これからも、よろしくお願いします
~old memories~
【淡々とした少年】
「ねぇ、ミーちゃん、学校は楽しい?」
唐突にやってきた質問に、これまでの学校生活を振り返りながら言葉にした。
「成績も出席もしているので、とても安定していると思います」
「そっかそっかぁ、お友達はいるの?」
「僕と仲良くしてくれそうな人は、今のところいないです」
僕がそう言うと、“その人”は心底残念そうに手で顔を覆う。
「そんなぁ、こんなに可愛いのに……ちょっかいかけてくる男の子もいないなんて……なんて嘆かわしいの」
こうやって、リアクションに困るような言い方をするのは日常茶飯事だ。
「多分あなたが思っている程、僕は可愛くはないと思いますよ。というか男の人に可愛いという感情を抱くのは少しおかしい気がするのですが……」
「何を言ってるの!? ミーちゃんは男の子である前に、子供なのよ? それが可愛くないわけないじゃない!」
「でも、だからと言って、その名前の呼び方は女の子みたいなので、僕への適切な呼び方じゃないと思います」
「あーん、もう! そんなに理屈ばかり並べるのは、子供としていかがなものかと思うわ! ミーちゃんは可愛くて良い子なんだから、それでいいじゃない!」
そう言って病体にも拘わらず、ベッドから這い上がって僕の顔を胸にうずめた。
そんな“その人”の姿は、僕よりもよっぽど子供っぽく見えた。
「だから、もっと自信を持っていいのよ。私が保証する」
子供っぽい動きから唐突に耳元で大人っぽいトーンで囁くものだから、思わず体がピクリと反応してしまった。
そして、僕は不安で震えた口を開く。
「僕にも友達ができるでしょうか?」
僕の問いにも、“その人”は囁くようにこう答えた。
「それも私が保証する」
◇
【秋山海斗】
新学期の初日は始業式を無断欠席するという、前までの俺となんら変わらない幕開けだった。
だが、登校しただけマシだったということにして、放課後のバイトに切り替える。
今日は冬野の春期講習明け最初の授業だ。
休み明けの授業はたいていの生徒が嫌な顔をしながら、授業を受けることが多かったが、冬野はそんな顔は一切せず、それどころか幸せを手にしたかのように顔が緩み切っていた。
そんな緩んだ顔のまま、冬野は両手で頬杖をつきこちらをじっと見ている。
「……顔に何かついてる?」
「ついてたら私が取ってあげますよ~。クリームなら直でなめてあげます」
冬野が大胆な発言をしている時は、非常に上機嫌な証拠だ。
「別にいいけど、さっき出した問題は解けた?」
「はい、この通り」
冬野が数学の問題を解いたノートを差し出し、俺は赤ペンで採点する。
結果は全問正解。
解き始めてからからあまり時間が経っていないから、一問一問にかける時間が相当短くなったのが分かった。
初めて会った時より、確かな成長が見て取れる。
「数学はかなり出来るようになったね」
「いえいえ~、これも海斗君のおかげですよ~」
冬野はそう言って謙遜するが、小学生でやるような計算もままならなかった頃に比べたら、大きな成長には間違いない。
「これならもう、俺がいなくてもやっていけるかもね」
「それはダメですっ!」
明るかった冬野の表情が一転して、怯えたようの体を震わせる。
「どうしたの?」
「あ……いや、その……何というか……」
焦りを隠しているのか、視線が右に左に揺れている。
「じ、実は……ま、まだ数学以外にも教えてほしいところがいっぱいあって……」
「……気持ちは分かった。でも、これはお金のやり取りだから、俺だけで勝手に決めることはできないんだ」
「うぅ……」
冬野は小さく唸りながら俯く。
「だから、親に相談したらいいんじゃないかな。それに他の教科だったら、俺よりも分かりやすい先生もいるから。そういうのも考えたうえでさ」
「……」
冬野は不満そうに猫背になりながら、机をぼーっと見つめていた。
困り果てた俺は宥める方法を考えながら、自分の教材に視線を落とす。
『いいわよ』
すると、突然扉の向こうから大人びた声が一つ。
おそらく冬野母だ。
冬野母は部屋主の許可なく扉を開け、部屋に入ってくる。
「何でいるの!?」
「お菓子持ってこうとしたらあなたが叫ぶのだもの。痴話喧嘩でも始まったのかと思ってこっそり聞いてたのよ」
「だったら止めてよ! ……って痴話喧嘩じゃないし!」
「何にせよ話は聞かせてもらったわ。秋山先生、今後もお願いできます?」
「……俺ですか? 他の教科なら俺以外にもたくさん……」
「海斗君じゃなきゃだめ……なのよね? 涼花」
「……え、あっ、うん……まぁ……」
突然話を振られた冬野は、動揺して言葉を詰まらせる。
「ま、またお願いします」
そして、俺の方を向いて、ピンク色に染めた頬を隠すように俯き懇願した。
「よろしくお願いします」
俺も折り目正しく腰を折る。
まだ、口約束ではあるが、こうして冬野との再契約が結ばれた。
「よかったわねぇ涼花。また二人きりの空間が残って」
「お母さん、その言い方やめて!」
細い腕で母親の肩を叩く涼花。
そんな微笑ましさが滲み出る光景を、俺は遠くで見ていた。
「それじゃあ、上の者には俺の方から言っておきます」
「改めてよろしくお願いしますね。先生」