第13話 和解
※本作は一部に生成AI(ChatGPT)による言語補助を活用していますが、ストーリー・キャラクター・構成はすべて筆者が作成しています。
ご理解の上でお読みください。
1
連行されたイヴァンカを乗せた馬車が、灰色の霧に包まれた都市へと到着した。
ここは、反魔女派の拠点として知られる、シモーネの自治区。
軍政的な整備が行き届き、道行く者の眼差しすらよそよそしい。まるで人の温度を拒む、冷たく整然とした地。
その中心にある大理石の庁舎の前で、イヴァンカはゆっくりと降ろされる。
「ようやく来たわね」
低く鋭い声が響いた。
白銀の髪をなびかせ、軍服を纏った女――長姉シモーネが、腕を組んでイヴァンカを出迎える。
その隣には、どこか似た面差しを持つ女性がひとり。
黒色の髪、鋭い目元、そしてわずかに震える唇。
それはイヴァンカと同じ日に生まれた双子の姉、タラシオサだった。
「……久しぶりね、二人とも」
イヴァンカの声は、静かに、けれどしっかりと空気を揺らした。
「無事だったのね……!」
タラシオサが一歩、思わず踏み出す。だがその肩を、シモーネが制した。
「落ち着いて、タラ。まずは話を通す」
三姉妹の間に、一瞬だけ沈黙が流れる。
やがてシモーネが歩み寄り、冷静に語りはじめた。
「イヴァンカ。あなたを“保護”する。……ただし、魔女とみなされている以上、一定の監視下に置かれることになる。
表向きには『危険人物』としての隔離処置。だが、実質的には私の管轄下であなたを守る。……それが、私にできる精一杯の判断よ」
イヴァンカは、驚いた様子も見せず、小さくうなずいた。
「わかったわ。受け入れる。……姉さんの決断なら、私は信じる」
その瞬間、タラシオサの顔が強張った。
「なに言ってるのよ……! そんなの、幽閉と変わらないじゃない……!
あなたは何も悪くないのに!戦いを止めたくて、自分を差し出したのに……!」
震える声。怒りと悲しみと、姉としての想いが溢れていた。
だが、イヴァンカはタラの目をまっすぐ見つめ、ゆっくりと首を振った。
「タラシオサ姉さん。……私は、シモーネ姉さんの考えに疑いは持たないわ。
彼女は、あの場所に私がいた意味を、きっと一番よく知ってくれてる」
タラシオサは唇を噛み、目を伏せるしかなかった。
その時――
「ちょっと待ったーっ!!」
甲高く響いた声と共に、風が切り裂かれた。
――ヒュンッ!
上空から何かが降ってくる。白銀の機体が眩しく光り、風を巻き込んでホバースクーターが地面に滑り込む。
その背に乗っていたのは、息を切らしながら目を見開いた少年――ユウだった。
「イヴァンカさん!!」
スクーターを止めるや否や、ユウは駆け寄り、両手で大事に抱えたものを差し出す。
それは、小さな、古びた布製の人形。
「これを……あなたに、届けに来たんだ」
視線が交わる。イヴァンカの瞳に、微かに揺らぎが生まれる。
シモーネとタラシオサは、困惑を浮かべつつも、ユウの真剣な表情に言葉を失っていた。
——再会と、もう一つの始まりが、静かに幕を開ける。
2
ユウは、そっとイヴァンカの前に立ち、小さな布製の人形を差し出した。
くたびれた縫い目、ほどけかけたリボン、それでもどこか温もりの残る表情。
「……これ。研究所の地下で見つけた。誰かが、大事に抱えてて……。
君に、届けてほしいって……スマホに、そう出たんだ」
イヴァンカは、人形を見つめたまま、ふるえる手を伸ばす。
触れた瞬間、まるで記憶が逆流するかのように、胸が熱く、苦しくなった。
「……モコシちゃん……!」
その言葉に、タラシオサが驚いたように目を見開く。
シモーネも静かに様子を見守る。
「これ、あの時の……?」
イヴァンカはうなずいた。
「……話す。全部、話さなきゃいけない。今こそ」
彼女は顔を上げ、姉たちをまっすぐに見つめた。
「……幼い頃、私はよく、家を抜け出して遊んでたの。
裏の麦畑に、秘密の通路があったから。そこだけが、私の自由だった」
風にそよぐ金色の麦。
その中に、あの日、ぽつんといた少女――
「そこで出会ったのが、ユリア。年は同じくらい。
最初は互いに素性なんて知らず、ただ“麦畑の友達”だった。
お互い、家のことも話さず、名前だけで繋がってた」
イヴァンカの手が、モコシちゃん人形をぎゅっと握る。
「……だから、私にとっては、初めてできた“家族以外の大切な子”だった。
それで、この人形――私の一番大事だったモコシちゃんを、あげたんだ。
“もう、イヴァンカとユリアは家族だから”って」
タラシオサの目元がわずかに潤む。
「でも……革命が起きて、すべてが変わった」
イヴァンカの声が、少し震えた。
「……私とユリアが出会ってから、7年後。
あの国で革命が起きた。王政が崩れて、王族は追放されて。
私はあの時も、ユリアのことはただの友達だと思ってた。
……けど、それは違った」
彼女の瞳が、苦悶に染まる。
「革命のあと、混乱の中で、彼女を見つけたの。都の寂れた屋敷で。
……従者に囲まれてた。王政に仕えていたはずの従者たちに、裏切られて……」
拳が震える。
「……殴られて、蹴られて、……殺されてた」
重い沈黙が場を支配する。
ユウが思わず一歩引くような、張り詰めた空気。
「どうして、あの子がこんな酷い目にあう必要があるんだって叫んだけど、
私の声なんて、誰にも届かなかった。
……そのとき、私は初めて知ったの。
彼女が、“マツリカリヤ王国の末王女”だったってことを」
タラシオサが「まさか」と息を呑む。
シモーネは、黙して聞き続けていた。
「…あの従者たちは王室に仕えていたはずなのに、王室を売ったの。見返りと保身のために」
イヴァンカはゆっくりと人形を抱き締めた。
「私は、ユリアを助けられなかった。
泣きながら、彼女の遺体を実家の庭に埋めた。
誰にも知られないように、モコシちゃんも一緒に」
涙が、頬を伝う。
「モコシュスカヤをつくったのは……私の意思だけじゃない。
自分の罪から目を逸らすためでもあったの。
あの子の死を、誰かのせいにしたかった。
でも――全部、私が見て、私が黙ってたことだった」
タラシオサは、ゆっくりとイヴァンカに歩み寄る。
「……それを、ずっと、抱えてたの?」
イヴァンカは頷く。
「ごめん。ずっと、誰にも言えなかった。
でも今、彼が届けてくれたおかげで……やっと、言えた。
ずっと、言いたかった。ずっと、会いたかった……ユリアに……」
するとタラシオサは、何も言わず、イヴァンカを抱きしめた。
「……私たち姉妹でしょ。こんなこと、背負い込まないでよ……!」
「……ありがとう、タラ姉」
シモーネも静かに歩み寄り、その頭に手を添えた。
「過去の痛みを語れるのは、強さの証よ。
イヴァンカ、あなたは、戻ってきたのね。ようやく」
イヴァンカは涙を拭わずに、ただ微笑んだ。
それは、赦しを乞う笑顔ではなく――
ようやく、誰かと“共有する”ことを選んだ人間の、確かな微笑みだった。
3
三姉妹の手が重なった瞬間、静かだった空気が確かに変わった。
対立も、隔たりも、傷も――すべてが過去へと流れ出していく。
「これからは、私たち三人でひとつの旗を掲げましょう」
シモーネの言葉に、タラシオサも頷いた。
「もう誰も独りにはさせない。自治区も、人の心も」
イヴァンカは目を細め、ほっと微笑む。
その表情には、これまでにない穏やかさが宿っていた。
――そのとき、ユウがふと、手にしていたスマホを見つめた。
「……動かない」
画面は沈黙を貫いていた。
あれだけ喋って、光って、命あるかのようだったスマホは、今はもうただの無機質な板のように沈黙している。
ユウはそっと、スマホの縁をなぞるように指でなでた。
「……見てた? ちゃんと……僕、やったよ。
君が言ってた“届けること”……イヴァンカにも、ちゃんと。
言葉も、想いも、全部、ちゃんと渡せた。」
手に力が入る。スマホは冷たく、何も返さない。
「ほんと……ありがとう。
なんかもう……これ、別れみたいだね。最後くらい、一言ぐらい欲しかったけど……」
少し寂しそうに笑うユウに、イヴァンカが歩み寄ってきた。
「……ちょっと、見せて」
ユウは黙って頷き、スマホを手渡す。
イヴァンカはその機械を両手で包み込むようにして、目を閉じた。
「……これさ、魔力切れでしょ。
君、ここに来るまでにどれだけ喋らせたのよ。無理させすぎよ。」
指先から、淡い光がじんわりと漏れ出す。
その光はスマホの内部に染み込むように流れ込み、数秒後――
《ピッ……ブゥゥゥン……再起動完了! おつかれ、ユウ! それと……ありがとう!》
音声がはじけた。
「...…!!」
ユウの薄暗くなってた表情が一気に明るくなる。。
「生き返った!!!動いてる!!!」
スマホの画面には、元気いっぱいのアイコンがぴこぴこと跳ねている。
《本当にありがとう、イヴァンカさん! 魔力チャージ、完璧です! まだまだ働けますよ!》
イヴァンカが肩をすくめて笑った。
「まったく……こんな可愛い相棒、よく手放せたわね」
ユウは、目をうるませながらスマホを抱きしめる。
「うぅ……うぅぅ……よかった……よかったぁ……!」
タラシオサが吹き出し、シモーネも思わず笑みをこぼす。
灰色の霧が徐々に晴れていく。
東の空が、じわじわと青く染まりはじめていた。
「……あの日のユリアにも、見せたかったな。
こんな朝が、ちゃんと来るって……」
イヴァンカの声に、誰もが静かに頷いた。
まだ課題も、壁も、敵もいるだろう。
それでも今は、前を向ける。
新たな未来が、ほんのりと明るみはじめているのだから。
そして――その希望の先に、まだ知らぬ物語が続いていく。




