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甘い時間とほろ苦い予感

【春香由紀】

 冬野さんに連れられてやってきたのは、ファミレスだった。

 席に着くと私は緊張で冬野さんと目を合わせられず、お手拭きを取って自分の手を拭いて、気まずさを紛らわせる。

 そんな私とは対照的に、冬野さんはとても落ち着いた立ち振る舞いで、メニューを見ていた。

「私はスペシャルいちごパフェで。由紀さんはどうしますか?」

「私は……」

 勢いでファミレスに入ったけど、よく考えたら慌てて出たので、手持ちは一銭も無かった。

「実は今、お金持ってなくて……」

「お金も持たないで外に出歩いてたんですか?」

 ごもっともな反応に、私は頭が上がらない。

「そ、そうだよね! お金も持たずに出歩くなんて変だよね! アハハ……」

 そう言って、私は無理矢理笑い話にしようとする。

 でも、こういう時に限って冬野さんは一切笑わず、何も注文できない私を心配そうに見つめていた。

 気まずくなった私は、次第に笑顔が消え、顔も下に垂れさがっていく。

「冬野さんはパフェ食べなよ。私は大丈夫だから」

 私はもう一度無理矢理笑顔を作って、そう伝えた。

 冬野さんは納得してくれたのか、おもむろにタッチパネルを操作する。

 そして、注文が終わると、立ち上がって席を離れた。

 少しして戻ってくると、冬野さんの両手にはコーラとオレンジジュースがそれぞれ入ったグラスがあった。

「はい、どうぞ」

 そう言うと、コーラが入ったグラスを私の前に置いた。

「私、何も頼んでないよ?」

「ファミレスに来て何も口にしないのは、寂しいかと思いまして」

「でも、これお店の人に何か言われるんじゃ……」

「大丈夫ですよ~。バレなきゃ罪にはなりませんから」

 人差し指を唇に当て、ニヤリと笑みを浮かべる冬野さん。

 それは、悪戯を楽しんでしている子供のようで、学校にいる時の善良なキャラクターとは違って見えた。

「じゃあ……」

 私は冬野さんの厚意に甘えて、グラスに入ったストローに口付ける。

 気を遣ってくれたんだよね……。

 こんな私のために……。

 口に含んだコーラは私の舌を強く刺激した。



 程なくしてパフェが届くと、冬野さんはパフェ用のスプーンを右手に生クリームをごっそりとすくいあげて口の中に入れる。

「ん~、ほっぺたとろけちゃいそうです~」

 冬野さんは美味しそうに手を頬に当て、幸せなそうな顔をしていた。

 私はコーラをストローでぷくぷくと泡立てながら、その姿を眺めていた。

「ここのイチゴパフェ、最近テレビで取り上げられてたので、食べてみたかったんですよ~」

「そ、そうなんだ~」

 返す言葉に困った私は、冬野さんのノリに合わせようとしたが、どこかぎこちない。

「由紀さんも、はい」

 すると、冬野さんはパフェに乗ったイチゴをフォークで刺し、私に差し出してきた。

「い、いいよ。私は……」

 私は遠慮気に、手を横に振る。

「食べてください」

 粘り強い冬野さんは、笑顔を絶やさずイチゴを強引に私の唇に押しつける。

 私は口を閉じて応戦するけど、冬野さんの強すぎる押しに負け、観念して口を開きイチゴを口に入れた。

 甘酸っぱいイチゴに唾液腺を刺激され、イチゴに付いた生クリームが甘さを引き立たせている。

「どうですか?」

「……おいしい」

「よかった~。やっぱりお友達とこうやって分け合うのは良いですよね~」

 友達……私にはその言葉が新鮮に聞こえた。

「友達? 私が?」

 自分にかけられた言葉だと思えなくて、つい訊き直してしまった。

「そうでないのなら、こんなことはしませんよ」

 冬野さんは、イチゴを一口頬張る。

 でも、私と関わればきっと冬野さんの周りは、私を避けるために冬野さんを突き放す。

 こんなに純粋無垢で穢れを知らない子なのだから、そんな彼女を汚れた私のせいで汚したくない。

「思うのは自由だけど、周りにはそのこと言わない方がいいよ。私と一緒にいたら、皆離れていくよ?」

 視線を冬野さんの顔から避け、忠告した。

 優しさだとか正義感のつもりはないけど、綺麗な宝石に傷をつけるのはいけないのと同じで、やってはいけない常識に乗っとっているだけだ。

 冷たい言葉に私は罪悪感を覚えたが、冬野さんは目をパチクリさせると、クスクスと口を抑えて静かに笑った。

「ついさっき似たようなことを聞きました。やっぱり由紀さんは優しい人ですね」

 冬野さんはそう返し、私も冬野さんのように目をパチクリさせる。

「何でそうなるの?」

 冬野さんがパフェを食べ終え、口の周りに着いたクリームをナプキンで拭く。

 そして、おもむろに視線が私の方に戻り、目を細めて口角は物腰柔らかに上がった。

「同じことを言っていた人も、優しい人だからですよ」

 窓から差し込む光が彼女の、輝くような笑顔をさらに眩しくさせた。

「それって、もしかして……」

「なので、今私たちはイチゴパフェを分け合い、一蓮托生の契りを交わしたことになるのですよー」

 私が言いかけると、冬野さんの威勢にかき消されてしまった。

「いや、それは流石に意味が分からない」

「同じものを食べたり飲んだりしたら、それは友達とか兄弟とかになったりする。そんな漫画のような展開、ちょっと憧れるんですよね~」

 冬野さんは熱く語ってくれたが、私はいまいちピンと来ない。

「ごめん。漫画の知識とかよくわからなくて……」

 最近読んだもので言えば、海斗君の持ってた少女漫画だけだし。

「それじゃあ、私の漫画貸しましょうか? おすすめのあるんですよ~」

 そう言って、冬野さんはケータイを取り出し、その漫画の表紙が映った画像を見せた。

「……これって」

 それは海斗君がベッドの下に隠してあった、あの古い漫画だった。

「由紀さん、知ってるんですか?」

「少しだけ読んだことある」

 それを聞いた冬野さんは目を輝かせながら、私の手を素早く取った。

「それでそれでどうでしたか? どこまで読みました? どのキャラがお好みですか?」

 言葉が大きくなるにつれ、冬野さんの顔も近づいていく。

「お、面白かったよ。でも、まだ途中までしか読んでなくて……」

「私全巻持っているので、未読のところから全部貸しますよ!」

 冬野さんは鼻息を荒くする。

「でも、失くしたり汚したりするかもしれないし……」

「閲覧用と保存用と布教用があるので、問題ないです。今は友達に布教用を貸していますけど、由紀さんには特別に閲覧用貸しますよ」

「な、なるほど……」

 なんて誤魔化しつつも、実際は何言っているかさっぱり分からない。

 とりあえず、冬野さんこの作品の熱烈なファンであることは充分に伝わった。

「そうと決まれば、早速私の家に行きますか!」

 冬野さんの目まぐるしい展開についていけず、私の脳内の処理はエラーを起こしてしまった。

 そして、数秒してトラブルシュートを完了させ、先ほどの発言を理解した。

「そんな急に!?」

「私の家はエニタイムでウェルカムカモーンなんです」

「何で急に英語……」

 日本語混じってるし……。

「ただの英語の練習ですよ。それより、早く行きましょう!」

 冬野さんはサッと立ち上がり、伝票を持って颯爽とレジに向かおうとする。

「ちょっと待って!」

 私は席を離れようとする冬野さんの肩を掴む。

「どうしたんですか?」

「ごめんなさい。やっぱり……冬野さんの家には行けない」

「も、もしかして、他の用事でもありましたか!?」

 慌てふためく冬野さん。

 今更気づいたか……。

「実は人を探してるの。見つけて伝えなくちゃいけないことがあって……だから、ごめん」

 濁流に流されるような形でここにいるけれど、もうこれ以上あの家を空き巣に好きにさせるわけにはいかない。

 早く海斗君を見つけて、知らせなくては。

 私の真剣な眼差しに、冬野さんは硬直する。

「それって……」

 そう呟くと、冬野さんは徐に私の手を両手で包み込み、目をキラキラと輝かせていた。

「愛の告白ですか!?」

 想定外の言葉に、私は目を丸くしてしまった。

 確かに言ったことを思い起こすと、そう聞こえなくもない。

「いや、そういうのじゃ……」

「私こういう展開も好きなんですよ~。絶対見つけましょう、由紀さん!」

「あれ~」

 ここまで目が輝くと、冬野さんは目の前の人間の話も聞こえないようで。

 その目を見ると、こちらも断り辛くなるわけで。

 結局、私は冬野さんの親切心に甘えるしかなかった。

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