第5話 疑念
※本作は一部に生成AI(ChatGPT)による言語補助を活用していますが、ストーリー・キャラクター・構成はすべて筆者が作成しています。
ご理解の上でお読みください。
1
白無窮の街は今日も賑やかだった。石畳に柔らかく差す午後の光、軒先にぶら下がるカラフルな旗、若者たちの笑い声。タイガにいた頃とはまるで違う、鮮やかで夢のような世界に、ユウの足取りは自然と軽くなっていた。
「うわ……あれ見て! あの店、なんかかわいい!」
思わず声に出してしまったのは、きらめき通りにひっそりと佇む、小さな雑貨屋だった。古びた木の扉には鈴がついており、「Welcome」の文字が陽気に揺れている。
店内は所狭しと並べられた雑貨たちで溢れかえっていた。香り袋、手鏡、レコード、ぬいぐるみ……その一角に、ユウの目は思わず止まる。
「これ……ハナとピッピのグッズ?」
手に取ったのは、ハナをデフォルメ化したアクリルキーホルダーと、ピッピの顔がアップにプリントされた缶バッジだった。
(ユウ...これ多分非公式に作られたやつだと思うから気をつけてね?)
スマホが控えめに警告を発する。
「うん、でも……ちょっと、欲しいかも」
レジに向かおうとしたその時、棚の奥からひょっこりと顔を出したのは、丸眼鏡に三つ編みの落ち着いた雰囲気の女性だった。どこかのんびりとした口調で、優しく語りかけてくる。
「お目が高いわね。その子たち、今注目のアイドルゲーム参加者でしょう?」
ユウは少し緊張しながらも、「うん、実は知り合いで……」と口を開く。女性は微笑みながら、ユウの話にじっくりと耳を傾けた。
「気になるの? その子たちのこと」
「うん。……実はぼく、旅してるんだ。一人で。今はピッピのところに泊めてもらってて」
「そうなの。アイドル候補と一緒に暮らしてるなんて、なかなかない経験よね」
彼女はカウンターを出て、ユウのそばに来ると、彼の持っていたグッズに目を落とす。
「2人とも、面白い子たちだと思ってたけど……あなたから見て、あの子たちはどんな子?」
ユウは少し考え込んだ。
言葉にしようとすると、どうにも胸の奥がざわざわしてうまくまとまらない。
「……ハナは、ちょっと冷たそうだけど、本当はすごくまっすぐな人で。ピッピは……変な子。けど、変なことがあんまり変に思えなくなるんだ。不思議な感じ」
「ふふ、“変なことが変に思えない”って、最高の褒め言葉よ」
ユウは恥ずかしそうに笑った。
それから、ぽつりと呟くように続けた。
「家を出てから、いろんな人と出会ったけど、結局一人になるんだ。便利な道具はもってるけど。だから、たぶん……」
言いかけて、息を飲む。
それでも、視線を逸らさずに言葉をつないだ。
「だから、2人と一緒にいるのが、すごく変な感じで。まだよくわからないけど……きっと、すごく大事なんだと思う」
その答えに、店主は穏やかにうなずいた。
「うん、きっとそうね。あの2人は、あなたの旅路を――きっと、良い方へと導いてくれる存在になる」
その言葉は、静かに店内の空気に染み込んでいった。
ユウはしばらく黙っていたが、やがてふわりと笑った。
「ふふ、面白い子ね。ありがとう、お話聞けて楽しかったわ」
そう言って彼女は、棚の奥から小さな袋を取り出す。赤い色の布に、金糸でコウモリの刺繍が縫い込まれた、華やかなお守りだった。
「これは私の故郷で『災いが起きても福に変わる』って言われてる魔よけ。あげる。応援してるわよ」
「えっ、いいの? 本当に?」
「ええ。君たちの物語、私も少しだけ見届けたくなったから」
ユウは胸の奥がほんのり温かくなるのを感じながら、ぺこりと頭を下げて雑貨屋を後にした。
通りを戻るその足取りは、朝よりもさらに軽やかだった。
2
第2回戦当日。
朝の光が白無窮の街を柔らかく包み込む中、ユウはピッピのバイト先には向かわず、前日訪れたあの小さな雑貨店を再び訪れていた。
「いらっしゃい、早いわね」
店主はユウの姿を見ると微笑んだ。店の奥に据えられたテレビの前には、木製の丸椅子が二つ。ユウは無言でそこに腰を下ろす。胸のポケットには、昨日もらったお守りが小さく揺れていた。
「今日はここで見るの。なんとなく、こっちがいい気がして」
「ふふ、いいわよ。ちゃんと魔力タンクも満タンだし、あと12時間以上はもつわね」
そう言って、店主はそっとリモコンを操作し、テレビの電源を入れる。ノイズが弾けたあと、画面が切り替わり、「アイドルゲーム 第2回戦」の特集番組が始まった。
画面が切り替わるたびに、異なる参加者たちのダンスパフォーマンスが映される。会場は華やかな照明と歓声に包まれていた。
そして、ついに――
「次の挑戦者は、ピッピさんです!」というアナウンスが流れた。
会場の照明が暗転し、次の瞬間、ビートの効いた軽快な音楽が流れ始める。画面の中、ピッピが両手を広げてステージの中央に立っていた。
その瞬間だった。
身体が跳ね、リズムに乗って滑るように動き出す。腕の角度、足のステップ、すべてが曲と呼吸を合わせるようにぴたりとはまり、次々と変化していく。誰もが思わず見入ってしまうような、しなやかでキレのある動き。踊っているというより、音楽そのものを演じているようだった。
「……すごい」
ユウは知らず知らずのうちに息を止め、画面を見つめていた。
横で店主が小さく感嘆の声を漏らす。
「まるで舞台の精霊みたいね。あの子、こんな顔をするんだ」
審査員たちも驚いたように目を見開き、次第に微笑みを浮かべていく。映像越しでもはっきりと伝わってくるその熱量に、会場はスタンディングオベーション寸前の盛り上がりを見せた。
やがて曲が終わり、ピッピがステージ中央で軽くお辞儀をする。会場は割れんばかりの拍手に包まれた。
その直後、画面には結果発表の文字が踊る。
《準々決勝進出:ピッピ》
ユウはふっと肩の力を抜いた。そして、にっこりと笑う。
「やっぱり、すごいんだ。ピッピって」
店主も微笑みながらうなずいた。
「ええ、あなたが惹かれるのも、わかる気がするわ」
画面の中のピッピは、舞台袖に引っ込む前に、テレビカメラに向かって楽しそうに手を振っていた。
その笑顔は、まるで誰かに「見ててね」と言っているようだった。
ユウの胸の奥が、ほのかに温かくなる。
彼女は、本当にステージの上が似合う――そう思った。
3
オーディションの熱気がようやく落ち着いた夕暮れの廊下。
壁際に並ぶポスターや案内板の横を、ピッピとハナはゆっくりと歩いていた。
「ハナも準々決勝進出だね、やったじゃん!」
ピッピがにこっと笑いかけると、ハナも控えめに微笑んだ。
「ピッピも。すごくキレがあった、ダンス」
「へへ。練習、がんばったからね〜」
そんな軽い会話のあと、ふと思い出したようにピッピが口を開いた。
「ねえ、さっき同じブロックのアマチュアの子と少し話してたんだけどさ」
「うん?」
「アイドル事務所がやってる“特別レッスン”、受けてたらしいんだけど……それ、すっごく高いって言ってた。おまけに、契約で“優勝した時の願いを事務所と山分け”にするって条項があるんだって」
「えっ……」
ハナの目が驚きに見開かれる。
「そんなことまでして、出てるの……?」
「うん。本人は“それでも夢を叶えたいから”って言ってたけど……なんか、すごい世界だよね」
少し笑いながら言うピッピ。その顔には確かに笑みがある。けれど、その目はどこか、遠くを見ているようだった。
ハナは小さく息をついてから、言葉を選びながら口を開いた。
「……そこまでしてでも、叶えたい子もいるのね」
「……うん」
ピッピはうなずく。その声には、ほんの少しだけ、引っかかりがあった。
(本当に、それでいいのかな……)
このオーディション、確かに公平に見える。
でも、デビュー済みの有名アイドルが次々に落とされていった。
努力して、必死に準備して、それでも……。
(なんか、うまく言えないけど……誰かが、わざと落としてるみたいな……そんな気がする)
口には出さず、心の奥だけが少しざらつく。
でも、それを振り払うようにピッピは笑ってみせた。
「ま、あたしたちはあたしたちのやり方で、勝ち上がるしかないんだけどさ」
「うん、そうだね」
並んで歩く二人。
その背中はまだ小さいけれど、確かに、夢に向かって歩いていた。
ただその夢の行き先に、ほんの少しの疑念の影が差し始めていることを――
ピッピは、もう感じ取っていた。
4
「いやー、今日もすごかったね。ピッピちゃん、あれはもうアイドルっていうか、戦士だったわ。」
「うん、すごかった!」
木製のカウンター越し、テレビの電源が落ちた店内には、拍手代わりの余韻がまだ漂っていた。
ユウはココアを啜りながら、となりに立つ店主――丸眼鏡に穏やかな笑みを浮かべた女性へと目を向けた。
けれど、その穏やかな空気は――唐突に、割れた。
「警察だ!そこを動くな!」
ドン、と店の扉が開け放たれ、数人の制服姿の警官たちが雪崩れ込む。
一瞬で緊張に包まれる空間。ユウは目を丸くした。
「え……ええっ!?」
「オーナー・リン、あなたを違法販売の容疑で逮捕します。アイドルゲーム公式ライセンスなしのグッズ製造、および販売行為……すべて証拠は揃ってます」
「……あら」
店主――リンはゆるやかに肩をすくめると、微笑んだまま指を鳴らした。
パチン。
その瞬間、店が、ふわりと消えた。
陳列棚も、商品も、看板も、レジまで――すべての物が、まるで夢のように霧散していた。
ただの空き地が残され、警官たちは一斉に顔を上げた。
「屋根だ!」
誰かが叫び、視線を追うと、隣の古びた建物の屋根の上に、リンが優雅に立っていた。
風になびくスカート、月光に光る眼鏡。
「すみませんね、こう見えて忙しいんですよ――では、ごきげんよう!」
ぴょん、と跳ねるように、彼女は屋根の向こうへ姿を消した。
怒鳴りながら飛び出していく警官たち。呆然と立ち尽くすユウ。
「ええぇぇ……!?」
そこへ、慣れた足取りでやってくる人影が一つ。
ピッピのバイト先の店主――ゆるい笑顔の中年男性が、手を振りながら近づいてきた。
「ユウ、おつかれさん。ここだったか。帰ろうか」
「……あ、はい。でも、その……店主さんが、急に……」
「逃げたんだろ。まー、最近あるんだよなぁ。丹梅のやつらが非公式グッズばらまいてるって噂でさ。偽物って言っても、出来はけっこういいのはあるし……でもまぁ、違法は違法だからねぇ」
苦笑まじりに言いながら、店主はユウの背中を軽く叩いた。
ユウはぽかんとした顔のまま、歩き出す。
(……え、店、消えたよね?あの人、飛んでったよね? なにあれ……なんなの!?)
混乱と呆然が胸の中で渦巻くなか、その胸ポケットの奥で、丹梅の店主から貰った小さなお守りは誰にも気づかれぬまま、ほのかに淡く光っていた。
5
夜の白無窮──その街の端にそびえる建物の屋上に、ひとりの女が佇んでいた。丸眼鏡の奥の瞳が、魔灯に彩られた街の灯を静かに見つめている。
風が高層ビルの隙間を抜け、彼女のコートの裾をはためかせた。遠くで人の笑い声がかすかに響く。祭りでも、暴動でもない。平和な、白無窮の日常だ。
「――しばらくね。ここが人のエゴで無茶苦茶になるのも」
ぽつりと呟いた声は、夜風にさらわれた。
この都市が、自然でも、魔女でもなく、ただ人間の手によって蝕まれていく未来を、彼女は知っていた。予言のように。それとも、確信のように。
けれど、彼女の顔には焦燥はなかった。むしろ、その唇はにこりと弧を描く。
「でも、大丈夫か。あの二人の少女と……ひとりの少年がいる」
視線の先には、遠く、街の一角にぼんやり灯る商店街。そのどこかに、彼らがいる。
「きっと、おもしろいことになるわね」
雨粒が、彼女の眼鏡のレンズに小さく弾けた。
夜空に、柔らかい雨が静かに降り始めていた。
彼女はそのまま、踵を返し、闇の中に消えていく。残された白無窮の夜には、静かな雨音だけが降り積もっていった。




