第2話 ライバル
※本作は一部に生成AI(ChatGPT)による言語補助を活用していますが、ストーリー・キャラクター・構成はすべて筆者が作成しています。
ご理解の上でお読みください。
1
「……つまり、“叶えたい願い”があって参加したかったんだ?」
石造りの縁に腰掛けるユウの横に、そっと腰を下ろした少女がそう尋ねた。
夕暮れの風が、彼女のひとつ結びの髪を揺らしている。
「……うん。でも、無理だった。女性限定だったんだ」
ユウは小さく笑った。自嘲混じりのその声に、少女は黙って耳を傾けていた。
「あの広告、端っこにちっちゃく書いてあっただけでさ……ちゃんと見ればよかったんだけど」
「残念だったね」
少女の言葉はあっさりしていた。だけど、その中にほんの少しだけ、寄り添うような優しさがあった。
「……あの、名前、聞いてもいい?」
ユウが恐る恐る尋ねると、少女は少し目を見開いて、それから口元を柔らかくほころばせた。
「ハナ。元・桃木蘭人。芸事が得意な落ちこぼれ」
「ハナ……。なんか、素敵な名前だね」
「よく言われる。――で、そのアイドルゲームだけど」
「え?」
「わたしが出る。あなたの代わりに」
「えっ……」
「出場資格はあるし、歌も踊りも得意。運もタイミングも味方してる……今のところ」
ハナは軽く肩をすくめた。冗談っぽく言ったが、その目は冗談を言う人間のものではなかった。
「……それにね、あなたの話を聞いてたら、放っておけなくなった」
「でも……そんな急に……」
「そういうの、勢いでやるほうが成功するって、うちの妹がよく言ってた」
一瞬、遠くを見るような目をして、ハナは小さく息をついた。
「ま、どうせ暇だったしね」
その言葉に、ユウは目を丸くした後、ふっと笑った。
「……ありがとう。ほんとに、ありがとう」
「お礼は、優勝してからでいいよ」
二人が並んで座るその上空に――
ごぉん、とジェットパックの駆動音が響いた。
ひゅう、と風を切って、ひとりの少女が屋根の上から降り立つ。
青みがかったショートヘアーに、白無窮式の制服ジャケットを無造作に羽織り、左手には油で染みた紙袋。
若きフリーターは、その光景を見下ろしながら口元をつり上げた。
「……おもしろそうな匂い、してきたじゃん」
チキンの香りとともに、彼女の声が真昼の青空に溶けていった。
2
「……ほんとに、出たんだ」
ユウはハナのエントリー用紙を覗き込みながら、信じられないように言った。
「あれだけ堂々と入っていって……まさか通るなんて」
「当然でしょ。女性だし、年齢も条件も問題ないし」
ハナはポケットに手を突っ込み、気だるげに答えた。
「でもさ……その、実力っていうか、どれくらい歌えるのかとか、踊れるのかとか……見せてもらってもいい?」
「疑ってるの?」
「いや、そういうわけじゃ――」
「ふふ、冗談。ちょうど、ちょっと試しておきたいと思ってたところ」
そう言って、ハナはそばの石段に腰を下ろし、持っていた小さな楽器ケースから携帯型の弦楽器を取り出す。
「桃木蘭の血、舐めないでよ?」
軽く弦を弾く。心地よく澄んだ音が、空気を震わせて広がった。
そして彼女は、歌い始めた。
懐かしさと新しさを織り交ぜた旋律。清らかでありながら、芯の通った声。
無機質な街路の空気が、柔らかな音に染まっていく。
「あの音、どこから?」
「誰かが演奏してる……?」
行き交う人々の足が止まり、ひとり、またひとりと立ち止まり――
いつしか周囲には人だかりができていた。
投げ銭用に置かれた空き箱に、次々とコインが投げ込まれていく。
ハナは目を閉じて、音と一体になるようにして演奏し続けた。
その姿に、ユウは思わず息を呑んで見とれていた。
やがて演奏が終わると、集まった群衆は拍手を残して、三々五々に散っていった。
「……すごい」
ユウがぽつりとつぶやいたその時――
「へえ、やるじゃん」
その声は、群衆の中からこちらへ向かって歩いてくる誰かのものだった。
3
振り返ると、軽快な足取りで2人に歩み寄ってくる少女がいた。
「……誰?」
ハナが少し眉をひそめる。
「んー、ピッピ。旧白無窮側からチキン配達に来てたアルバイターでーす。あと、アイドル志望者。」
チキンを反対の手に持ち替えて、ぴらっと何かを見せる。
それはエントリー用紙だった。
「アイドルゲーム 参加者No.682 Pippi」――しっかり名前が印刷されている。
「さっきの話、ちょっと聞こえちゃってね。願い叶えるために誰かが優勝するとか、青春してんな〜って。」
ピッピは軽く笑いながら、ユウとハナの間にふわっと入ってきた。
「ってことで、混ぜてくれない?勝手にライバル宣言だけどさ。」
彼女はチキンをひとくちかじり、ニヤリと笑った。
「でさ、次の会場――第1回戦の場所なんだけど」
ピッピは口元にチキンを持ち上げたまま、目だけをこちらに向ける。
「ちょうど私のバイト先、兼、おうちの近くなんだよね。旧白無窮と旧桃木蘭の境のホール。アクセス悪くてさ、ほら、あの辺ってバスの本数少ないでしょ?」
「えっ、そうなの?」
ユウがすぐに反応する。
「じゃあ一緒に行こうよ!僕、道わかんないし!」
「ははっ、やったー。じゃあ決まりね。チキンごちそうするからさ、ついでに。」
ピッピがにっこり笑う。まるで友達同士で遊園地に行くかのような軽さだった。
一方で、ハナは一歩引いてその様子を見ていた。ピッピのテンションにも、距離の詰め方にも、どこか違和感を感じているようだ。
「……別に、あんたに頼る理由なんてないけど」
「じゃあ、ついてくる?来ない?」
ピッピはくるりとターンして、背中越しに手を振る。
ハナは一瞬だけ口をつぐんだあと、ため息をつくようにして――
「……一緒に行くだけ。それだけだからね」
ぼそりと返した。
「了解了解、じゃあ3人、チーム……じゃなくて、“なんとなく一緒組”ってことで!」
ピッピはそのまま、2人を振り返らずにスタスタと歩き出す。
ユウは嬉しそうにそのあとを追い、ハナは少しだけ間を空けて、ふっと肩をすくめてついていった。




