6
アレクシスを先頭に歩き続け、渡り廊下歩いた先に金色の大きな扉の前で立ち止まった。
扉の前に立っていた白いローブを着たふくよかな女性がアレクシスとカトリーヌの姿を見て頭を下げた。
「お待ちしておりました。イザベル様がお待ちでございます。どうぞお入りください」
にこやかに女性が言うと、金の扉がゆっくりと開かれた。
寮とは違う重厚な空気にリリカはゴクリと喉を鳴らす。
「緊張しますね」
隣に立っていマーカスに囁くと彼も緊張しているのか笑みを引っ込めて頷いた。
「僕もはじめてお目にかかるよ。挨拶をするのはカトリーヌ様とアレク様だから僕達は後ろで頭下げていればいいから気楽にしてよう」
いつもと変わりない様子のアレクシスは軽く頷くと中へと入っていく。
リリカたちも続いて室内へと入った。
リリカが過ごしていた寮兼神殿は真っ白な空間だったが、イザベルが過ごしている建物は金の装飾が目立ち違いを感じる。
豪華な内装に驚きながら広く長い廊下を歩く。
内装は豪華だが薄暗い廊下にリリカの緊張が高まってくる。
(挨拶をするのはカトリーヌ様とアレクシス王子様なのに、凄く緊張するわ)
イザベルがこの奥に居ると思うと胸が重苦しくなり、足が思うように動かない。
息を吸っているのかどうかもわからなくなってきてリリカはゆっくりと呼吸を繰り返した。
長い廊下を歩いた先、アーチ状の金の扉が開かれており中へと入る。
薄暗かった廊下を通り抜け一歩踏み出すと、強い光にリリカは目を細めた。
太陽の元に出たような明るさを感じて目を細くして部屋の中を確認する。
広い室内の真ん中、大きな椅子に座っている一人の女性が見えた。
女性が輝いているようにも見えるが、広い部屋の天井は吹き抜けのアーチ状になっておりその真ん中に太陽のように輝く球体が見える。
天井を見上げているリリカの開いている口をアレクシスが無表情な顔で顎に手を置いて無理やり閉じられる。
声は出さないがアレクシスの顔がちゃんとしろと言っているのが解りリリカは静かにうなずいた。
室内に入り一瞬驚きで体の不調を忘れていたが、落ち着いてくるとやはり体が重く息苦しくなってくる。
「イザベル様の前へどうぞ」
イザベルの侍女が静かに誘導し、アレクシスはカトリーヌに先へ行くように促した。
カトリーヌも圧倒されたように部屋を見回していたが、気を取り直して笑みを浮かべて椅子に座っているイザベルの前へと向かう。
かなり離れてリリカとマーカスもイザベルの前へと進んだ。
離れて入るが正面から見るイザベルは肩の出た白いレースのドレスを着ていた。
裾に行くほど淡い紫色に変わっていく不思議な色のドレスは所々金の刺繍の模様が入っている。
にこやかにイザベルは慈愛に満ちた頬笑みを浮かべており、美しさは100以上年生きている人に見えない。
見た目はどう見ても30歳前後だ。
輝くようなプラチナブロンドは腰まで長く、ブルーの瞳は海のように深い色をしている。
小さな光の粒子がイザベルの体を包んでいるように見えて、リリカは何度か瞬きをした。
(目の錯覚じゃなくて、本当に光が聖魔女の体を包んでいるのね。やっぱり人間ではないのかもしれないわ)
不思議な現象を見て圧倒されているリリカを隣にいるマーカスがそっと叩いた。
「頭を下げて」
囁くように言われてリリカは慌てて頭を下げる。
「初めまして。イザベルと申します。長い事この神殿の長を務めております」
愛情に満ちたイザベルの声を聞いてなぜかリリカは背筋がゾッとして身震いをした。
初めて聞く声なのに、なぜか恐怖心を感じる。
カトリーヌは両手を胸の前で組んで、膝まづいて軽く頭を下げた。
「お会いできて光栄でございます。正式に聖女見習いとして任命をされましたカトリーヌと申します」
礼儀正しく挨拶をするカトリーヌの声を聞きながら、リリカはイザベルから目が離せない。
慈愛に満ちているイザベルだが、なぜか恐ろしさを感じて足が震えてくる。
どうしようもない恐怖心を感じていると、カトリーヌの後ろに立っていたアレクシスが近寄って来た。
「大丈夫か?顔色が悪い」
アレクシスは荒く息をするリリカの背を撫でて心配そうに声をかけた。
何とか答えようとリリカはアレクシスを見上げ口を開くが、上手く声が出せない。
真っ青な顔をしているリリカに、カトリーヌとイザベルも心配そうに振り返っている。
「侍女の方は大丈夫かしら?」
心配そうに聞いてくるイザベルにアレクシスは軽く頭を下げる。
「かなり体調が悪そうなので大変失礼ですが、退出させていただきます」
「緊張をしているのね。よくある事よ」
微笑むイザベルにアレクシスは軽く頭を下げるとリリカの背を押して歩き出した。
アレクシスに支えられながらリリカもなんとか歩き出す。
イザベルが居た広間から廊下に出ると少しだけリリカから恐怖心が抜けた。
胸が重く呼吸も苦しいが、イザベルが見えなくなったことで少し落ち着いてきたようだ。
控えていたイザベルの侍女も心配そうにドアを開けてくれる。
「大丈夫かしら?イザベル様に初めてお会いする方は驚きすぎて気分が悪くなる方も珍しくないのよ。暖かいお茶でも飲んで、ゆっくりした方がいいわ」
心配そうに言ってくれる侍女に、リリカが答えられない代わりにアレクシスが頷く。
「ありがとうございます。少し休ませます」
「お大事に」
侍女に見送られながら、リリカはアレクシスに背を押されて部屋を後した。
金の装飾をされている薄暗い廊下を歩いて帰る。
足が重く上手く動かせないが、イザベルから離れたことでリリカの心と体調が良くなってくる。
リリカが倒れないように体を支えて歩いてくれているアレクシスを見上げた。
銀色の髪の毛に整った顔をしているアレクシスを見ると違う意味で胸がドキドキしてくる。
ずっと昔から知っているようで懐かしく思いながら彼の顔を見ていると恐怖心が落ち着いてくる。
余裕が出てきたリリカはじっとアレクシスを見上げたままだ。
じっと見つめられて居心地が悪くなったアレクシスは眉をひそめてリリカに視線を落とした。
「なんだ?」
「アレクシス王子様は近くで見るとすっごくカッコいいですね」
「……随分余裕だな。体調はいいのか?」
低い声を出すアレクシスにリリカは軽く首を左右に振った。
「まだ何となく体調が悪いです」
アレクシスはため息をつくと長い廊下を歩き階段を降りて外へと出る。
アレクシスに支えられながらゆっくりと外へ続く通路を歩き、日当たりの良いベンチへと座らされた。
「ここはほ誰も来ない場所だ。ゆっくり休めるだろう」
座るリリカの前に立ってアレクシスはあたりを見回す。
大きな木が庭に植わっており、背の低い木々がりリリカ達を隠してくれているようだ。
サラサラと風に揺れる葉の音を聞きながらリリカは深く腰を掛けて体を休めた。
「ありがとうございました。イザベル様を前にしたら恐ろしくなって体調が悪くなってしまって」
小さく言うリリカにアレクシスは立ったまま腕を組んで見下ろしている。
聖女長であるイザベルを見て酷いことを言ってしまったかとアレクシスの顔色を伺うリリカに彼は軽く頷いた。
「イザベル様の侍女も言っていただろう、珍しい事じゃないって。緊張して体調が悪くなったという事にしておいた方がいい」
アレクシスに言われてリリカは顔を上げた。
無表情な顔をしたままアレクシスは続ける。
「体調が悪くなるほどの恐怖を感じたなんて言ったら印象が良くないだろう。聖魔女は憧れている存在だ、祈りの象徴であり平和の証だと言われているからな」
「そうなんですか?確かに、とても100年以上生きている人とは思えないほど美しくて優しい感じの人でしたけれど。どうして私は怖かったのかしら」
何かを思い出しそうになりリリカは額を何度か叩いた。
(何か大切なことを忘れているような……。何だったかしら)
「数百年生きていると言われているが、実際はそれ以上の年齢ではないかと言われている」
「そうなんですか?とてもそうは見えませんでしたけれど!」
驚くリリカにアレクシスは肩をすくめた。
「城の中に残っている文献を確認する限りだがな……」
アレクシスが小さく言うと、風が吹いて彼の銀色の髪の毛を揺らした。
空のように青い瞳が太陽当たってキラキラと輝いているのを見てリリカは再び何かを思い出しそうになる。
「あぁぁ~なんだろう!何か大切なことを忘れているような!もやもやする!」
リリカは何度か額を叩いて思い出そうとするが一向に大切な何かが出てこない。
ため息をついて諦めてポケットからハンカチに包んだお菓子を取り出して膝の上に置いた。
「お前……、お菓子をポケットに入れるなんて……」
呆れているアレクシスにリリカはニンマリと笑った。
「だって、お菓子が美味しいんですもの。噂通り本当に食べ放題でした。元気が無い時は、甘くておいしいお菓子が一番ですよ」
リリカはそう言うと焼き菓子を手に取って大きな口を開けて頬張った。
幸せそうにお菓子を食べるリリカを見つめてアレクシスは呆れながらも微笑む。
「全く。お前はいつもそうだな……。元気になったようで良かった」
いつもやっているかのようないい方にリリカは手を止めた。
「いつも?ってどういうことです?」
「……俺は一体何を言っているんだ?お前の何を知っているというのだ?」
リリカの事を理解しているようないい方をして驚くアレクシスにリリカが理解できるわけがない。
リリカも首を傾げた。
「さぁ?そんなこと知りませんよ」