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第2話 焼けた記憶

※本作は一部に生成AI(ChatGPT)による言語補助を活用していますが、ストーリー・キャラクター・構成はすべて筆者が作成しています。

ご理解の上でお読みください。

1

炊き立てのごはんの湯気が、食卓の中央でふんわりと揺れていた。

 母の作る豚汁は、家中にやさしい匂いを満たして、思わず腹の虫が鳴いた。

 父は新聞を畳み、眼鏡を外しながら「いただきます」と口にする。

 隣で弟の**ゆう**が、箸を持ってもぐもぐと白米をかきこんだ。


 「ねえ、おかわりー!」

 「まだ一口も食べてないでしょうが」

 笑いながら、お母さんが炊飯器の蓋を開ける音がした。


 これは、主人公にとって“何でもない日常”だった。

 豊かな暮らしの中にあった、穏やかな家族。

兄として弟の宿題を見守り、自分の部屋で勉強を終えた後、リビングで両親とたわいない話をしながら笑う。

母が紅茶を淹れ、父がニュースに文句を言うその空気さえ、心地よかった。

 その全部が、疑いようもなく“永遠”のものだと思っていた。


 だが、その“永遠”には、小さな綻びが少しずつ生まれていた。


 いつからだったか。

 父の笑顔が、ぎこちなくなった。

 母が台所で誰かと電話しているとき、声が妙に柔らかくなっていた。

 弟の顔立ちが、自分や父とは少し違っていることにも――

 気づいていた。けれど、それを口にすることはなかった。


 ある日、夜中に目を覚ました主人公は、両親が激しく口論する声を聞いた。

 壁越しに聞こえた言葉の断片は、意味のわからない単語ばかりだったけれど。

 それが、もう二度と“あの幸せな食卓”には戻れないものだということは、

 子どもながらにも感じ取れてしまった。


 弟は無邪気に笑っていた。

 けれど、その笑顔の裏にあるものは、まだ小さな主人公には読み取れなかった。


 ――幸せは、ゆっくりと、だが確実に崩れていた。


2

ほんの些細なことだった。


母のスマートフォンに表示された、知らない男の名前と、親しげなメッセージの数々。

それを父が見つけたのは、いつもの夕食の直前。

食卓にカトラリーの音が鳴り響き、弟の結が嬉しそうにカレーの匂いを嗅いでいた、そんな日常の中だった。


父は無言でスマホを置き、冷めたカレーをじっと見つめていた。

母はそれに気づきながら、何も言えず、黙った。

その日から、家の中が異様に静かになった。


──次第に、父の態度が変わっていく。


仕事から帰ると口数が少なくなり、食卓には座らず書斎にこもるようになった。

母は無理に笑っていたが、明らかに顔色が悪く、夕食の品数は減っていった。

弟の結も察していたのか、兄である「僕」にくっつく時間が増えた。


「ねえ、お兄ちゃん……お母さんとお父さん、ケンカしてるの?」


「……大丈夫。すぐ元通りになるよ」


そう答えた自分の声が、少し震えていたことを覚えている。


しかし――


その希望は、やがて踏みにじられる。


ある日、母が泣きながら電話で誰かと話しているのを見てしまった。

「この子は……あなたの子よ……お願い、逃げて」

その“この子”が誰を指しているのかは、明白だった。


弟の結は、父の子ではなかった。


裏切り、嫉妬、そして怒り。


ある晩、父が酒を飲みながら、弟に向かって言い放った。


「おまえだけは俺の血じゃない。あいつの顔をしたクズめ……!」


そのときの父の目は、赤く濁っていた。

そして次の瞬間には、母と弟を縛り上げていた。


僕は何が起きているのか分からず、ただ部屋の隅で震えていた。

部屋にはガラスの割れる音、悲鳴、殴打音、そして……灯油の臭い。


「全部、おまえらのせいだ……!」


父は笑っていた。

マッチを擦るその手に、躊躇はなかった。


ボウッ──


炎が家中に広がっていく。

母の絶叫、弟の泣き声、それらすべてが燃え盛る炎に呑まれていった。


僕だけが、奇跡的に生き残った。


崩れかけた窓から外に転げ落ち、雪の中に身を投げて、息を殺して、ただ泣いた。

何もできなかった。

家族を救えなかった。

あのとき、外に出してやれなかった――結を。


3

「もうすぐ焼けるよ」


ユウはそう言って、焚き火の前にしゃがみこみ、小さな魚を串でくるくると回していた。

パチパチとはぜる音。森にしみ込むような、夜の冷たさ。

でも、その火だけはとてもあたたかくて、見ているだけで心が落ち着く。


スマホの画面に映る主人公の視界は、じっとユウを見つめていた。

今はリュックの横に立てかけられている。

風で画面が一瞬揺れるたび、心の奥にしまっていたものが、ふわりと浮かび上がる。


──弟、ゆうの笑顔。


「兄ちゃん、焼けたよー!」


フライパンで焼いたおにぎりを、嬉しそうに差し出してきた日。

「うまく焼けた?」って聞くから、「ちょっとこげてる」って言ったら、すねたふりをして、でもすぐに笑った。


……その笑顔が、目の前のユウに、重なった。


(……ほんとに、似てるな)


「ん? どうかした?」


焚き火の灯りに照らされたユウが、スマホに顔を近づけてのぞき込む。

心配そうな、くりくりの目。

主人公は、画面に小さく、ゆっくりと言葉を浮かべた。


《ううん。大丈夫だよ》


「そっか……変なこと聞いちゃってごめんね」


《謝らなくていいよ。やさしいんだね、ユウは》


その言葉に、ユウはちょっと照れくさそうに笑った。

そして、魚の焼け具合を確かめるように、火の上でゆっくり串を回す。


「あのさ、今日の夜ごはん、ちゃんとできてよかった」


《うん、えらいね》


「えへへ。ねえ、今度はさ、森のもっと奥にも行ってみたいな」


その一言で、主人公の“なにか”がふるえた。

画面の隅が、すこしにじむ。熱か、思い出か、それとも──


(……外に、出たいんだ)


「うん……いってみたい! ぼく、外に行きたい!」


その声。

その願い。


あの時、外に出してやれなかった。


結の手を引いて、ドアを開けて、燃える家から逃げられなかったあの日の自分。


(……今度こそ)


スマホの中で、何かが決まった。


《ユウ》


「うん?」


《もし、外の世界を見られるなら……見てみたい?》


ユウは、迷わず頷いた。


「うん!」


主人公の画面に、ぽつりぽつりと言葉が灯る。


《そっか。なら……行こう》


焚き火の音が、遠くなった気がした。

どこかで、別の何かが、静かに燃え始めていた。

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