9
手綱を握るアレクシスの後ろに乗る事10分弱。
なだらかな山道を登ると畑が広がっているのが見えた。
柵などはしておらず、薬草やハーブが育てられている畑と手入れがされている木々が並んでいる。
アレクシスは馬を停め、降りるとあっという間にリリカを地上へ降ろした。
気が付けば地上へと降りており、リリカはアレクシスに抗議をする。
「せめて一声かけて下さいよ!急に降ろされると驚きます」
「面倒な……」
アレクシスはそう呟くと、馬を繋いですでに馬から降りているマーカスとカトリーヌを振り返った。
「カトリーヌ嬢、エルダーの採集はどのようにしますか?」
リリカと接する時とは違いアレクシスは紳士的な態度だ。
話しかける声色さえ違うように聞こえてリリカはマーカスに近づいて囁いた。
「アレクシス王子様私と態度が違いすぎません?」
不満そうなリリカに、マーカスは軽く笑うと頷く。
「違うねぇ。アレク様って女性には紳士的な態度なのにどうして君にはあんな感じになるんだろう?」
「本当ですよ。まるで私がずぼらな女だと決めつけて、酷いったらありゃしませんよ」
「まぁ、ずぼらなのは本当だと思うけれど。それを普通のアレク様は無視して下等生物を見るような目を向けるはずなのに、生活態度を改めるように言うなんて信じられないよ」
アレクシスが冷たい表情で視線を向けてくるのが容易に想像できてリリカは頷く。
「どうして私には酷い扱い何ですかねぇ」
リリカが言うとマーカスは困ったように笑った。
「さぁね。まさかと思うけれど、リリカちゃんが気になるんじゃない?」
「おい、二人とも話していないで手伝え」
アレクシスに声を掛けられてマーカスとリリカは視線を向けた。
不機嫌な顔をしたアレクシスが腕を組んでリリカ達を見ている。
その隣には苦笑しているカトリーヌが立っていて二人に手招きをしてきた。
「すいませんでしたぁ」
一応謝りながらリリカとマーカスが近づくと、アレクシスは不機嫌な顔をしたままだ。
「二人が楽しそうに話しているから、嫉妬しているのよ」
カトリーヌが笑いながら言うとアレクシスはそっぽを向いてしまう。
マーカスは怪訝そうな顔をしてリリカを覗き込む。
「嫉妬……だってさ」
信じられないものを見るような目でマーカスに見られてリリカは顔を顰めた。
「嫉妬じゃなくて、仕事をしないから怒っているんでしょう」
「そうかなぁ?違うような気がしてきたけれど、僕怖いからこれ以上は深入りしない」
ブツブツとマーカスは呟いてカトリーヌの元へ行ってしまう。
リリカも慌ててついて行くと、アレクシスに腕を掴まれた。
「ひぃぃ。なんですか?」
怒られるのかと身構えるリリカにアレクシスも不思議そうな顔をしている。
リリカの腕を掴んでいる腕をゆっくりと見つめた。
「いや、何でもない」
「はぁ……」
王子に対して無礼な態度もできないとリリカは問い詰めるのを諦めて頷く。
「それで、何をすればいいですか?」
リリカが聞くと、様子を見ていたカトリーヌがまたまた苦笑して森の奥を指さした。
「あのあたりに咲いている白い花があるでしょう?あの花と黒い実を摘んで帰るのが今日の仕事よ」
「なるほど。じゃー私が採りますよ。聖女じゃないとだめってわけではないですよね?」
リリカが聞くとマーカスが頷いた。
「大丈夫だよ。むしろ、植物の採取は僕達の仕事だから。聖女は採取した植物に力を入れる役目の方が大事らしいよ」
「へぇぇ」
リリカが感心していると、カトリーヌは頷く。
「今は修行中だから力を入れる練習をこれからしていくようなのよ。聖女が作った薬草入りの食べ物は力が宿ると言われているわ」
「じゃ、ちょっと採集してきますね」
布袋を2つマーカスから受け取ると、リリカは畑を歩き出した。
アレクシスもリリカの後ろを歩き出して気が付いたようにマーカスを振り返る。
一応聖女見習いの騎士となっているのに、リリカに付いてくのはまずいと思ったようだ。
「……いいよ、アレク様リリカさんと一緒に行ってきなよ。僕がカトリーヌ嬢と一緒に居るから」
マーカスが言うとアレクシスは少し思案して頷いた。
「よろしく頼む」
一言言うとアレクシスは当たり前のようにリリカの後をついて行く。
リリカの後をついて行くアレクシスの背を眺めてマーカスは頬に手を置いて首を傾げた。
「あれって、本人自覚しているのかな?」
誰ともなしに呟いたマーカスにカトリーヌが微笑んだ。
「しているわけがありませんわよ。無意識、ですわね」
「だよねぇ。これはいいのかな?」
一応カトリーヌはアレクシスの婚約者候補に上がっている。
気にしているのではないかと様子を伺うマーカスにカトリーヌは頷いて微笑んだ。
「私は何も気になりませんけれど、私のお父様は気に入らないでしょうね。それでもアレクシス様のお気持ちでどうにでもなりますわ」
「うーん。そうだろうけれどさぁ、女性に興味が無いような風を装ってたアレク様がさ、あんなフツーの子が気になるとかある?」
納得いかない様子のマーカスにカトリーヌは耐えられないと声を上げて笑う。
「リリカさんに失礼ですよ。アレクシス様の女性のタイプが今までいない方だったのでしょう」
「居ないどころか、可笑しいでしょう。櫛すら持っていない、寝坊の常習犯の女性がいいとか、アレク様やばいよ」
「完璧な王子様の唯一の欠点だったのかもしれないわね」
カトリーヌが面白そうに言うと、マーカスも声を出して笑った。
「確かに!欠点って言うのも失礼だよ」
「私はリリカさんの事大好きですけれど、他の女性達は何でってなりますわよね」
「そりゃねぇ。アレク様のご両親だってなんでってなるだろうね」
遠くを歩くリリカとアレクシスを見てマーカスとカトリーヌは声を上げて笑った。
そんな失礼なことを言われているとは知らず、リリカは白い花が咲いている木を目標に畑を越えて歩いていた。
「おい。足元に気を付けて歩け」
後ろからアレクシスの声が聞こえてリリカは振り返る。
カトリーヌは婚約者候補だと聞いていたが傍に居なくていいのだろうか。
リリカは遠くでマーカスと談笑をしているカトリーヌを見てアレクシスに視線を移した。
「カトリーヌ様の傍に居なくていいんですか?マーカス様と楽しくお話されていますよ」
アレクシスはチラリと後ろに視線を向けて二人を確認すると肩をすくめた。
「マーカスが付いているから大丈夫だ」
「二人仲良く話していますけれど……。婚約者候補なんですよね?」
控えめに聞くリリカにアレクシスは首を傾げた。
「と、言われているだけだ。結婚するつもりはない。カトリーヌ嬢の父親が熱心なだけだろう。あんな家の娘を王家に入れたら大変なことになるだろうな」
「……」
どうして結婚する気もないのに護衛騎士など勤めているのかとリリカは聞きたい気持ちになったが余計な事だろうと口を噤んだ。
ギュッと口を噤んでいるリリカを見てアレクシスは軽く口の端を上げた。
「色々あるという事だ。俺もな……」
そう言ってリリカの頭に手を乗せて乱暴に撫でると、そのまま頭を後方に押す。
思わず倒れそうになりリリカは踏ん張る。
「何をするんですか」
「さっさと花を摘まないと日が暮れる」
「それもそうですね」
アレクシスに頭を押されたままリリカは歩き出した。