第12話 ASCIIコード
※本作は一部に生成AI(ChatGPT)による言語補助を活用していますが、ストーリー・キャラクター・構成はすべて筆者が作成しています。
ご理解の上でお読みください。
1
かつて、ひとりの少女が葬られた場所に築かれた都――
緑豊かで穏やかな、モコシュスカヤ。
しかし今、その中心に、確かな影が差していた。
夜明けの冷気がまだ地を這うころ。
戦支度に追われる兵たちの緊張と汗が、空気に溶けていく。
そんな中に、音もなく現れた黒衣の女。
長く垂れた銀髪。
月の光を湛えるような、氷の瞳。
その姿を目にした者たちは、時を忘れたように、ただ立ち尽くす。
「……イヴァンカ様……?」
「うそ……本当に……魔女だったのか……?」
誰かのかすれた声が、導火線となる。
次々に広がっていくざわめきは、やがて驚愕と不信と恐怖が入り混じった、濁った潮となって場を包んだ。
だが、女――イヴァンカは一歩も引かなかった。
その歩みは確かで、怯まず、凛としていた。
誰もが、その背を引き止めることができなかった。
彼女の決意が、あまりにも静かで強かったからだ。
やがて彼女は、シモーネ軍の前に立った。
その声は、朝の冷たい空気を真っ直ぐに裂いた。
「この都の民には、決して危害を加えるな」
語気も怒りもなく、ただ事実を告げるように。
「それを条件に、私の身を――**“魔女の身元”**を、お前たちに預けよう」
敵将が目を細め、警戒を深める。
「……貴様が魔女と知っていれば、軍を動かす必要すらなかったのだがな」
イヴァンカはその言葉に、薄く微笑む。
「ならば好都合ね。……約束を破れば、どうなるかは……貴様たちが、一番よく知っているはず」
言葉の意味に、兵たちの顔が一様にこわばる。
魔女というだけで、その威圧は理屈を超える。
やがて、拘束の命が下される。
兵たちが躊躇いながら近づき、イヴァンカの両腕を縛る。
彼女は抵抗しない。ただ、静かに空を見上げていた。
その背が遠ざかっていくのを、ユウは何もできず、ただ見つめていた。
拳を握ることさえ、できなかった。
(なんで……どうして……なんで、誰も止めないんだ……?)
胸を焼くような感情が、喉にせり上がってくる。
周囲では、民たちの嗚咽が漏れていた。
「今まで、あんなに親身にしてくださったのに……」
「魔女だったからって、連れていくなんて……あんまりだよ……!」
希望を与えてくれた者が連れて行かれる。
その理不尽に、誰もが立ち尽くすしかなかった。
そのときだった。
地の底から、低く唸るような振動が走った。
ゴゴ……ゴゴゴゴッ……!!
地面が揺れ、石畳が軋む。
研究所のある丘――かつて少女が埋葬された地から、何かが突き上げるように震えていた。
同時に、ユウのポケットの中で、何かが震えた。
取り出したスマホが、勝手に光を放っていた。
画面が明滅し、意味不明な文字が連続で表示されていく。
「きて」
「きて」
「きて」
「きて」
「きて」
「きて」
「きて」
「きて」
「きて」
「……」
その羅列は、どこまでも不気味だった。
「え……何……?」
だがユウには、直感的にわかっていた。
これは“呼ばれている”――。
研究所が、呼んでいるのだ。
震源地は、まさしくあの丘。
あの、かつて“彼女”が眠った場所に建てられた研究所だった。
2
研究所の中枢へと続く廊下は、さきほどの地震の影響で無惨にひび割れていた。
天井からは小石がぽとり、ぽとりと落ち、足元では何かが細かく崩れる音が続いている。
ユウは一歩ずつ、慎重に、しかし確実に前へと進んでいた。
この胸の痛みは、地震のせいなのか、それとも別の――
(ここが……震源……?)
研究所の最奥。
かつてガラスドームに覆われていた空間は、激しく破壊されていた。
その中央、まるでそこだけ異様に呼吸しているかのように、土が不自然に盛り上がっていた。
ユウは土の山に近づき、そして、息を飲む。
それは棺だった。
黒く、古びていて、まるでこの世の存在ではないような気配を放っている。
触れてはいけない――
そう思わせる何かが、確かにそこにはあった。
だが、ユウは手を伸ばす。
蓋は、もう半ば開いていた。
あとは、少しだけ。
指をかけ、ゆっくりと、開く。
中には――白くなった人骨。
そして、その腕の中に、まるで最後まで守ろうとしていたかのように、ひとつの布製の人形が抱かれていた。
ユウはその人形に手を伸ばし、そっと持ち上げる。
その瞬間だった。
ポケットの中で、スマホが突然ノイズを発した。
画面が勝手に点滅し、英数字の羅列を浮かび上がらせる。
50 6c 65 61 73 65 20 67 65 74 20 69 74 20 74 6f 20 68 65 72 2e
ユウは眉をひそめた。
「なにこれ……文字なの……?」
意味の通じないような数字の羅列。
けれど、その無機質な並びには、どこか必死に何かを伝えようとする“温度”があった。
次の瞬間、スマホが「ピッ」と電子音を立て、画面が切り替わる。
そこに表示されたのは、明確なメッセージだった。
「その人形をイヴァンカに届けて!」
「もう連れていかれてから時間が経ってるから、この乗り物を使って!」
「――召喚:ホバースクーター」
その直後、ユウの隣に白銀の光柱が立ち上る。
まるで空間そのものを裂くような、鋭い機械音。
続いて現れたのは、スタイリッシュな白銀のスクーター。
魔法的でありながら、機械的でもあるそのフォルムは、意思を持つようにピカリと信号を点滅させていた。
スクーターのナビパネルに、文字が浮かぶ。
「イヴァンカの現在位置は、ナビに表示してる!」
「――急いで!」
スマホがそう“叫んだ”、その瞬間――
画面が突如、ブラックアウト。
ユウは慌ててスマホを叩く。
「えっ……!? 嘘でしょ!? ねぇ、戻ってよ……!!」
ボタンを押しても、振っても、何の反応も返ってこない。
再起動させようとしても、沈黙は続いたまま。
だが――ホバースクーターのパネルは、生きていた。
“現在地 → イヴァンカ”
地図とともに、その文字がしっかりと表示されている。
ユウはスマホを胸に抱き、人形を丁寧にバッグへとしまい込んだ。
そして、大きく息を吸い込み、吐く。
「……わかった、行くよ。絶対に……届けるから……!」
覚悟を決めるその声に、スクーターが応えるようにエンジン音を鳴らした。
ふわり、と機体が地面を離れ、宙へと浮かび上がる。
ユウは風を切って、夜明けの空を駆ける。
――この人形と、彼女の“想い”を、
あの人に、届けるために。




