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第10話 信念:中編

※本作は一部に生成AI(ChatGPT)による言語補助を活用していますが、ストーリー・キャラクター・構成はすべて筆者が作成しています。

ご理解の上でお読みください。

1

都で蜂起が始まったという報が、山を越え谷を越え、小さな村に届いたのは朝靄のまだ残る早朝だった。


「ついに、始まったぞ……!」


焚き火を囲む男たちが立ち上がる。鋤を棍棒に、鍬を槍に変え、粗末な布で顔を覆う。誰かが「王室を倒せ」と叫べば、誰かが「仇を討て」と呼応する。静かな村が、少しずつ熱を帯びていった。


イヴァンカはその様子を、家の軒下から見つめていた。人間の姿をしていた。丸く整えた耳、足元には簡素なブーツ。腰には父の形見の革ベルトを巻いている。自らの身体の異形を、今日は隠していた。


「お前も来るのか?」


声をかけてきたのは、村の若き青年だった。


そしてイヴァンカが手に持っているのはかつて出会った少女が「いざという時に使って」とくれたもの。見事な切子細工のように光を受ける瓶の中、透明な液体がわずかに揺れている。


「より頑張ることが出来るのよ――だったわね」


キャップを外し、そっと首元に一滴。微かな柑橘と花の香りがふわりと広がった。心臓が一度、強く脈打った。


「……行こう」


誰にも気づかれぬよう、彼女は列に加わる。村の人々に紛れ、人間の仮面をつけたまま。


途中、政府側の巡回兵とぶつかった。装備も違えば、人数も違う。けれどイヴァンカの目が静かに光る。


兵士が振り下ろした棍棒は、イヴァンカの手が払った瞬間、空中で静止し、逆方向へ弾かれた。重力を曲げる魔法。彼女は手のひらを掲げる。空気が震え、兵士たちは目を見開いたまま宙に浮き、吹き飛ばされた。


村の人々は立ち尽くした。誰もが気づいている。目の前にいる彼女が“普通の人間”でないことを。


けれど誰一人、それを言わなかった。いや、言えなかった。イヴァンカの背中があまりにも真っ直ぐで、ただ、正しかったからだ。


「都へ!」


誰かが叫ぶ。道なき道を、怒りと祈りを背に、人々は進む。イヴァンカはその先頭に立ち、誰にも気づかれぬように、密かに涙を拭った。


彼女の決意は固い。これはただの暴動じゃない。自分自身の、存在を賭けた行進なのだ。


2

石畳の通りに火の粉が舞い、都の空は夜明け前にもかかわらず、紅く染まっていた。革命の炎は、ついに王都の中心に届いていた。


「こっちだ、イヴァンカ!」


声に導かれ、イヴァンカは瓦礫を越えて駆ける。目の前の建物の扉が開き、中から飛び出してきたのはタラシオサ。いつもの貴婦人のドレスではなく、革のコートと実用的な軍靴に身を包んでいた。


「遅かったわね。ほら、入って」


建物の中は革命軍の臨時拠点になっていた。地図や報告書が並ぶテーブル、薬品やレーションが積まれた木箱、忙しく動く補給係たち。タラシオサはイヴァンカを連れ、奥の指令室へと向かった。


そこにいたのは、シモーネだった。軍服に身を包み、背筋を伸ばして地図の前に立つその姿は、あの小さな村で無言で勉強していた姉とはまるで別人のようだった。


「……来たのね」


シモーネは手にしていた作戦資料を置くと、ゆっくりイヴァンカに近づいた。


「ありがとう。あなたが来てくれると思っていた」


タラシオサが割って入るように口を開く。


「状況を説明するわ。今、革命側が優勢よ。都市の三分の二を押さえ、王宮の封鎖も目前。補給線は確保済み、こちらには民兵と元軍人が合流してきている」


シモーネが続ける。


「民衆が王家に反旗を翻したきっかけは三年前。無暴力の市民デモに対し、王家側が放った騎兵隊が民間人を無差別に斬り殺した。正義を訴えたはずが、返ってきたのは血の雨だった」


タラシオサは目を伏せた。


「その後も王家は、小国との面子争いで戦争を吹っかけては敗北し、兵士と国庫の両方をすり減らしていった。国民は飢え、税は上がり、怒りだけが積もっていったの」


「でも一番不可解なのは後継問題よ」シモーネが口調を強める。「現女王には4人の息子がいる。しかも王位継承権を持つ唯一の娘もいる。なのに、なぜか王位は女王の妹に渡る予定になっている。理由は公開されていない。まるで……国民の目から何かを隠すための煙幕よ」


イヴァンカは静かに話を聞いていた。王家が腐敗し、誰もが見て見ぬふりをする中で、姉たちが立ち上がった理由がようやくわかった。


「……女王とその家族を見つければ、革命側の勝利が確定する。今はそれが最大の目標だわ」と、タラシオサが結んだ。


イヴァンカはひとつ、深く息を吸った。背中の奥がじわじわと熱を持つ。魔力が、怒りと共に湧き上がる。


「私、前線へ行く」


言葉に迷いはなかった。


「まだ危険よ、イヴァンカ……!」タラシオサが声を上げかけたが、シモーネが静かに手で制した。


「行かせてあげて、タラ。私たちの妹はもう、“守られるだけの存在”じゃない」


イヴァンカは頷き、指令室を出ていく。外の空気は火薬と鉄の匂い、そして遠くから聞こえる「自由」の声で満ちていた。


少女は進む。父の意志と、姉たちの覚悟を背に。


革命の炎の先へ。


3

都の北門付近は、もはや戦場というより廃墟だった。崩れた壁、焦げた旗、割れた窓。その中央、焼けた石畳の上で、イヴァンカはひとり、呼吸を整えていた。


魔力の波が肺から喉へと逆流し、吐息と共に空へ抜けていく。掌には焦げ跡が広がり、背中に走る痛みは、たった今の戦いが命を削った証だった。


――そのとき。


「貴様が“魔女”か」


くぐもった、威圧を纏う声が降る。振り向いた先にいたのは、一人の老女――それも、軍服に勲章をいくつもぶら下げ、巨大な戦斧を片手に構える女将軍だった。


「私は第三将軍、エレナ・ヴォルグレナ。王に忠誠を誓いし最後の盾」


その声に、革命側の兵士たちが一瞬怯んだ。彼女の名は、かつて数度の戦争で英雄と謳われた伝説そのもの。高齢とは思えぬ鋼の眼光と、巨躯から発される殺気が場を支配する。


イヴァンカは前に出た。


「ここは、私がやる」


「待て、無茶だ!」背後の兵が叫んだが、振り返ることはなかった。


ふたりの距離が縮まり、風が一瞬止まる。


女将軍が巨斧を振るう。空気が裂け、石畳が砕ける。イヴァンカは咄嗟に横へ跳び、魔力を込めた糸を投げる。だがその糸は、将軍の斧に弾かれて断ち切られる。


「ぬるい!」


「うるさい……!」


魔力を増幅させた香水の匂いが、熱と共にイヴァンカの身体を駆け巡る。モコシちゃんを守ったあの日のように、家族のために何かをしたいと願ったあの日のように――彼女は、戦った。


刃と魔力の応酬。老女の斧は容赦なく地を抉り、イヴァンカの魔糸は紙一重で致命を外す。ふたりは時間を忘れて戦い続けた。


そして、斧が大地を割った一瞬の隙を突いて――イヴァンカは魔糸を走らせた。


「……っ!」


糸が女将軍の腕に巻きつき、その斧を弾き飛ばす。もう片方の手にはすでに、魔力を込めた閃光の短剣。


「……これで終わり」


短剣が、将軍の胸元に突き立てられる。


女将軍はよろけ、重く膝をついた。息を吐きながら、イヴァンカを見上げる。


「この匂い……なぜ……貴様がそれを……」


赤く染まった手を鼻先に持ち上げ、微かに笑みを浮かべる。


「……あの子……あの時の……そうか……」


そのまま、老いた将軍は前に倒れ、地に沈んだ。


イヴァンカはその場に立ち尽くしたまま、意味を咀嚼しきれずにいた。


だが次の瞬間、遠くから鐘の音が響き渡る。


「聞けぇぇぇぇい! 王家一家、確保されたりぃぃぃぃ!」


都中に響き渡る、勝利の報。


人々の歓声と泣き声が、夜明け前の空へと広がっていった。


イヴァンカはそっと、ポケットの中にある小さな香水瓶に触れた。


それは、まだあの甘い匂いを失っていなかった――。


4

都に夜が訪れると、白煙と灰の匂いが空を覆った。瓦礫と炎の名残が街の骨格を露わにし、人々の歓喜は既に、各々の宿に収まっていた。


イヴァンカは一人、とぼとぼと石畳を踏んでいた。


興奮が冷めず、けれど誰にもそれを打ち明ける気にはなれなかった。胸の奥に溜まった何かが、血のように生温く波打っていた。


誰もいない広場を過ぎ、崩れかけた路地裏の奥で、彼女はふと、音を聞いた。


──笑い声。そして怒号。何かを叩きつけるような音。


その音の出処は、寂れた屋敷の中だった。高い塀に囲まれた、かつては貴族が住んでいたのだろう、装飾の名残すら崩れかけた建物。


静かに扉の隙間から中へ入ると、ホールの明かりがぼんやり灯っていた。イヴァンカは物音を立てず、影の中を進む。


見えたのは、集まった男たちと、座って騒ぐ女たち。赤い酒瓶が転がり、床には血か泥か分からぬ染み。真ん中では、何かを殴っている音が止まらなかった。


「魔法も使えない、出来損ないのくせに、王家の子だなんてよ……」


「なんであんな穀潰しを、安い給料で守らなきゃならなかったんだよ。こっちは命張ってんだぞ」


「ほんとよね。あれだけの魔法使いが揃ってる王家で、“無魔核”だなんて。欠陥品だったのよ、最初から」


「……俺らが王家一家の隠れ場所、革命側に売ってやったときのあの顔、見たか? 泣きも叫びもしないでさ。人形みてえだったぜ」


「今頃、他の同僚が兄弟たちの魔核を“回収”してる頃よ。生きたままね。尊い血筋だからって、あいつら、調子に乗ってたのよ。身の程知らず」


女の甲高い声に、周囲がどっと笑った。


イヴァンカは、凍りついていた。


息を殺して壁の陰に身を潜めながら、その言葉の意味を、ただ繰り返し脳内に再生するしかなかった。


──無魔核の王族?


──家族が生きたまま、魔核を取られた?


「……」


と、そのときだった。


(なに? あれ……)


ホールの上の階から、ひらりと何かが落ちた。階段を滑り、イヴァンカの目の前に、ぽとりと転がる。


それは、見間違えるはずのないものだった。


あの頃、小さな手で何日もかけて縫った。家族と、あの少女にだけ渡したお守り。


モコシちゃん人形。


胸に刺さるような音もなく、イヴァンカの心が崩れた。


それを誰かが盗んでいたことも、ここに落としたことも、どうでもよかった。


ただ、それが「ここにある」という事実が、今この場のすべてを真実に変えてしまった。


「うわ、マジでキモい。こんなんまだ大事にしてたわけ? 何? 王家の令嬢様が、今さら庶民のフリでもしてんの?」


女の声が頭上から聞こえたが、イヴァンカは動かなかった。人形を、ただ静かに拾い上げた。


震える指で、布の縫い目をなぞる。


確かにあの時、自分の手で縫って、あの子に渡したものであった。


5

ほんの一瞬のことだった。


モコシちゃんを拾い上げたイヴァンカの背に、光でも闇でもない魔の気配が広がった。布の温もりが彼女の皮膚を突き刺すような痛みに変わったとき、彼女の姿は、もう「人間」ではなくなっていた。


夜の闇に浮かぶ、漆黒の羽。獣のような四つ足。角のように伸びた耳。


――魔女。


その瞬間、ホールにいた者たちは何が起こったのかも理解できなかった。


笑っていた女の頸は、笑い声の余韻を残したまま斜めに折れた。怒鳴っていた男の胸には、いつの間にか風穴が空いていた。誰も叫ばなかった。誰も逃げられなかった。誰一人として、命だったものの姿すら残らなかった。


静寂が戻ったホールの片隅、イヴァンカは彼女を見つけた。


壊されたように倒れている少女。ボロボロになった高価な服。刃物で無理やり断たれた短い髪。腫れあがりすぎて、かつての面影がわからない顔。


それでも、わかってしまった。


胸元には、魔核がなかった。

そういうことだった。


彼女は、あの子だった。


麦畑で出会い、笑いあったあの子。モコシちゃんを渡した時、「この香水はいざという時に吹きかけると頑張れるの」と笑った、あの少女だった。


そして今、彼女の呼吸は――もう、どこにもなかった。


イヴァンカは、ぐらりと崩れるように膝をついた。


その死に顔は、何も語らなかった。涙の跡も、血の跡に紛れて見えなかった。


香水の匂いもしなかった。


――正義だと信じて、戦ってきた。

でも、それがこの子を殺した。

それが、あたしを殺した。


「……ねえ、私の戦いは……間違いだったの……?」


誰も答えない。


イヴァンカは彼女を静かに抱き上げた。手足の力はすでになく、温もりも失われていた。


「寒いね……」


イヴァンカは破れたカーテンを丁寧に裂き、柔らかく、綺麗な布を選んで彼女の身体を包んだ。まるで大切な贈り物を包むように。もう一度、モコシちゃんをそっと胸の上に置く。


涙は、出なかった。

出なかったのではなく、もう出し方を忘れてしまったのかもしれなかった。


天井が砕けた。


イヴァンカの黒い翼が、がらんどうの屋敷の天井を破り、夜空へと舞い上がる。


行き先は、あの日ふたりで出会ったあの麦畑。


魔女は静かに飛ぶ。空に星はなかったが、風はあの頃より少しだけ、あたたかかった。


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