逃げ込んだ先の強制デート
【春香由紀】
がむしゃらに走ってたどり着いたのは、海斗君と二回目に会ったビル街だった。
私は膝に手をついて呼吸を整え、この後の行動を考える。
こういう場合は警察を頼るべきなのだろうけど、私の素性が明かされてしまえば今の生活が終わってしまうだろう。
だとすると、海斗君から警察呼んで、ほとぼりが冷めるまで私は別の場所で待機するのが丸く収まるのだろうけど、肝心の海斗君はどこにいるのかは分からない。
いくつかバイトを掛け持ちしていることは知っているけれど、具体的にいつどこで何をしているのかの詳細までは把握していなかった。
一応あたりを見回してみるが、当然海斗君の姿はどこにもない。
流石にこの前みたいな偶然なんてないよね。
これからどうしようかと俯いて思案しながら、賑わうビル街を歩いた。
「そこの可愛いお姉ちゃん」
すると、正面から男性の声が聞こえてくる。
顔を上げると、この前の二人組の男たちの姿があった。
「あっれー、この前の彼ピは~?」
「もしかして、フラれちゃった? 俺たちが慰めてあげよっかー」
二人揃って、ゲラゲラと笑う。
前に会ったことがあるような言い方だけれど、私は全く覚えがない。
それに、今は思い出している場合でもないので、私は彼らを無視して先を急ごうとした。
「おっとー」
しかし、ナンパ男たちは先回りをし、私の前で通せんぼうしてきた。
「待ちなよ」
「暇なんでしょ? 俺たちと遊ぼうよ。金は全部こいつの奢りで」
「おいおい俺に丸投げかよ」
ナンパ男たちは再びゲラゲラと笑った。
どうしよう……今は海斗君に伝えなきゃいけないのに……。
立ち往生していると横から誰かが私の左腕を両腕で、抱きかかえているのが見えた。
もしかしてと思い横を見てみると、見えたのはハーフアップに束ねた深い青色の長い髪だけだった。
下の方に視線をやると、ようやく顔がお見えになる。
「由紀さん遅れてすみません」
クラスのマスコットキャラこと冬野涼花だ。
「ふ、冬野さん?」
「誰その子? 友達?」
「よかったら嬢ちゃんも俺たちと遊ばない? ダブルデートってことで」
「じゃあ、俺由紀ちゃんと~」
一人のナンパ男がついさっき知った名前を馴れ馴れしく使い、逃げ場を無くそうと肩を回す。
「あー俺が先に見つけたんだけどー」
「ちょっと……」
もう一人のナンパ男も逆の肩に腕を回す。
この光景を見ていた冬野さんが私のお腹に腕を回し、ナンパ男たちから無理やり私を引っ張り上げた。
その反動で前に倒れそうになった私は、不可抗力で冬野さんをストッパーにしてしまう。
冬野さんの顔は私の体の盛り上がった部分に、押しつぶされてしまった。
「ごめん、怪我してない?」
私はすぐに冬野さんから離れ、安否を窺う。
「ぜーんぜん、大丈夫ですよ~」
笑顔を作ってそう言っていたが、目だけが笑ってないような気がした。
目の前のナンパ男たちよりも怖い。
「さ、デートの続きをしましょうか」
「え、デート!?」
冬野さんの突拍子もない言葉に、私は困惑してしまった。
「それなら俺たちも~」
懲りずについていこうとするナンパ男たち。
すると、冬野さんは私に見せた笑顔を今度はナンパ男たちに向けた。
変わることがないその冷たい笑みにナンパ男たちは、一歩一歩後ずさり、引きつった顔でその場から立ち去ってしまった。
さっき選ばれなかったことに嫉妬しているのかと、私には訊く勇気がない。
それでも、お礼はしなければ……。
「あの……冬野さん」
「何です?」
「えっと、その……」
しかし、私は恥ずかしさのあまり、体をもじもじとさせて困ったように人差し指で頬を掻いた。
すぐに言えないあたり、私の同性慣れしていないことが露呈している。
「あ、ありがとう。助けてくれて」
「いえいえそんな~。それより由紀さんってやっぱりモテるんですね~」
変わらず不敵な笑顔を浮かべる冬野さん。
それでも私には冬野さんの機嫌をとる術を知らない。
だから、分からないなりに冬野さんをフォローしようとした。
「ふ、冬野さんだって小さくて可愛いと思うよ。実際に学校でもモテモテじゃん」
「そうですね。私は小さく可愛くて、由紀さんは大きくて可愛いですよね」
冬野さんが向いている視線でどこのことを言っているのか、ひしひしと伝わってくる。
よく考えたら同い年の女の子とまともに会話をするのって、これが初めてかもしれない。
お礼は言えたけど、この後どうすればいいのか分からなかった。
「そんなことより、デートの続きでもしましょうか」
さっきまでの不敵な笑みがようやく消え去り、学校でも見せている天真爛漫な笑顔に変わった。
「あれ本当だったの!?」
コミュ力お化け怖い……。
「どうせ暇ですし。丁度由紀さんとお話してみたいって、思ってたところだったんですよ。由紀さん誰かに似て、なかなか学校では会えないレアな女の子ですから」
冬野さんは具体的な名前を口にしなかったが、私には誰のことかすぐに分かった。
「いや、でも……」
「さぁ、そうと決まればレッツゴーですよー!」
私が断ろうとする前に、冬野さんはパッと私の手を取って商店街の中を駆け抜けていった。
やっぱりコミュ力お化け怖い……。