小さな腕の中のやさしさ
最終校正日 2026/9/2
【春香由紀】
晩御飯を食べ終えて元気になった双子は、陽炎君を振り回して遊んでいた。
手が空いていた私は使った食器を洗いながら、その光景を傍観して楽しむ。
海斗君の分のオムライスはラップに包んで、テーブルに置いておいた。
食器を食洗器に入れて一息つくと、遊んでいた咲ちゃんが私の元に駆け寄ってきた。
「お風呂一緒に入ろ!」
どうやら私は咲ちゃんに相当気に入られているらしい。
どうしようかまごついていると、後ろから陽炎君がやってくる。
「咲、お前は玲と一緒に入るんだ」
「えー、玲と入るの飽きたー!」
わがままな咲ちゃんは、私にしがみついてくる。
「こらっ! 文句言うな!」
「やだやだやだやだー!」
陽炎君が剥がそうとすると、咲ちゃんも必死に抵抗して私の体をきつく縛りつける。
「まいったな」
咲ちゃんの頑固さには、陽炎君でも手に負えないようだ。
本当にまいった……。
子どもにここまで駄々をこねられると、断れなくなる私の性格には本当に困ってしまう。
「じゃあ、一緒に入ろっか」
「やったー!」
「何から何まで面目ないな」
申し訳なさそうに頭を掻く陽炎君。
「大丈夫。それにこういうの、ちょっとやってみたかったところもあったし」
「そうか。じゃあ、俺は後で玲と入るから」
「お先いただきます」
「咲。あんまお姉ちゃんを困らせるんじゃねえぞ」
「はーい!」
私は咲ちゃんと手をつないで、お風呂場に向かった。
二人で一緒に湯船に浸かると、咲ちゃんは近くにあったおもちゃで楽しそうに遊んでいる。
楽しそうにしている咲ちゃんを見ていると、私まで楽しくなっていく。
すると、咲ちゃんがおもむろに手を止め、私の方をじーっと見ていた。
それも私の顔ではなく、鎖骨から下のあたりだ。
「おねえちゃん、おかあさんみたい」
言葉と目線でどこを差しているのかは一目瞭然だ。
「そ、そう。ありがとう」
恥ずかしいわけではないけれど、どう反応していいかも分からなかった。
咲ちゃんのことだから、こちらからは何もしなくてもいいだろうと身動ぎせずに待っていると、案の定咲ちゃんは目線の先に飛びついて顔をうずめる。
いきなりのことで最初は驚いたけれど、相手が咲ちゃんだと嫌な気はしなかった。
寧ろこんなに小さくて可愛い小動物にこんな風に甘えられて、こちらからも抱き返したくなるくらいだ。
そして、その衝動を抑えられなくなった私は、ついに欲望のままに咲ちゃんをぎゅっと力一杯抱きしめた。
温かくて滑々で全身もちもちしていて、頬っぺたなんて特に柔らかい。
もう離れたくない。
ずっとこうしていたい。
何も考えられず咲ちゃんを全身で感じていると、埋もれ悶えていた咲ちゃんが声を発する。
「おねぇちゃん苦しいよ~」
私は正気に戻り、咲ちゃんを開放した。
咲ちゃんはぷはぁっと息をついて、怒っているようにぷくっと頬を膨らます。
「もぉ、やりすぎ!」
「ごめん、つい……」
「今回は許してあげる」
咲ちゃんすぐに開き直り、湯船から出て「体洗って」とタオルを手渡す。
髪も体もさっぱりしたら、今度は私の膝に座ってもたれかかった。
「おねえちゃんって、おにいちゃんのかのじょさん?」
唐突な質問に体がヒクつく。
「おねえちゃんはおにいちゃんおよめさんになるの?」
咲ちゃんはヒョイと体を真正面に向きを変える。
「ん~、そういうのとはちょっと違うかな?」
冷汗を掻いたがなんとか平静を保ち、顔を引きつらせながらそう答える。
「じゃあ、おにいちゃんとはどんなカンケーなの?」
「友達……かな?」
「へえ~」
その場しのぎで言ってみたものの、陽炎君との関係はよく分かっていない。
友達と言えるほど一緒にいたこともない。
それに初めて会った時はとにかく殺気立つような目で睨みつけられて、それどころじゃなかった。
助けてくれたのだって、きっと海斗君のため動いたようなものだろうし。
それはきっと友達とは呼べないんだろうな……。
「おねえちゃんはおにいちゃんのことすき?」
「えっ!?」
またしても、火の玉ストレートのような質問に動揺を隠せなかった。
「どうなの?」
純粋無垢な目が早く答えてと、訴えてくる。
これは多分“ラブ”じゃなくて、“ライク”の方でいいんだよね?
「うん、面白くて……優しくて……好き……だよ?」
考えながら喋ったせいで、歯切れが悪くなってしまった。
「じゃあ、なんでおつきあいしないの~?」
ラブの方だった……。
「それは……」
子どもの単純さに翻弄されて、言葉が詰まる。
「ねぇねぇ、なんで?」
暴力的な可愛い仕草が、早く答えてと言っている。
これ以上嘘が思いつかなかったので、正直に話すことにした。
「ごめん、本当はあんまり好きじゃない」
それを聞いた咲ちゃんは目を丸くする。
「おともだちじゃないの?」
「それも分からない。陽炎君が助けてくれたのは、もっと違う理由だと思うから」
「ふーん」
愛想をつかされたのか、咲ちゃんは再び背を向けてもたれかかった。
機嫌を損ねたと思って、急いでフォローに入る。
「でも、咲ちゃんのお兄さんのことは良い人だと思ってるよ」
「あんなのまったくいい人じゃないよ!」
逆効果だったようだ。
「いつも怒ってばっかだし、お料理下手だし。海斗さんがおにいちゃんのほうがよかった」
お湯をプクプクとさせながら文句を垂れる咲ちゃん。
そうか、海斗君も何度か来たことがあるんだ。
それなら咲ちゃんが知っててもおかしくない。
でも、なんだか海斗君にだけさん付けしていることに、少々違和感を覚える。
「海斗さんすごいんだよ! 優しいしお料理上手だし、咲の髪も結んでくれたこともあるの!」
お湯をパシャパシャさせたり私の肩を揺らしたり、咲ちゃんはとても興奮している様子だった。
料理ができることは知っていたけれど、女の子の髪も結べるのは初耳だ。
海斗君の謎めいた女子力の高さには、毎回驚かされる。
「でも、陽炎にいちゃん寂しがり屋さんだから、咲がかまってあげてるの」
咲ちゃんはとても誇らしげだ。
そんな咲ちゃんに「偉いね」と一言添えて、本日三回目になる頭を撫でた。
この世の幸せがつまったような笑顔を作る咲ちゃんが、とても眩しく見えた。




