嘘で守り、嘘で壊す
~old memories~
【淡々とした少年】
患者から人気を博している“その人”は、今日もファンの相手に勤しんでいるようだった。
相手は僕と同じくらい女の子で、最近入院してきたらしい。
母親が傍にいない生活は、とても寂しいことだろう。
だからこそ、母親代わりになれる“その人”の存在はとても大きい。
女の子はベッドに乗っかると、“その人”の膝の上にちょこんと座る。
僕は本を読んでいるふりをして、二人で楽しく会話している様子をちらちらと一瞥していた。
定期検査の時間になり、女の子は大きく手を振りながら出ていき、病室は僕と“その人”だけの空間に戻る。
「はぁ~、可愛かった」
「それは良かったですね」
僕は視線は本に落としたまま、そう呟いた。
少し語気が強くなってしまったことに、気が付くまでそう時間はかからなかった。
やってしまったと、咄嗟に口を塞ぐ。
すると、勘が鋭い“その人”は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて、僕の頬を突っついた。
「ミーちゃん、もしかしてやきもち~?」
「そんなのじゃないです」
言葉では否定しても、今にも緩んでしまいそうな顔が邪魔をするので、決して見せまいと本で顔を隠しそっぽを向いた。
「またまた~」
しかし、“その人”は追い打ちをかけるように、僕の頬を人差し指で舐めまわしてきた。
胸の中がとてもむしゃくしゃする。
でも、もうこうなっては認めざるを得なかった。
せめて、一矢報いようと“その人”の頬を親指と人差し指で小さくつまんだ。
「お返しです……」
僕は小さく零す。
僕の滅多にない行動に“その人”は手を止め、目を大きくして僕を見ていた。
その目は次第に細くなって「やられちゃった」と、嬉しそうに呟いていた。
◇
【春香由紀】
学校の授業が本格的に始まり、私たちの学生生活は春風とともに二週間が流れていた。
現状無遅刻無欠席と、皆勤賞への道まっしぐらの私と海斗君。
でも、登校するだけで順風満帆な生活が送れるほど、学校というのは甘くない。
数々のグループの輪が存在する中、どこにも入れなかった私。
そんな独りの私を周りは冷たい視線や、棘のある言葉を向けるものは少なくなかった。
――あの子めっちゃ可愛くね?
――声かけてみよっかな~。
――あいつ前にバンド部の星野先輩と付き合ってたんだって。
――あれ? バスケ部の神田君とも一緒じゃなかったっけ?
――前に社会人の人と一緒にいるの見た。腕掴みながら歩いてたよ。
――今日も寝てるよあいつ。
――夜は忙しいってか。
女子からは蔑まれ、男子からは卑しい目で見られる。
それが私――春香由紀なのだ。
私はせいぜい机に突っ伏して、聞かぬふりをすることしかできなかった。
でも、この生活も残りはたったの二年。
あと二年だけ、この孤独に耐えるだけでいい。
沈黙を貫き、ありとあらゆる罵詈雑言にも動じない。
暗闇の中を生きてきた私には、造作もないことのはずだ。
けれど、学校という場所は、そんな生き方も許してはくれないようだ。
「来週は都内見学だから今日はグループを作るぞ」
それは午後のホームルームでの出来事だった。
学校行事の一つで、都内見学というものがあるらしい。
学校のイベントなんて全く把握していなかった私は、眠そうに装った目がパッチリと開いてしまう。
クラスの皆は流れるようにしてそれぞれの仲のいい者同士とグループを組み、取り残された私は寄せ集めのグループに入ることになった。
メンバーは私を含め四人。
一人は私と同じ教室の端っこで頬杖をついていた海斗君。
もう一人は眼鏡をかけた猫背で小柄な谷君。
そして、三人目は……。
「いや~、偶然ですね~。海斗君に由紀さん」
そう言って後頭部を搔いているのは、クラスのマスコットキャラクター的存在の冬野さんだ。
余りもののようなグループに彼女がいることはあまりにも不自然だけど、先ほどの班分けの時カーテンに冬野さんサイズの人影が見えたのは見逃していない。
きっと海斗君を狙って、わざと余りものになるように身を隠したのだろう。
彼女がその場にいるだけで、取り合いになってしまうから。
その証拠に私たちのグループに、珍しいものを見るような視線を向けるものが多かった。
「なんかすごい見られてる気がする」
海斗君は冷静に周囲を見回す。
「どうしてでしょうね~」
笑顔ですっとぼけたように言う冬野さん。
「よろしくお願いしますね。由紀さん」
冬野さんは校内でも相変わらず、馴れ馴れしく下の名前で呼び、お得意の笑顔で私に迫ってきた。
「……よろしく」
対照的に私は冬野さんと目も合わせず、ぼそっと呟くように返す。
そして、今の名前呼びが聞かれていないか周囲を見渡した。
周りは既に各々のグループで話し合いが始まっており、誰からも聞こえていない様子に胸を撫で下ろす。
すると、冬野さんはいつの間にか海斗君の方に向いていた。
「実はこの前由紀さんと二人でパフェ食べに行ったんですよ~」
「うん」
楽しそうに話す冬野さんに、海斗くんは相変わらずの無表情で返事をする。
私の話題が出てきたうえに、私も海斗くんのお金を使って、パフェを食べたと誤解されそうな言い回しに嫌な汗が滲み出る。
家に帰ったら海斗君はどんな顔をするだろうか……。
怖いはずなのに、何故か同時に好奇心が湧いてしまう。
冬野さんはのべつ幕なしに、私との思い出話を加速させていく。
私をナンパから助けてくれたこと。
ファミレスで漫画の話をしたこと。
パフェのイチゴが美味しかったこと。
冬野さんのおしゃべりは止まらず、私と谷君は完全に取り残されてしまった。
しかし、その勢いは入ってはいけない領域まで踏み込んでしまった。
「それでそれで、由紀さんには好きな人が……」
――ペチッ。
高く鳴り響いた肌をはじくような音が、騒がしくしていたこの空間を一瞬で静まり返らせた。
どうしてこんなことをしたのか私にも分からない。
考える前に先に体が動いて、冬野さんの頬をひっぱたいてしまった。
周りの視線が悪である私を突き刺してくる。
――えっ、何喧嘩?
――でも、叩いたの、春香さんだったよ。
――うわ、あいつヤバ。
この空気ではどうしたって私が悪になってしまう。
もう後には退けないと思った。
だから、私は冬野さんから嫌われるように、周りから私が冬野さんを嫌っているように見せるしかなかった。
「ふざけた妄想はやめて! 私とあなたが仲いいわけないでしょ! 私はあなたのことが嫌いなんだから!」
遠くに追いやるように、もう二度度近づかせないように心にもない言葉を羅列する。
「おいおい、どうしたんだ?」
気づいた先生が私の元にやってきた。
「あはは、少し喋り過ぎちゃったみたいです」
冬野さんは叩かれた頬を軽く抑え、先生に取り繕う。
「まったく、冬野はそういうところあるからな。ただ、引っ叩くのもどうかと思うぞ春香」
先生は偉そうに腕を組んで私に説教した。
近くで見ていた海斗君は何もせず、ただ黙ってその光景を見ているだけだった。
「すいません。ちょっと顔洗ってきます」
私は先生の咎めも聞かず、そそくさと教室を出ていった。




