昼間の公園と花飾り
最終校正日 2026/7/5
~old memories~
【????】
ある日、いつも通り病院を抜け出して適当に散策していると、保育園の門越しから子どもたちが楽しそうに駆け回っているのが見えた。
元気な子どもたちを見るのは好きだ。
だから、決して不審者のように振る舞うつもりは無いけれど、塀をよじ登って見守るだけなら犯罪にはならないはずだ。
笠木に腕を置いて子供たちの遊んでいる光景を眺めていると、奥の砂場で一人の女の子が砂をいじって遊んでいた。
砂場にはその子しかいなくて、先生も部屋にいる子供たちと遊んでいるのかどこにもいない。
私は降りて反対側に移動したら、そこの塀を登ってもっと近くから女の子の様子を覗いた。
「ねぇねぇ」
私の声に反応した女の子はおもむろに私の方を向くと、声も上げずにただ私を見つめていた。
迫る恐怖から自分を守るために、何もかも閉ざしてしまったような目だった。
「……お姉さん、誰ですか?」
活力を失くしたような、か細くて寂しそうな声で訊ねる。
「やだ~、お姉さんだなんて。そんなに綺麗に見えちゃう私?」
「……違うんですか?」
「違うなんてことはないけど~。それより、お嬢ちゃん皆とは遊ばないの?」
「いえ、誰も私に近づこうとはしないので……。私もこっちの方が落ち着くし」
「そうかな~? 皆と遊んだ方がもっと楽しくなると思うんだけどな~」
「……そういうものですか?」
「さては、食わず嫌いね? 分かった」
私は塀の内側に飛び降りて、ズボンに付いた砂埃を払う。
「みんな~、しゅーごー!」
私の声に反応した子供たちが、私の元に一斉に集まる。
もしかして、私のこと新しい先生だと思い込んでいるのかな。
「……何のつもりですか?」
「これから、私たちと遊びましょ!」
私は真っ直ぐと女の子に手を差し伸べる。
女の子は戸惑っている様子だったが、恐る恐る立ち上がって私の手を取ってくれた。
◇
【春香由紀】
灯りが消えた部屋で、一台の大きなモニターが青い光を発していた。
「んー……」
決して柔らかいとは言えないマットで寝ていたせいで、私の体は節々が悲鳴を上げている。
モニターの右下隅に表示されている7:00を見て、私はまだ寝足りないと不満を漏らすように大きな欠伸をかいた。
703号室を出たら階段を降りて、シャワールームに入る。
この店のシャワーは無料なので、数日ぶりに体を洗い流した。
体を拭いて、ドライヤーで髪の毛を乾かしていると、鏡が目の下にクマができている私の顔を映し出した。
これが、一人で必死に生きようとしている人間の面体だ。
それを頑張っていると前向きに捉えるべきか、それとも哀れな姿と卑下するものか。
今の私には結論付ける余裕はない。
私服に着替えて部屋に戻ったら、荷物をまとめてカードキーと一緒に703号室から退出する。
そして、セルフレジで支払いを済ませた私は、ネットカフェを出て宛もなく街を歩き始めるのだった。
病院で海斗君との別れを決心した私は、一人の生き方を探していた。
美奈さんから頂いたお金と懐にあった貯金のおかげで、ネットカフェで一晩過ごしつつ、足りなくなることを見越してネットカフェのパソコンから求人サイトに登録して、単発バイトを繰り返していた。
曲がりなりにも人並みの生活は維持しているつもりだが、あまりにも金銭面が不安定でいつお金が尽きてもおかしくない。
いくら働いているとはいえ、どれだけ節約しようとしても、一晩のネットカフェ代が赤字の要因になっている。
だから、偶に公園など人目のつかない所で夜を明かしていたりした。
もはや、都会で生きている人とは思えないくらい過酷な生活をしているのだ。
今日は働き口が見つからなかったので、子供が遊んでいる小さな公園のベンチにもたれかかっていた。
何もすることがない私は空を見上げて、飛んでいる鳥を目で追う。
絵に描いたようなニートになっていた私は、日頃の寝不足に耐え切れず、ゆっくりと眠りに落ちてしまった。
真っ暗な視界の中、僅かに意識が戻ると、頭に何か乗せられたような感触が残る。
それに気づいて目を開けると、目の前には小学生くらいの小さな少女が立っていた。
三つ編みを左右に揺らしながら、若葉色の髪をしたその少女は少しくたびれたオーバーオールを着ていて、子どもらしい無邪気さを湛えた顔立ちとは裏腹に、その瞳だけは大人びた落ち着きを見せていた。
「あっ、起きましたか」
赤の他人も同然の私に対して、少女は堂々とした姿で向き合う。
「あの……何か用ですか?」
一方の私は見た目が小学生の少女相手にも、人見知りするように警戒する。
「急にごめんなさい。お姉さんの寝顔があまりにもアレだったもので、ちょっといじっちゃいました」
悪気なんて微塵も感じないほど、晴れやかな笑顔で喋る。
「ア、アレってどれ?」
もしかして、あまりにも変な寝顔だったとか。
私は見知らぬ少女の読めない心に震えながら尋ねる。
「それは、ここを見れば分かります」
すると、少女は自分の頭を指差し、私は彼女に従って自分の頭を触ってみた。
てっぺんから横にスライドすると、ザラザラとした感触が残り、手に取って顔の前に持っていく。
それは、白い花が二つ重なった髪飾りだった。
「お姉さんに似合うと思って、付けさせていただきました!」
満面の笑みを浮かべる彼女を見て、裏の顔が無いことに安堵する。
「……あ、ありがとう」
とはいえ、この状況に理解できない私は、少し戸惑ったようにお礼を言った。
とりあえず、髪飾りを少女に返そうとすると、彼女は髪飾りを持った私の手をそっと包み込んだ。
「これはお姉さんが持っていてください」
「いいの?」
「はい! お姉ちゃんに教えてもらって、自分で作ったものの一つですから」
「そっか。それじゃ……」
少女の純粋な親切心を無駄にしてはいけないと、私は快く受け取ろうとした。
しかし、突然胸騒ぎがしたので、胸ポケットに入れようとした手を止めて、少女に一つ訊ねる。
「あのさ……。これって、もしかして、お金取る?」
すると、少女は目を大きく見開いて一瞬固まる。
「あー、その手もありましたね」
そう言って、今気付いたように手のひらをポンッと叩いた。
少女の反応を見て言わなければよかったと、顔が引きつってしまう。
しかし、時すでに遅く、少女はにんまりとした顔をこちらに近づけた。
「それじゃあ……」
少女は徴収しますかと言わんばかりに、私の目の前に手を差し伸べてきた。
「私と遊んでくれますか?」
「えっと、それって……」
子供がするような遊びってことだよね、と言いかけた口を紡いだ。
相手は子供なのだから当たり前だ。
少女は浮かべた笑みを崩さないまま、私の答えを待っている。
「それじゃあ、何して遊ぼうか?」
すると、少女の目が子供のような希望に満ちた輝きを放ち、私の手を握りしめた。
その目は最近関わった同い年の女の子にそっくりだった。
というか、突拍子のないことをしている時点で、生き写しだ。
「私についてきて下さい!」
少女は外見とは裏腹に強い力で私を引っ張り上げて、そのまま行き先も伝えることなく走り出した。
「ちょっ、自分で走れるから!」
途中で走り疲れた少女は落ち着きを取り戻すと、握った手はそのままに同じ歩幅で目的地まで歩いた。
少女は「あっちです」「こっちです」と指差しで方向を示し、私はそれに従って何度も方向を変えて進んだ。
どこにでもいる姉妹だと思われているのか、周りの人は私たちのことを見向きもせず、ただ自分の行く先に目を向けていた。
おかげで、私自身も一人でいる時よりも、周りの目が気にならなくなっていた。
「到着です!」
少女が足をピタッと止めて人差し指で指す場所に目を向けると、見上げる程大きなショッピングモールが聳え立っていた。
そして、平日にもかかわらず、入り口ではひっきりなしに人が出入りしている。
人生で初めてモールを目にした私は声も出ず、口をポカンと開けていた。
「さっ、私たちも入りましょ!」
立ち尽くす私に、少女は手を引いて促す。
「い、一応訊いておきたいんだけど……ここで何するの?」
私は若干震え気味に尋ねる。
体感で大規模に映るショッピングモール。
そして、飾り物をこよなく愛する少女。
それが意味するものは"高級な飾り物"に手を出す恐れがあるということだ。
『これ、欲しいです!』
何の躊躇いもなく、こんな風に当たり前のようにおねだりする光景が目に浮かぶ。
「それも内緒です」
少女は顔が引きつった私を見上げると、小悪魔的な笑みを浮かべ、口の前に人差し指を立てる。
私、これからいくら払わせられるんだろう……。




