虫の知らせ
【春香由紀】
元気になった咲ちゃんが先生と玲君の手を繋いで校門をくぐるのを見送り、私と陽炎君は自分たちの学校に向かった。
「最後まで面倒かけちまったな」
「陽炎君に比べたら、大したことじゃないよ」
「そりゃそうかもしんねぇけど、咲が家であんなに楽しそうにしてるの初めて見た」
「いつもは違うの?」
「わがままなところは全く変わんねぇよ。両親は共働きで玲も本読んでることが多いから家の中だとずっと退屈そうにしててな。俺や玲は男だから女の遊びなんてよく分かんねぇ。だから、あんたが咲と遊んでくれて本当に助かったと思ってる」
「陽炎君……」
私だって、咲ちゃんくらいの年頃の遊びなんてしたことが無い。
昔他の女の子が遊んでいた光景をそのままトレースしたに過ぎない。
本当にそれだけだったのに、零れる笑みを抑えられずにいた。
咲ちゃんが私を必要としてくれた。
それがとても嬉しかった。
「またいつか咲に会ってやってほしい」
「頼まれなくても行くよ。咲ちゃんと約束したから」
「そっか……ありがとな」
陽炎君も心が晴れたかのように、口角を上げた。
今度会ったらお菓子でも持って行こうかな。
学校の近くまで来ると同じ制服を着た人たちが見えるようになって、皆の突き刺す視線の殆どは私たちの方に向けられた。
おそらく、私がまた新しい男を作ったのだと、尾ひれをつけようとしているのだろう。
陽炎君は見てくる人たちを威圧の眼で、次々と払い除けていく。
そうして、校門をくぐり昇降口で靴を履き替え、クラスが違う陽炎君とは私のクラスの教室で別れた。
席に着くと涼花が後からやってきて、私の顔を見るやすぐに私の元に駆け寄った。
「由紀さんおはようございます!」
「おはよう」
「昨日のカラオケ楽しかったですね!」
涼花の元気過ぎる声は周りにも伝わり、教室中がざわめいた。
――嘘だろ、あの二人が?
――冬野さん、また変な人とつるんでるの?
――でも、冬野さんすごく良い人だしなー。
――てか、二人喧嘩してなかったっけ?
クラス中が私たちの話で持ち切りになっている中、先日私をいじめていた女子の集団は目が合うや、すぐ明後日の方に反らした。
「そうだね」
でも、今の私は周りの声など、全く気にならない。
これもきっと涼花のおかげだ。
「今度の遊びはもう決めたので、海斗君が来たらお話ししますね」
涼花の口から海斗君の名前が出ると、私は一瞬にして体が凍り付く。
「うん。楽しみにしてる」
何とか誤魔化そうと平常を装おうと、私は落ち着いて返事した。
暫くしてチャイムが鳴ると、涼花は自分の席に戻り私も自分の席に着いた。
そして、担任の先生がかったるそうに教室に入り、教卓に両手をついて朝のホームルームが始まった。
「えー、今日は連絡事項が一つある」
どうせ大した話ではないと思い、話を右から左に流そうと頬杖をついて黄昏る。
「つい先日うちの生徒が、交通事故にあった」
「え……」
どうでもいいと思っていた話が一変し、先生の方に目を向ける。
「誰が事故ったんですか?」
無神経な一人の生徒が、無責任に訊いてくる。
「そこまでは言えないな。まぁ、要するにお前たちも車には気をつけろってことだ。話は以上、解散!」
先生が教室を出ると、周りの生徒はいつもの騒がしいクラスに戻った。
周りを見渡すと、海斗君の姿はどこにも無い。
酷い胸騒ぎがした。
私は慌ただしく席を立ち、先生を追いかけた。
「先生―!」
私の声に気づいた先生は、頭を掻きながら振り返る。
「どうした? 春香」
「あの……さっきの事故にあったっていう話……」
「あー、あれか。あれがどうした?」
「誰だったんですか?」
先生は呆れたように、ため息をついた。
「言えないってさっき言ったろ?」
あっさりと拒否されてしまったので、今度は違う角度から質問してみる。
「海斗君、何でまだ学校に来てないんですか?」
「秋山は……休みだ」
先生は気だるそうに、顔を斜め下に落とす。
「休みの理由はなんですか?」
質問攻めをする私に、先生は怪訝そうにこちらを見てくる。
「何でお前に言わなきゃならない?」
「海斗君の……友達なので」
そう答えると、先生は何も言わず私を見つめた。
どんなふうに思われているのか分からず、緊張が走る。
数秒間沈黙の状態が続き、先生は再びため息をついて言葉を発した。
「春香の言う友達ってのはバカなことして笑い合ったり、困ったら助け合ったりする仲ってことでいいんだな?」
「どういうことですか?」
先生の変な訊き方に、私は目を丸くする。
「これでも俺は生徒たちの声をそれなりに聞いてるつもりだ。その中でも、お前の悪い噂は毎日のように耳に入る」
先生の言葉に背筋が凍り、動悸が走る。
「まぁでも、噂には尾ひれがつきものだ。だから、本気で信じてるわけじゃないんだが、念のために訊いておこうと思ってな。それで、どうなんだ?」
私は震える口から、振り絞るように答える。
「……友達です。正真正銘の」
先生は何も言わず、私を見つめていた。
私も負けじと先生に、目で本気だと訴える。
「……そうか、それを聞いて安心した」
真剣だった先生の顔は、次第にいつものダルそうな顔に戻る。
「秋山の事はあまり詳しく言えないが、少なくとも今学期中は学校に来れないかもしれん」
「え……」
嫌な予感が走り、さっきよりもさらに動悸が激しくなる。
「せっかく毎日来るようになったのに、本当に残念だな。先生から言えるのはそれだけだ。授業に遅れるなよ」
最後にそう残して、先生は職員室に戻った。
それと同時に一時限目のチャイムが校内に鳴り響く。
私は震える足を何とか動かして、教室に戻ろうとした。
授業中が始まると私は抜け殻のように脱力し、そのまま放課後になるまではずっと机に突っ伏した。




