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溶けるチョコとほろ苦い距離感

【秋山海斗】

 戦いの音が消え視界が真っ暗になっていたことで、途中で気を失っていたのだと分かった。

 目を開けるとクリーム色の天井と、山なりに盛り上がった服が視界に入る。

 後頭部にはもっちりとした感触が、髪の毛越しに残っていた。

「起きた?」

 由紀が視線を落とし、同時に落ちた長い髪の毛が頬に触れる。

「……戦利品たちは?」

「ここ」

 そう言って、由紀は横から三つの袋を近くに寄せた。

 俺は重い体を起こし、袋の野菜たちを確認する。

 欲しかった野菜たちは無事に取れていたようで、ホッと胸をなでおろした。

「でも、俺気を失ってたのに誰が……?」

「パーマのおばさんが、海斗君と一緒に持ってきてくれたんだ」

 由紀にそう言われて、あの時話しかけられた主婦様なのだと分かった。

「そっか……あの人が」

「あと、こう言ってたよ」

 由紀が頼まれていたという伝言は、脳内で主婦の声に変わって再生される。

『いいガッツだったわ。その情熱であんたの彼女も守ってみなさい』

「……だって」

「……そう」

 俺は再び袋の野菜に、視線を落とす。

「私のこと彼女だと思ってたみたい」

「一応、本当のことでしょ?」

「まぁ、そうなんだけどさ。こうやって買い物して美味しい料理を作るのって、多分彼女の私がやるものなんだよね?」

「……そうかもね」

 恋仲の在り方を知らない俺は、無責任に協調する。

「私さ、いろんな人と付き合ってきたけど、今までそんなの求められたことなかった」

 俯く由紀の顔を横で見つめる。

「分かってたけど、私はまともな恋愛なんてしたことないんだ」

 由紀は天井を見上げて、自分に呆れて笑った。

「本当のこと言うと、私海斗君のことが好きなのかも分からないんだ。勿論、LOVEの方で」

 きっと、彼氏ならショックになるような言葉にも、俺は全く心が痛まなかった。

 俺も由紀に恋愛感情を抱いているのかと言うと、きっとそうでもないからだろう。

 そもそも、助けるような形で始まったこの関係に、そんな感情が芽生えるとも思えなかった。

「ごめん。ショックだった?」

 由紀は寂しそうな笑みを浮かべて俺を見る。

 俺はベンチの向こう側に広がる外の風景を見ながらこう呟いた。

「……そんなことない」

「……そっか」

 由紀も何かに気づいたように一瞬目を見開き、お互いに店内の景色を傍観していた。

 すると、店内中にアナウンスの予告音が鳴り響く。

『これより、卵パックのタイムセールを開始します』

 早く行かなくてはとベンチから立ち上がろうとするが、先ほどの戦いで蓄積されたダメージが完全に癒えていなかった俺は千鳥足になってしまい、ほんの数秒もしないうちに態勢を崩し公衆のど真ん中で再び倒れそうになってしまった。

 しかし、倒れてしまいそうになる前に、誰かが俺のことを受け止めてくれたようだ。

「ありがとう……」

 自分の顔が相手の肩に乗って顔が見えなかったが、とりあえず感謝の言葉を伝える。

 肩から離れようとすると、ストレートのロングヘアから家で使っているシャンプーの淡い香りが鼻をかすめた。

「大丈夫? 海斗君」

 俺は態勢を元に戻すと、由紀は頬を赤く染め乗っかった肩に手で触れる。

「ごめん。重かった?」

「い、いや大丈夫」

 歯切れが悪く顔も赤かったし、支えるのに相当な力を使ったうえに、気まで遣わせてしまったのだと思うと申し訳なくなる。

「それより、早く行こ」

 由紀はそう言ってそそくさとその場を離れた。



「買い物はこれで終わり?」

「これで全部」

 諸々の買い物が終わり、両手に買い物袋を手に提げて、俺たちはスーパーを出た。

 横断歩道を渡り小さな商店街に入ろうというところで、由紀が突然足を止めて横にあるお菓子屋をジーっと見ていた。

 中では、母と子が楽しそうにお菓子を買っている姿が映っていた。

 先を歩いていた俺は、その場で固まっている由紀の方へ駆け戻る。

「どうしたの?」

「いや、別に……」

 そう言いつつも、由紀の目はお菓子コーナーから離れなかった。

「もしかして、お菓子食べたいの?」

「えっ!? あっ、うん。ちょっと寄ってもいいかな?」

 何か誤魔化すような口ぶりだったが、深く考えない方がいいだろう。

 俺は重い荷物を持ち直して、由紀と一緒にお菓子屋に入った。

 店内はどこを見渡してもお菓子しかなく、チョコレートやビスケット、煎餅に団子と和洋を代表するお菓子が全て揃っていた。

 俺は辺り一面に陳列しているお菓子たちを眺めながら、由紀がお菓子を選ぶのを待つ。

「海斗君お待たせ」

 金を持っていない由紀は俺に駆け寄り、買うお菓子を見せた。

 透明なプラスチックの筒に、小さなチョコレートの粒がたくさん入っているお菓子だ。

「これ、昔よく食べてたんだ」

 由紀は懐かしむように、微笑み浮かべる。

「海斗君は好きなお菓子とかある?」

「俺は……」

 ――ふと頭に過った。

 右手にチョコレートのお菓子を持って、左手には誰かの大きな手を握っている少年の姿。

 その人の顔を見上げようとするが、映像がぼやけて現実に引き戻される。

「お菓子は食べたことない……かな」

 無意識に記憶と真逆の答えを返してしまった。

 それを聞いた由紀は信じられないと言わんばかりに、目を大きく見開く。

「子供の時とか一度もないの?」

「そう……かも」

 俺はそれだけ言うと、一人でそそくさとレジに向かって会計を済ませ、後からついてきた由紀に買ったお菓子を手渡した。

 由紀は早速蓋を開けて五粒ほど右手に乗せ、口に放り込み、幸せそうな顔で口の中にあるチョコレートを味わっていた。

 口の中で溶けきったチョコレートを飲み込むと、またすぐ右手に四粒乗せる。

 しかし、そのチョコレートは自分にではなく、俺に差し出した。

「海斗君もどうぞ」

「いいの?」

「買ったのは海斗君だからね」

 俺は由紀の厚意に甘えて、いただくことにした。

 ただ、買い物袋で両手が塞がって、手でチョコレートを取ることができない。

 なので、仕方なしに由紀の手に、直接口をつけて食べた。

 口の中でチョコレートが解け、甘い味が広がっていく。

 それは懐かしい思い出を呼び起こしているようで、胸の中が沸々と熱くなっていった。

 これが由紀の子供の頃から好きな味……。

 そんな由紀の思い出を味わいながら、お礼を言おうと由紀の方を見ると、何故か出した手を自分の胸に当て顔を赤く染めていた。

「由紀、大丈夫?」

 由紀は目を反らし「大丈夫」とそっけなく返す。

 それから帰るまではお互い喋らずに、帰路を辿った。

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― 新着の感想 ―
由紀と海斗の不器用な距離感が、甘さとほろ苦さを交えて丁寧に描かれていて胸に残ります…!
ほろ苦いチョコレート、まるで恋愛のように──もう、表現力に心打たれちゃうっ!
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