私が奪ったもの
【春香由紀】
「まずはその人の特徴教えてください」
街中を歩きながら、冬野さんは私の探している相手の特徴を探る。
「えーと……肌が真っ白で髪も銀髪で長い髪のウイッグ被せたら、女の子と間違えるんじゃないかってぐらい綺麗な男の子……かな」
冬野さんは思い当たる人物を探すように、視線を落とす。
少しして頭の中で整理がついたようで、私の方を見て一言告げた。
「……なんだか海斗君みたいな人ですね」
冬野さんの推し量りに、私の心臓が一瞬飛び跳ねる。
「そ、そうかな……」
私は引きつりながら笑って、なんとか誤魔化そうとした。
嘘じゃない程度に分かりづらく言ったつもりだったけど、冬野さんの観点からでもやっぱそう見えるんだ……。
「でも、いいなぁ」
冬野さんが短い腕をうんと伸ばす。
「何が?」
「好きな人に気持ち伝えるのって難しいことなのに、由紀さんは追いかけてまで伝えようとしているんですもの。私にも好きな人いますけど、まだそんな勇気ないです」
「そういうものなのかな……」
あの夜だって、私は海斗君にためらわず告白できた。
軽い気持ちで「付き合って」と言ったのだ。
今までだってそうだ。
向こうから当たり前のように軽く言われ、私も当たり前のように軽く受け入れる。
今回は立場が逆転しただけ。
それが普通だと思っていた。
でも、それは“好き”ではなく別の何かを求めるようなメッセージでしかない。
実際、私だって海斗君のことが好きで、言ったことではない。
ただ交換条件を成立させるために、仮面をかぶせようとしただけだ。
きっと冬野さんが気持ちを伝えることが難しく感じているのは、それだけ本気でその人を好きになっている証拠。
私のようないい加減な人間とは、比べ物にならない。
「あちゃ~、由紀さん。そろそろ……」
つい考え込んでいると、いつの間にか冬野さんの自宅に着いていたようだ。
茶色の屋根に壁はクリーム色に塗装され、おしゃれなモスグリーン色門扉が出迎えている。
「ごめんなさい。私はここまでのようです」
冬野さんとの取り決めで、協力してもらうのは冬野さんの家までになっている。
「こっちこそごめんね。付き合わせちゃって」
「いえいえ、楽しいデートでしたよ。またしましょうね」
「うん……またね」
口ではそう言ったけれど、これ以上は関わらないほうがいいのではないかと、心の中で思っている私がいた。
振り回されっぱなしだったけれど、冬野さんと過ごした時間は本当に楽しかった。
冬野さんの下で、私は本来の女子高生のようになれた気がした。
もっと前から出会っていれば、今とは違う人生もあったのだろうか。
いや、そんなことは期待しない方がいい。
冬野さんとの関係も、これっきりにしよう。
「涼花、おかえりなさい」
物思いにふけっていると、玄関から冬野さんの家族と思わしき女性が出てきた。
「あ、お母さんただいま」
「あらあら、そちらの子は涼花のお友達?」
「こ、こんにちは……同じクラスの春香由紀です」
「こんにちは。涼花の母です。いつも涼花と仲良くしてくれてありがとうね」
「い、いえ……とんでもないです」
冬野さんとはさっき初めて会話しました。
高校生の母親にしては皺が全く見当たらず、とても若々しさがあり、物腰柔らかで優し気な笑顔は私たちを暖かく迎え入れてくれた。
「それじゃ、私はこれで」
「あら、せっかく家に来たのにもう行ってしまうの? 由紀ちゃん」
初対面でこの呼び方。
この子にしてこの親ありといった印象を抱かざるを得ない。
「すみません、人を探しているので」
「人を探してる?」
「お母さん、実は……」
冬野さんが耳打ちで冬野母に伝える。
「肌が真っ白で髪も銀髪で長い髪のウイッグ被せたら、女の子と間違えるんじゃないかってくらい綺麗な男の子……ね」
心当たりがあり気に、空を見上げる冬野母。
「なんだか海斗君みたいな子ね。その男の子」
「やっぱりそうだよね~」
親子そろって勘が鋭いんだか、海斗君の顔と例えが当てはまり過ぎてるんだか……。
……というかどうして冬野さんの母親まで、海斗君の存在を知っているんだろう?
「まぁ、本当に海斗君なのだとしたら、もう家に帰ってるんじゃないかしら」
あと、何故海斗君前提で話が進んでいるのか?
間違っていないけれど。
「お、おばさんも、かい……秋山君とお知り合いなんですね。意外です」
向こうの憶測とはいえ間違っていないので、さりげなく話題を海斗君の方に持って行って、情報を訊き出してみる。
「そうよね~。実は涼花の家庭教師を頼んだのだけれど、その時に来たのが海斗君だったの。最初はお試しだったから断ることも出来たんだけど、涼花が海斗君じゃなきゃ嫌だっていうものだから~」
「そこまで言わなくていいよ、お母さんっ!」
冬野さんは顔を赤らめて、冬野母の裾を引っ張る。
「あらあら~、ごめんなさいね~」
対して冬野母は、のほほんと笑っていた。
「なるほど、そういうことでしたか」
海斗君は日々バイトに明け暮れている。
その中の一つに冬野さんの家庭教師も含まれていて、そこで育んだ関係が今朝の二人に繋がっているのだろう。
それに、冬野さんが貸しているという漫画。
きっと貸出先は海斗君だろう。
家で憶測していたことが的中してしまい、頭の中が真っ白になる。
それに、海斗君の話になった時の冬野さんの反応を見て、私は重大なことに気づいた。
それは、私のいい加減な告白が、彼女の純粋な恋の邪魔をしているということだ。
どうしていいか分からなくなった。
今すぐここから逃げ出したくなった。
「私、そろそろ帰りますね。親も心配してると思うので」
都合の良い言い訳を残して、私は脇目も振らずにその場から立ち去った。
「由紀さーん! 漫画がまだですよー!」
遠くで叫ぶ冬野さんの声も聞き入れず、ただひたすらにオレンジ色に輝く夕暮れの帰路を走った。
冬野さんの気持ちに気づいても、私の帰る場所は変わらない。
息切れと精神的な焦りで胸が苦しかった。
私は一度深呼吸をして心を落ち着かせる。
そして、扉を静かに開けて、足音を殺してリビングに入った。
「あぁ? なんだてめぇは」
しかし、海斗君の姿は見えず、その代わりに緑の髪をした大男が一人こちらを睨みつけていた。
「あ……」
冬野さんとの慣れない時間に飲み込まれて、私は大事なことを忘れていたのだ。
この男のせいで逃げ出ていたことを――。