偶然が連れてきた再会
最終校正日 20267/23
【秋山海斗】
中井さんが連行されるのを見届けた俺たちは、七生の病室で計画の打ち合わせを始めた。
再会してから七生の部屋にお邪魔するのは初めてだ。
大きなベッドがあるのはどの病室とも変わりはないが、横には勉強机が設置されていて、その隣には制服用のハンガーが吊るされており、他よりも生活感のある部屋作りになっていた。
「そんで、具体的にはどこで何するんだ?」
七生はベッドの上で胡坐を掻いて、頬杖をつく。
「うーん……」
俺は答えに困っていた。
やってみたいと思ったまではよかったが、いざ深堀されると何も思いつかない。
「何も思いついてないんかい」
呆れ顔の七生に突っ込まれてしまい、俺は頭が下がる。
「七生は何か良い案ある?」
「あたしか? そうだな~……」
七生が腕を組みながら考えていると、扉からコンコンとノックが聞こえた。
「どうぞー!」
七生が応えると、開かれた扉の向こうには美奈が立っていた。
「あっ、ミナネー! 中井さんへの体罰は終わったのか?」
「二度と無駄口をきけないくらいには……。そんなことよりも、あなたにお客さんよ」
「あたしに? 分かった」
どうやら、中井さんの安否よりも大事なことらしいので、下に降りてフロントに向かうのだが、何故か七生の意向で俺もついていくことになった。
フロントに着くと、長椅子には診察を待っている老人や親子が腰を下ろして、それぞれ暇を潰していた。
しかし、その中に足をパタパタさせながら、チラチラと周りを気にしている一人の女の子がいた。
女の子は俺たちに気づくと、長椅子からヒョイと降りて、興奮気味に駆け寄ってくる。
「七生おねーちゃん!」
女の子はそう叫ぶと、思い切り七生に飛び着いた。
「彩葉じゃんか! 久しぶりだな!」
飛びついてきた彩葉と呼ばれる女の子の両脇を、七生は喜びながら高く持ち上げた。
「会いに来たってことはあれだな」
「うん、おねーちゃんが出してくれた宿題できたの!」
「そっかそっか~。偉いぞ~、彩葉」
そう言って、七生は彩葉の頭をわしゃわしゃと撫でる。
そんな二人を真横で見ていると、彩葉が七生の肩越しにいる俺の存在に気が付いた。
「おねーちゃん、この人誰?」
「あぁ、こいつは昔馴染みの友達だ。悪い奴じゃないから安心してくれ」
「……こんにちは」
ひとまず軽く挨拶をすると、彩葉は七生から降りて「こんにちは!」と元気な声で返した。
「ここで話すのも邪魔になるし、とりあえずあたしの部屋に行くか」
「うんっ!」
七生の提案を受け入れ、俺たちは再び七生の病室に戻ることにした。
病室に戻ったらまずはお互いの自己紹介から始まった。
「改めて、こいつは秋山海斗。あたしの昔からの付き合いで、ついこの前久しぶりに再会した」
「秋山海斗です。事故で腕と足を怪我して、その後もいろいろあって首が折れたので、今は回復のためにリハビリ入院してます」
名前と軽く近況報告をすると、彩葉ちゃんは首を傾けてこう訊いてきた。
「いろいろって何があったんですか?」
俺は回答として無言で七生の方を見る。
「まぁ、いろいろは……いろいろだよ。大した事じゃないから気にしないでくれ」
察した七生は苦笑いで誤魔化そうとする。
七生にとって、他人の首を折ることは大した事のうちには入らないようだ。
「そんで、この子は彩葉。彩葉が入院してた時に知り合ったんだ」
「彩葉と言います。いつもおねーちゃんがお世話になってます。今後ともよろしくお願いいたします」
ベッドの上で正座をしていた彩葉ちゃんは折り目正しく、深々と頭を下げた。
「こちらこそ、彩葉ちゃん」
「彩葉は礼儀正しいな~」
感心した七生はさっきみたいにわしゃわしゃと頭を撫でる。
「お母さんに教わったんだ~」
「そっか……お母さんに……ね」
すると、明るく振る舞っていた七生の表情が途端に薄まり、頭を撫でていた手の力が次第に弱まる。
「……おねーちゃん?」
不可解に感じた彩葉ちゃんは、七生の様子を下から覗き込んだ。
「ん? あぁ、ごめん。ちょっと考え事してた」
「何考えてたの?」
「実はそこにいる海斗と夏休み中に遊ぶことになってんだけど、何しようか思いつかなくてさ~」
七生は後頭部を掻きながら、自然な形で俺の話に方向を変えてきた。
それはまるで、何かを隠すためにはぐらかそうとしているようにも見えたが、俺の勘違いだろうと自己完結させて、話を合わせることにした。
「彩葉は最近どっか行った?」
「う~ん、そうだなぁ」
彩葉ちゃんは頬杖をついて考えると、両手のひらを合わせて掘り起こした思い出を話した。
「おねーちゃんが出した宿題で、最近ショッピングモールに行った!」
「ショッピングモールか。悪くないかもな。海斗はどうだ?」
「いいと思う」
何も案が出なかったから、出ただけでありがたい。
「そんじゃ、場所はそこで決まりで、あとは“いつ”“誰と”行くかだが……」
「そこは俺の怪我が治ってからでもいいんじゃないかな」
「……そうだな。じゃあ、今日の会議はこれにて終了!」
七生は締めに手をパンッと叩き、会議はこれにてお開きとなった。
「それで彩葉。宿題の方はどうだった?」
先程も口にしていた七生が出したという宿題。
それがどんな内容なのか気になり、俺はその場に留まって耳を傾ける。
「最初は緊張したけど、私の作った花飾りを渡したら、すごく喜んでくれた」
「彩葉は小物づくり得意だもんな。さぞ、似合ってただろうよ」
「うん! そのお姉さんとっても綺麗だった!」
「相手は年上か~。ってことは五年生か六年生くらいか?」
すると、彩葉ちゃんは大きく首を振って否定した。
「お姉さんは二十代くらいの大人って言ってたよ!」
「……へ? 二十代?」
予想外の年齢層に七生は口をあんぐりとさせる。
「七生、子供に何の宿題出したの?」
俺と七生は部屋の隅っこに移って、彩葉ちゃんに聞こえないようにこっそりと耳打ちで訊く。
「いや、私は一人でもいいから友達を作れって言っただけなんだけど……」
返ってきた宿題の回答に困り果てた七生は、二本指を眉間に当てる。
「おねーちゃん?」
彩葉ちゃんは不安げに首をかしげる。
「因みに、その人と一緒に写真とか撮ったか?」
「うん! 記念に一枚撮ったよ」
彩葉ちゃんはポケットからスマホを取り出し、写真アプリを開いてツーショット写真を見せてくれた。
彩葉ちゃんの横に映っているのは、あからさまに大人びている容姿だった。
でも、何故かその事実とは別に、彼女の顔を見ると妙な既視感を覚えていた。
胸の奥がきゅっと音を立てて縮み、見知らぬはずのその笑顔に懐かしさを感じたのだ。
開いた隙間に元々あったはずの何かが埋まろうとしているが、透けているせいで中身を感じることができないもどかしさが、心をざわつかせている。
しかし、そんな気持ちは彩葉ちゃんの口から発せられた言葉によってかき消され、俺たちを混乱の渦へと飲み込まれることになってしまった。
「そうだ! このお姉さんも誘おうよ!」
彩葉ちゃんの突拍子もない提案に、七生は開いた口が塞がらなかった。
陽が落ち、彩葉ちゃんは病室を出て自分の家へと帰っていった。
俺と七生だけになったこの部屋は、ピリピリした空気が流れている。
「七生、どうするの?」
「う~ん……」
七生は両腕を組んで、悩ましそうに眉間に皺を寄せる。
彩葉ちゃんからの爆弾発言の後、まずは本人に許可をとってからということで、今は保留という形に落ち着いているが、その場しのぎでしかない。
「一旦整理しよう。今あたしが懸念してるのは、彩葉が写真の女に危害を加えられないかってことだ」
「つまり、その人が信頼に値するかどうか見極められればいいってこと?」
「そうだ。でも、今持ってる有益な情報は決まった公園で待ち合わせをして、決まったショッピングモールで遊んでいることだけだ。勿論、それだけじゃ、判断がつかない。せめて、相手の様子だけでもこの目で確かめられればいいんだが……」
俺はリハビリ中で、七生は日頃から病院を抜け出しているとはいえ、それは常にできることではない。
「じゃあ、外を自由に動ける人に頼むしかないね」
具体的な人物は言わなかったが、七生はすぐに察すると小さく鼻息をついた。
「……まぁ、それしかないか。捕まらないといいけど」
「尾行なら俺で慣れてるはずだから、きっと大丈夫だよ」
「……お前、少しは嫌がることも覚えた方がいいと思うぞ」
ひとまず、話し合いがまとまり、俺たちは早速ある人物をこの病室に呼び出すことにした。




