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登校日、彼女は嵐のように

~old memories~

【淡々とした少年】

 この日は授業参観で、生徒たちの両親が教室の後ろで僕らの授業風景を眺めている。

 でも、この八年間僕のお父様は小学校はおろか、幼稚園にも足を踏み入れたことはない。

 だから、僕にとってはこの日も何も変わらない普通の授業の日になる……はずだった。

 先生に当てられた僕は、黒板に書かれた計算問題を答えようと立ち上がる。

 ――その時だった。

「頑張れー! ミーちゃーーーん!」

 何故か僕の学校のことを知っていた“その人”は、教室の後ろで僕のあだ名を叫んでいた。

「お母さん、今日は運動会じゃないんですよ?」

 先生が注意すると、教室中が笑いの渦を作り出す。

 そんな中、僕は何も聞こえなかったように、目の前の黒板にチョークを走らせた。



 授業が終わり、僕はそそくさと教室から出る。

 案の定“その人”も教室を出て、僕のもとへと駆け寄った。

「ミーちゃんすごいわ! ちゃんと問題を答えられるなんて!」

 “その人”は僕を両手で捕まえて、宙へと舞い上がらせた。

 周りの視線が僕たちを突き刺す。

 でも、“その人”はそんなこと気にもせず、僕のしたことを自分の事のように喜び、僕を褒めていた。

 最初は驚いたが、それは次第に僕の胸の内が溶かされていくようだった。


    ◇


【秋山海斗】

 春休みが終わり、ついに登校日がやって来た。

 俺は由紀との登校時間をずらすため、一足先に家を出る。

 同じ家から男女二人が出るところをもし他の誰かに見られたら、学校で色々と面倒な噂が流れる恐れがあるからだ。

 朝早くともなると、流石に歩いている生徒も少なかった。

 通学路を集団ではしゃいでいる生徒たちはこの時間にはおらず、イヤホンを耳にさす学生や教科書を片手に持つ学生が多く見受けられた。

 俺はスタスタと通学路を歩き、久しぶりに学校の校門を抜ける。

 昇降口に貼ってあるクラス分けの紙の前に立ち、去年は人だかりで自分のクラスを確認するのに一苦労だったが、今年は早めに登校したおかげでスムーズに見ることができた。

 表を見ると俺の名前は四組の枠にあり、下の方に見やると由紀の名前もあった。

 階段で三階に上り、“2―4”と書かれた教室に入って、窓際の一番後ろの席に着く。

 窓から零れる日差しと静かな教室から聞こえてくる小鳥のさえずりで、心が自然と安らいでいく。

 そして、俺は流れるように机に突っ伏して、数分もしないうちにスースーと寝息を立て始めた。



 暗闇の中、人の騒がしい声が耳に入り、意識だけが戻る。

 登校ラッシュの時間になったようだ。

 俺は体をゆっくりと起こして、目をこすりながらあたりを見回した。

 ――おい、あれ見ろよ、秋山が学校に来てるぞ。

 ――知ってる。俺前もあいつとクラス一緒だったし。

 ――去年ほとんど学校来てなかったらしいぜ。

 ――そのくせ成績だけは良いんだよなー、なんかムカつく。

 クラスメートは俺を一瞥するや、近くの生徒とこそこそ耳打ちをしていた。

 これくらいは覚悟できていたことだ。

 頬杖をつき窓に映る青空を見て、空間から目を背ける。

 しかし、悪目立ちしていたのは俺だけではなかったようだ。

 ――ねぇねぇ、あの子めっちゃ可愛くない?

 ――春香さん。また同じクラスだなんて運命感じちゃうわ~。

 ――俺、話しかけてみよっかな。

 ――お前じゃ相手にされないって。

 廊下側に目を向けると、一番後ろには由紀が座っていた。

 彼女に魅かれる男子生徒たち。

 そして、敵意を向けるような目で、彼女を睨みつける女子グループ。

 どうやらお互いに周りからの印象は最悪のようだ。

 こんな有様で下手に近づけば、悪い噂になりかねない。

 彼らの邪推の中に、真実が混じっていると後々厄介だ。

 俺は由紀を一人にしないためにできることをあれこれと考えていると――。

「だーれだっ!」

 聞き覚えのある声とともに、俺の視界は真っ暗になった。

 塞いだ手をどけて後ろを振り返ると、俺の家庭教師の生徒である冬野涼花がにっこりとして俺の前に立っていた。

「おはようございます、海斗君!」

「……」

 冬野は元気いっぱいに挨拶するが、俺は聞こえないフリをして身体を正面に返す。

「海斗君? おーい聞こえてますかー」

 冬野は俺の顔の前で手を横に振る。

 今度は窓のほうに顔を向かせ、聞こえないフリを演じ続ける。

 冬野は俊敏な動きで、そっぽを向く俺に顔を向け直す。

 もう一度俺が目を反らせば、冬野は俺に食いつくように顔を向ける。

 この行為の繰り返した果てに、俺は再び机に突っ伏した。

 これで諦めてくれるだろうと思った矢先、暗闇の中でツンっと何かが俺の脇腹を突いた感覚を覚える。

 上から下へ下から上へ、脇から骨盤まで横腹経由で反復を繰り返す。

 さらには制服を引っ張って出来た空間から手を突っ込み、直で俺の背中をなぞるように撫でまわした。

 我慢の限界が来ていた俺は観念して椅子から立ち上がり、犯人の顔を見下ろす。

「あ、おはようございます。海斗君」

 悪気なんて微塵も感じてないような、にんまりとした笑顔を作る冬野。

「ちょっと来て」

「えっ……そ、そんなもうすぐ始業式……あーーーーーーーーっ!」

 多少強引だが、両手で冬野を抱きかかえ教室から出た。



 俺は人目を避けるべく、教室から屋上まで駆け上がった。

「はぁ……はぁ……」

 理不尽にハードなトレーニングを強いられ、俺は少し涼もうとネクタイを外してワイシャツのボタンを二つほど開ける。

「学校に来たのはいいですけど、校内でサボるのはよくないと思います」

 冬野のぐうの音も出ない程の正論には耳を傾けず、一方的に話を進めることにした。

「冬野はさ、俺が学校の皆にどう思われてるか、知らないわけじゃないよね」

「一応、知ってますよ?」

「じゃあ逆に冬野は周りにどう思われてるかも理解してるよね」

「わかってますよ。今日も後ろから抱きしめられて、ほっぺたを擦り付けられました。背中に押し付けられた敗北感と、未だに子どもみたいに扱われている絶望感の二重苦に苛まれました」

 冬野はどこか現実から背けるような目をしている。

「それは……ご愁傷様」

 本人はあまり納得していないような口ぶりだったが、問題はそこじゃない。

「家の中ならいくらでも話しかけていいけど、ここでは俺と関わらないほうがいいと思うんだ」

「どうしてですか?」

 冬野は知らない単語でも訊いたように首をかしげる。

「何というか……お互いの立場……みたいなのがあるから……」

 上手く言葉で現わせず、歯切れが悪くなる。

 学校内での立場――。

 それは周囲からの共通認識が、それを作りあげるもの。

 俺と冬野はバイトの間でこそ教師と生徒であるものの、校門を一歩でも足を踏み入れればただの同じ学校の同じ学年の生徒でしかない。

 その生徒内で決められた共通認識は、不良と人気者という天と地の格差がある。

 天使が慣れあうためにわざわざ地獄まで下りてくるなんて話は、冬野から借りたどの物語を読んでも聞いたことがない。

 堕ちることは容易でも、そこから這い上がって登り詰めることは難しいのだから。

「冬野は自分の力でクラスの皆から好かれる存在だからさ。その努力を俺のせいで無駄にするような真似は、したくな……」

 俺が言い切ろうとしたとき、冬野が俺に近づき一生懸命に背伸びをし、人差し指を俺の唇に当てた。

「やっと……届いた」

 どこか誇らしげな笑みを浮かべる冬野。

 しかし、背伸びしすぎたせいで冬野は態勢を崩し、俺の胸に顔をうずめる。

「ひゃっ!」

「大丈夫?」

 俺は両手で冬野を受け止め、安否を確認した。

「はい~大丈夫です~。あっ、でも海斗君いい匂いがするので、このままでいいですよ~」

 俺は変態的な癖を目覚めさせまいと、即座に冬野の両肩を掴み強引に引っぺがす。

「もっと嗅いでいたかったのに……」

「今度使ってる洗剤教えてあげるから自分で使ってね。それより……今のは何のつもり?」

「イライラしたので、その口を塞いでやろうと」

 言っているとことは裏腹に、満面の笑みで応えた。

「ごめん。何で怒ってるのか、よく分からない」

「私が私の力だけで頑張ったとか、海斗君のせいで私の努力が無駄になるとか……聞いててイライラするんですよ。今の海斗君ごときに、私の立場を揺らがせることができるなんて思いあがるなです。本当にうぬぼれんなです」

 赤くなった顔を膨らませ、少し涙目になっている。

「ホントはキスで黙らせようと思ったんですけどね~。まだまだ身長を伸ばさないといけないみたいです」

 冬野はくるりと後ろを振り返り、両手を後ろに回した。

「それは、少し強引過ぎない?」

「えへへっ。そういうわけですから今度また同じこと言ったら、押し倒してファーストキスを奪うので、覚悟しててくださいよ~」

 人差し指を自分の唇に当て、小悪魔のような笑顔で俺に忠告する。

 彼女の髪を靡かせる春風は、俺の杞憂な気遣いも攫っていった。

 キーンコーンカーンコーン――。

 終鈴が学校中に響き渡り、俺たちは学校の行事があったことを思い出す。

「始業式……」

「こっそりと帰りの群れに紛れ込みますか」

 望まぬ形でサボりをかましてしまったにも関わらず、冬野はなんだか楽しそうに提案した。

「そこは怒るところじゃない?」

「誰かに似てしまったのですよ」

 そう言って、にんまりと笑って見せる冬野。

 誰のことを言っているのかなんとなく察しはついたが、その人はそんな輝いた笑顔を作れない。

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