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流浪少女と非行青年のオークワードライフ ~Awkward Life of a Lost Girl and a Lonely Boy~  作者: 二核
分かれ道のその先で

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58/61

痕跡

 マンションに到着すると、俺と美奈は車から降りて、我が家である202号室まで足を運んだ。

 美奈が部屋の扉の鍵を開けると、中は床から天井まで埃まみれになっていた。

「美奈、俺が入院してる間に帰らなかったの?」

「わざわざ帰ってくる意味が無かったのよ。病院でも寝泊りできるし」

 美奈はバタリと扉を閉じて、現実の惨状から目を背ける。

「どうする? 運転手さんに全部掃除してもらう?」

 冗談として受け取りたかったが、残念ながら美奈の顔から本気が伝わってくる。

「美奈、せめて自分でやる癖は付けなよ」

 結局、運転手さんには買い出しだけを頼んで、中の掃除は俺と美奈で行った。

 数か月も空けていた家の中は廃墟のようで、床一面灰色の埃で覆われている。

 足を突っ込むのも気が引けたが、中に入らなければ掃除機が取れないので、意を決して飛び込んだ。

 靴下が埃まみれになりながらも掃除機を手に取り、コンセントを刺したら吸引力マックスで埃を吸い込ませる。

 埃を払いきったら、美奈はようやく靴を脱いで廊下に足を付かせ、辺りに埃は残っていないか入念に見渡していた。

「大丈夫だよ、美奈。塵一つ残してないから」

 掃除で体中埃まみれになった俺は、揺るがぬ自信をもってそう言う。

「そう、ご苦労様。シャワー浴びてきてもいいわよ」

 宿主の美奈から直々に許可が降りたので、俺は遠慮なく浴室へと足を運んだ。



 埃をかぶった服は洗濯機に入れ、浴室でシャワーを浴びる。

 体を洗い流したら、洗面所の鏡の前に立ってタオルで頭から拭いた。

 腕を上下に動かしていると、洗面カウンターに置かれていたうがい用のコップが肘に当たった。

 落ちそうになったところを寸前で受け止めたが、コップに入っていた2本の歯ブラシは床に落ちてしまった。

 俺は腰を下ろして2本の歯ブラシを拾い、コップに戻そうとすると、ある違和感を覚えた。

 青色の歯ブラシは間違いなく俺の使っているものだが、もう1つのピンク色の歯ブラシの持ち主は美奈の所有物ではないのだ。

 美奈は普段帰ってくる頻度が少ないので、歯ブラシは常に日用品入れに携帯している。

 美奈が今日久しぶりに帰ってきたのであれば、ここにあるわけがないのだ。

 俺はピンク色の歯ブラシを手に取り、名前が書かれていないか確かめる。

 すると、持ち手の裏側に太いマジックで、二文字のカタカナが記載されているのを見つけた。


 ――ユキ。


 おそらく、この歯ブラシの持ち主の名前で間違いないだろう。

その歯ブラシを見ていると、胸の奥で何かが小さく音を立てた。

 それは、俺の失くした記憶に関係する人物なのだと、確信はないが予感をざわめかせるようにぎこちなく締め付ける。

「海斗、出たらこっち手伝って。タンスも埃まみれになってる」

 扉の向こうから美奈の声がすると、見えていないと分かっていても、反射的にピンク色の歯ブラシを背後に隠してしまった。

 今の美奈は俺に隠し事をしている。

 だから、俺が不信に感じたものは、きっと全て取り上げられてしまうだろう。

 俺の記憶を遠ざけるために。

 歯ブラシは美奈の目に届かない所に隠し、服を着て美奈の下に向かった。



 美奈と協力してタンスを動かし、俺は一生懸命に腕を伸ばして、隙間に溜まった埃を濡れた雑巾で拭いた。

 同時に、美奈はタンスの中を掃除するために、一旦しまっていた服を取り出す。

「あちゃ~、これもダメね」

 案の定、数か月間放置していたタンスの中も埃まみれになっていて、服も全体的に埃をかぶっていた。

「こんなことなら、家政婦でも雇っておけばよかった」

 美奈はため息交じりに、後悔を零す。

 どこまでいっても、自分でやるという発想には至らないらしい。

「裏側はもう終わったよ」

 俺はタンスの表側に目を向けると、美奈がキャミソールを手に持って呆然としていた。

 そして、俺の声に反応すると、おぞましい剣幕でこちらを睨みつけた。

「ご苦労様」

 そんな鋭い目つきでは、労いの言葉すらも素直に受け取れない。

「それ、美奈の服?」

 俺は試しに訊いてみると、美奈の剣幕は鳴りを潜め、とても自然ないつもの美奈に戻った。

「ええ、そうよ。これから、暑くなるから買ってみたの」

「でも、それサイズが合わないんじゃ……」

 俺が言いかけようとすると、美奈はさっきよりも恐ろしい形相で、顔を近づけてきた。

「私のものと言ったら私のものなの。文句があるなら、その節穴の目玉をくり抜いてあげましょうか?」

 これ以上の詮索は不毛と判断した俺は美奈から目を反らし、だんまりとして作業を手伝った。

 しかし、このやり取りだけでも充分な収穫はあった。

 俺があの服の存在に気づいた時の、追い出そうとしているかのような美奈の目つき。

 美奈の所有物か訊いた時の、安心したような涼しい表情の変りぶり。

 サイズがあからさまに違うのに、押し通すかのように私物だと訴えるおぞましい形相。

 あれは間違いなく美奈の服ではない時のリアクションだ。

 そして、洗面台に置いてあった謎のピンク色の歯ブラシ。

 そこに書かれていた“ユキ”という名前。

 そこに行きつく答えはただ一つ――。

 俺の失くした記憶は、その人物との記憶であるということだ。

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