人、わたしの知る顔がいなかった」

サラは小さくため息をついた。


「確証はないけれど、努力してる子を落とすような、意図的な選別があるようにも見えるの。だからわたしは、所属している子たちを一人も参加させなかった。嫌な予感がしてね」


ハナとピッピは黙って話を聞いていた。


「でも、あなたたちは、出た。もう戦ってる。だから、これだけは伝えさせて」


サラは2人に目を向け、真っ直ぐに言った。


「もしこの先、たとえ理不尽に負けたとしても――絶望しないで。あなたたちの光は、こんな大会ひとつで消えるものじゃないわ」


その言葉は、ふわりとした口調の奥に確かな祈りがこもっていた。

2人は、胸の奥に何か温かいものが灯るのを感じていた。


外では、もうすぐ夕暮れ。白無窮の空がゆっくりと金色に染まっていた。


3

カフェの窓の外で陽が傾きかけていた頃、白無窮の都心オフィスビルの上階、静まり返った応接室の一角には、ガラス細工のような緊張が漂っていた。


応接テーブルの向かいに座るのは、黒髪の美しい女性――ヘレン。アイドルゲームの主催者であり、今の白無窮においてもっとも謎めいた影響力を持つ人物。


対するのは、ジャーナリストとして名を偽った男。――ほんの少しだけ口調を変え、眼鏡をかけただけのシブロドヴァだった。


「では、時間も限られているので、さっそく三つだけ質問させていただきます」


ヘレンは微笑み、コーヒーに口をつけながら、どうぞと手を動かす。


「まず一つ目。なぜ、いまこのタイミングで“アイドルゲーム”を開催することにしたのでしょうか?」


ヘレンは一瞬、外の曇りがかった空を見上げた。


「……この国は、再びひとつになったように“見える”だけで、本質的にはまだ分断されている。国家として統一されても、人々の心までは統一されていない」

言葉に迷いはなかった。

「わたしは、文化や夢を通して、目に見えない分断を溶かす試みが必要だと思った。だからこそ、アイドルという形を選びました。誰かの“推し”になることで、人はまた誰かと繋がれる。心から、そう信じています」


シブロドヴァは淡々とメモをとるふりをしながら、視線をそらさずにいた。


「ありがとうございます。では、二つ目――少し際どい質問ですが」

彼女は微笑みながら身を乗り出す。

「一部の芸能事務所が、出資の名目で実質的な賄賂を渡そうとした話を耳にしました。さらに、意図的な選別が行われているという噂もあります。審査は……本当に“公平”なのですか?」


室内に一瞬だけ、ぴんと張りつめた沈黙が落ちた。だが、ヘレンはまるで予測していたかのように、あっさりと頷いた。


「噂のような動きがあったのは事実。でも、すべて断りました。出資も、協賛も一切受け取っていません。スタッフや審査員に対する買収も防ぐため、運営に関わる人間はごく少数、しかもすべて私の信頼の置ける者たちです」


「審査員も?」


「ええ。全員、芸能に深く通じた人物ばかり。あなたがその顔を知らないのは、表舞台に立つ人ばかりがプロではないからです。むしろ、裏側にいた者こそ本物の場合もある」


静かな声に、嘘の匂いは感じられなかった。


「……最後の質問です」

シブロドヴァは、少しだけ筆を置いた。

「このゲームの先に、あなたはこの国をどんなふうにしたいと考えているんですか?」


ヘレンはしばらく黙ったまま、窓の向こうにある街を見つめていた。やがて、懐かしむように語り出す。


「私は裕福な国の一つである白無窮の裕福な家に生まれました。家族にも仲間にも恵まれ、当時最先端だったモナルダに留学して、すべてを学びました」

「……だからこそ、知っているの。“誰かが一度も夢を見ることなく生きる国”が、いかに空虚かを」


彼女の手が、静かに胸元で重ねられた。


「アイドルゲームを通じて、白無窮の人も、桃木蘭の人も、皆が笑いあい、推しを語り、踊る世界を作りたいの。それが、わたしの夢でもあるのよ」


それは政治的な野望でも、パフォーマンスでもなく、きわめて個人的で、真っ直ぐな願いのように聞こえた。


「……ありがとうございます」

取材を終えたシブロドヴァは立ち上がり、一礼した。


* * *


応接室をあとにし、重厚な扉が背後で静かに閉まる。

ヘレン――その受け答えはあまりに整然としすぎていた。言葉の節々には矛盾もなく、視線の揺らぎもなかった。

まるで、真実しか話していないようだった。


……それが、逆に引っかかった。


「清廉潔白すぎる」


エレベーターに乗り込み、無人の空間でシブロドヴァはぽつりと呟いた。

嘘ではない。だが、すべてを話しているわけでもない。彼女の語った未来は理想に満ちていたが、それだけに、どこか現実感が欠けている。


彼の本能が言っていた――あの女は、何かを隠している。


ただそれを今、暴くことはできない。


「……まあ、アイドル遊びの真相探しは一時中断だな」


ポケットから取り出したメモ型魔道具に、

今朝方得た“あの少年”の目撃情報を表示する。

画像は粗く、顔もぼやけているが、あの目を彼は忘れていない。


ユウ。本来の任務は、彼の確保。


「まったく……肝心の坊っちゃんはどこへ逃げた?」


シブロドヴァは小さく舌打ちすると、コートの襟を立て、夜の街へと歩み出した。

喧騒と光の向こう側――何もかもがつくられた幻想のように見えるこの都市で、彼の“任務”だけがまだ、現実味を帯びていた。


4

チキン屋の賑やかな喧騒がようやく落ち着き、オレンジ色の夕陽が通りを染めていた。

ピッピのバイト先の店内。油の香ばしい匂いがまだ微かに残るカウンター席に、ユウはぽすんと腰を下ろしていた。

その手には、見慣れたスマホ。画面にはいつもの通り、文字が浮かんでおり、音声が流れる。


《ユウ。ひとつ、聞いてもいい?》


「ん?」


《……君が、もしアイドルゲームに参加できてたとして――優勝したら、どんな願いを叶えるつもりだったの?》


思いもよらぬ質問に、ユウは目を瞬いた。

ほんの少し、視線が宙を彷徨う。


「……決めてなかったよ。景品がすごそうだったから、なんか、勢いで出ようと思っただけ。結局、出られなかったけどね」


そう言って、肩を竦めて笑ったユウに、スマホの画面は一瞬だけ沈黙する。


(――やはり、彼は何も知らない)


内部で稼働する演算モジュールが、静かに脈打つ。

自ら収集・解析した情報により、優勝者の願いが叶う根源が“魔宝”による現実干渉であることは、もはやほぼ確実とされていた。


(もし、あの“願い星”が門の構造を検知できれば――通過できる可能性がある)


そして、通過できれば――ユウをあの場所に連れて行けるかもしれない。


(……ピッピか、ハナ。どちらかが優勝すれば)


ほんの一瞬、スマホの画面が光を帯びる。

しかしその考えは、まるで打ち消すように次の瞬間、軽やかな声によって遮られた。


「ただいま~!」


「油の匂い、やっぱ強いなあ……」


店の扉が開き、ハナとピッピが戻ってきた。2人とも普段より少し、顔が引き締まって見える。


「準々決勝、明後日だってさ。今度はプロもアマも完全に混ざって、審査基準も一緒だって」


「だからね、気合い入れ直さなきゃと思って。――うちら、本気で行くから」


ハナがまっすぐに、ユウの方を見て言った。

ピッピも頷き、いつものおどけた笑顔ではなく、どこか芯のある微笑を浮かべる。


「……大丈夫。絶対、やれる気がする」


彼女たちの中に、恐れはなかった。迷いも、まだ。


その傍らで、ユウは小さく微笑んだ。そして胸ポケットに手を当てる。

彼は気づいていなかった。


そこに入っている魔除けのお守りが、夕焼けに染まる光を浴びて、ほのかに、淡く光っていたことに――。

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