空き巣
【春香由紀】
始業式を終え、海斗君はバイト先で、私は家でそれぞれの仕事に勤しんでいた。
掃除と洗濯のノルマをこなした私は、ふかふかのソファで窓から零れる日の光に、右腕で目を覆いながら仰向けで体を休ませていた。
視界を塞ぎ何も聞こえないこの空間で、今日の学校で起きた出来事がふと頭に過る。
誰からも近づかせないオーラを放っていた海斗君に、周りの目からも海斗君自身からも恐れを感じず声をかけていた一人の女生徒。
名前はたしか……冬野涼花さんで合ってたはず。
ハーフアップに束ねた深い青色の長い髪やきめ細かな肌、綺麗な目鼻立ちもこの前読んだ漫画のヒロインそのものの容姿だった。
誰の目からでもわかるような幼児体型が玉に瑕なくらいで、それ以外は完璧に再現されていた。
誰にでも敬語で、天真爛漫に振る舞う姿に魅了されたのか、皆生きたお人形みたいに抱き着いたり、撫でたりしているところを遠くで見ていたことがある。
彼女はそれだけ皆に愛されているということだ。
それに相対するような存在の海斗君にあんな親密そうに、しかも下の名前で呼んでいたことに私だけでなくクラス全員が度肝を抜いていたことだろう。
海斗君本人は知らんぷりして、挙句の果てには始業式すっぽかしてどこかへ行ってしまったみたいだけど……。
何が言いたいかって、あまりに不自然すぎる。
あんなのもっと前から交流を深めてないと、出来る行動じゃない。
もしかしたら、前に海斗君が言っていた、家庭教師の生徒なのではないかと一瞬過った。
でも、流石にそれはないと、頭の中にある憶測を振り払う。
別に嫉妬しているわけじゃないけれど、海斗君は私と同様学校に友達がいない天涯孤独の存在だと信じて疑わなかった私は少し裏切られたような気分だ。
それに相手があんなに可愛らしい女の子だなんて……。
心と身体がモヤモヤと熱くなってくる。
身体のほうが熱いのは、多分部屋が暑いからなんだろうけど。
今日は朝から新学期の始まりを祝福しているかのように、真夏並みの日差しがギラギラと照っていた。
私たち人間にとっては、いい迷惑でしかない。
家にエアコンはあるけれど、海斗君曰く「できるだけ電気代はかけたくない」と言うので、エアコンは家の飾りとしての役割を全うしていた。
こんな環境でも海斗君は汗一つ垂らさず、透き通るような白い肌を維持していたのだと思うと、女の子的には色んな意味でヤケてしまう。
それにしても、今日はやけに暑くて死にそうだ。
体中汗にまみれての染み込んだ服の感触が気持ち悪い。
なので、私は少しでも涼もうとセーターとスカートを脱ぎ捨て、汗で透けていた白シャツのボタンを全て開けた。
家には誰もいないし、これくらいはいいよね。
カーテンで日差しを遮り、明かりのついてない部屋でもう一度ソファに仰向けになった。
さっきよりは幾分かマシにはなったけれど、やっぱり腕や背中に着いた汗まみれの白シャツと下着が蒸れて気持ち悪い。
そこで私は暗闇の中全て脱ぎ捨て、野生のあるがままの姿になることにした。
すると、モワっとする空気を直に触れることで、涼しさを感じる。
そして、いつの間にか私はソファから転げ落ち冷たい床の上に、ごろごろと寝転がっていた。
私は今風の吹く草原にいる(家の中だけど)。
自然と触れ合い、対話している(家の中だけど)。
二万年前のヒトたちはこの爽快感に包まれながら、暮らしてきたのだろうか。
……ガチャガチャ。
最高の避暑方法を編み出し高揚感に浸っていると、玄関のほうでドアノブがガタガタと音を立てているのが聞こえた。
これってもしかして……強盗?
私は恐る恐る部屋の扉に隠れ、顔を覗き込ませながら様子を見る。
すると、サムターンのつまみが、ひとりでに縦長に動いた。
そして、ドアノブが左に回って扉が開く。
焦った私は咄嗟にキッチンの収納スペースに身を隠した。
足音はだんだんこちらに近づき、扉の開くが聞こえてくる。
私はゆっくりと収納スペースの戸を半分開け、強盗の姿を確認した。
同じ学校の制服を着た大男で、緑色の髪が肩まで伸びている。
背も高く服の上からでもわかるガタイの良さで、胸のあたりがきついのか上二つのボタンが開いていた。
大男は鋭い目つきで、リビングをあちらこちらと首を動かしている。
「(今日はいないのか……おっ)」
大男は呟くと何か見つけたようでそれを手に取り、頭上に持ち上げた。
『えっ、嘘……』
大男が持っていたのは、私がさっき脱ぎ捨てた下着だった。
これはまずい……。
ただでさえストックが足りてないのに、あれ盗られたらもう一組しかなくなっちゃう。
一日おきの下着無着用生活が始まっちゃう。
何とか取り返さないと……。
でもどうする……。
真っ向から仕掛けてもあの肉体の前では返り討ちにされそうだし、そもそも私今何も着てなかった。
うぅ~、何が最高の避暑方法だ私のバカ!
これじゃ外に逃げることもできないじゃん。
私が頭を抱えていると、男の方に動きがあった。
「(まぁいいや)」
男がそう呟くと私の下着をポイっと投げ捨て、ソファに横になった。
異性の下着に何も思わない男は、これで二人目だ。
そんなことよりも、盗みが目的じゃない……?
私は男が寝ている隙にそっと戸を開け、足音を殺しながら脱ぎ捨てた服を回収する。
自分の部屋で服を着直し、男を起こさぬよう注意ながら家から脱出し海斗君の元へ、一目散に走った。