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 とんでもない話を侍女長から聞いてしまったとリリカは不安になりながらもお茶の準備をしようと教えられた部屋へとやって来た。

 扉は無く、部屋に入ると大きなキッチンとテーブルが置かれている。

 部屋にいた数人の侍女がリリカの姿を見て声を掛けてくる。


「あなたリリカさん?カトリーヌ様の侍女として採用になった方よね?」


「そうです。どうぞよろしくお願いします」


 リリカが頭を下げると侍女達は笑みを浮かべて迎えてくれた。

 先輩侍女達はリリカと年が変わらなそうだ。


「今日からお仕事ね。仕事は多くないから本当にラッキーよ。お給料はいいし」

「カトリーヌ様の侍女になったのでしょう?アレクシス王子とお話しできた?」


 口々に質問を投げかけられてリリカは戸惑いつつ頷く。


「はい。アレクシス王子様とは先ほどお会いしました」


 リリカが言うと侍女達は黄色い悲鳴を上げた。


「羨ましいわ!私、何度か神殿の廊下で見かけたけれど素敵よねぇ。美しくて、凛としていて冷たい感じがして近寄りがたいわよね。私もお話したいけれど、気軽に声なんて掛けられないからねぇ」


 (お菓子を食いすぎるなとか怒るられたぐらいだし……意外と普通だと思うけれど)


 リリカは内心そう思ったが黙って頷いておく。


「アレクシス王子様はカトリーヌ様の婚約者だとお伺いしました。美しい二人はお似合いですね」


 リリカが言うと侍女達は顔を見合わせてクスクスと笑いあう。


「婚約者候補よ!あくまで候補!アレクシス王子は結婚をする気が無いとずっと言っていて、カトリーヌ様の両親が王家へ嫁に行かせたいから熱心に進めているだけのようよ」


「えっ、そうなんですか?てっきり二人は結婚するのかと思っておりました」


 そう言われるとアレクシスは婚約者という言葉に難色を示してたようだ。

 リリカはなぜか少しだけホッとした気分になる。

 

(そっか、アレクシス王子様は結婚に乗り気ではないのね)


 なぜ自分がそんな気分になったのか不思議に思い首を傾げていると、先輩侍女がキッチンを指さした。


「お茶ならお湯をそこで沸かして持って行くといいわ。お湯は沸かせる?」


「大丈夫です。私、家が貧乏なので家事は得意なんです」


 笑みを浮かべているリリカに侍女達は若干引きつつ引きつった笑みを浮かべた。


「神殿に採用されたという事は一応貴族なのよね?」


「はい。一応貴族ですけれど男爵家で貧乏なんです。神殿は三食美味しいものが食べられて、一流パティシエが作ったおやつが食べられると聞いて田舎からやってきました」


 あっけらかんというリリカに侍女達は笑うと戸棚を指さす。


「その通りよ。料理もおいしいし、おやつも食べ放題よ。本当は聖女様たちの物だけれど、私たちが食べても大丈夫よ。厨房からおやつやフルーツは運んでもらっているの。食事はさすがに食堂に行かないとダメだけれどね」


 おやつ食べ放題と聞いてリリカは満面の笑みを浮かべて戸棚へと走って行く。

 ガラスケースの中にはフルーツや焼き菓子、色とりどりのマカロンなどが綺麗な器に盛りつけられていた。

 ほのかに香ってくるバターの香りを胸いっぱい吸い込んで天を見上げて微笑んだ。


「嬉しい!このお菓子が食べ放題なんて!私、お仕事頑張ります!」


 全身で感動しているリリカを見て侍女達は笑った。


「大丈夫よ。頑張る仕事なんて特に無いから。ほとんど、お茶を出すことと洗濯物を出しに行くぐらいだから。あと部屋の掃除ぐらいかしらねぇ」


「洗濯物は自分で洗わないのですか?」


 てっきり洗濯板で洗うのかと思っていたがどうやら違うらしい。

 目を丸くしているリリカに先輩侍女は頷く。


「当たり前じゃない。洗濯は専門の人が居るから出しに行くだけでいいの。聖女や候補生が勉強をしている間は私たち、自由時間よ」


 「最高の仕事ですね!」


 リリカが感動していると、先輩侍女達は顔を見合わせて小さな声を出した。


「最高だけれど、気を付けないといけないこともあるから。聖魔女の事を深く探らないことよ。あとは何を見ても知らない振りをする事」


 内緒話のように言ってくる先輩侍女にリリカも頷いて小さな声を出す。


「さっき侍女長のベアトリス様から聞きました。魔女たるゆえんがどうのこうのって」


「そうよ。たまーに聖魔女様の事を探ろうとするスパイみたいな侍女が来るけれど大体数日で居なくなるのよ。仕事を辞めさせられているのか、行方不明になっているのか謎だけれどね。私たちの間では死んでいるのではないかと言われているわ」


「こ、怖いです」


 命の危機を言われるとさすがのリリカの表情が曇る。

 

「ただ、何を見ても気にしない、他言しないのが一番。私たち侍女の間でも聖魔女様の事は何も言わないし探らないわ。100年以上生きているという噂なのですもの、それも美しさを維持しながら、普通の訳が無いわよね」


 リリカの周りを囲うように集まって来た侍女達は顔を近づけて小さい声で頷き合った。


「私も聖魔女様に会うことがあるんでしょうか?」


「あるでしょうね。聖女候補生についていればいずれ……。ただ黙って立っていればいいのよ」


「わかりました」


 先輩の言葉を胸に刻んでリリカは頷いた。

 



 大量のおやつをお皿に乗せてワゴンを押しながらカトリーヌが待つ部屋へと帰った。

 

「ただいま戻りました」


 ソファーに座って窓から外を眺めていたカトリーヌが視線を向けた。


「嬉しそうね」


「そりゃもう嬉しいですよ。見てください!お菓子食べ放題は本当でしたよ!」


 リリカは両手を広げて誇らしげにワゴンに乗っている山盛りの焼き菓子を見せた。

 幸せそうなリリカの顔を見てカトリーヌの表情も明るくなる。


「良かったわね」


「はい!早速お茶にしましょう!」


 いそいそと茶器をテーブルに乗せて、山盛りのおやつが乗った皿から自分用にと小さな皿に分けていくリリカを見てカトリーヌは声をかけた。


「リリカさんが全部食べていいのよ」


「えぇぇ?カトリーヌ様は食べないんですか?」


 本気で驚いているリリカにカトリーヌは苦笑する。


「1つで十分よ。甘いものはそんなに入らないわ」


「はぁ、だから細いんですかねぇ。私なんて甘いものはいくらでも食べられますよ」


 ほっそりしているカトリーヌと自分の体を見比べてリリカはにやりと笑った。

 太っているわけではないが肉付きの良いリリカの体を見てカトリーヌは自嘲的笑う。


「リリカさんは明るくて羨ましいわ」


 リリカはお茶を浮かない顔をしているカトリーヌの前に置いた。

 紅茶のいい香りが室内に漂いリリカは大きく吸い込むのを見てカトリーヌは上品に笑った。


「リリカさんも一緒にお茶しましょう」


 侍女という立場で一緒にテーブルについてもいいものかと一瞬迷ったが、山済みになっている焼き菓子から漂うバターのいい香りに我慢が出来ないと大きく頷く。


「はい!ありがとうございます!」


 元気よく席に着いたリリカにカトリーヌはまた笑った。


「リリカさんが一緒に居てくれて良かったわ。私、聖女候補生なんて気が進まなくて……」


 再び暗い表情になるカトリーヌにリリカは焼き菓子を進める。


「どうぞ、美味しいものを食べれば元気になりますよ」


「ありがとう」


 苦笑をしながら焼き菓子を手に取ってカトリーヌは一口食べた。

 上品に食べるカトリーヌを見届けてリリカも大きな口を開けてお菓子を頬張る。


 口に入れた焼き菓子はしっとりとした舌触りに濃厚なバターの香りが鼻につき、甘すぎず上品な味にリリカは天を仰いで目を瞑った。

 

「美味しい!今まで食べたおやつで一番です!」


 大きな声で感動しているリリカにカトリーヌも微笑んで頷く。


「そうね。一番おいしいお菓子だわ」


「紅茶の茶葉も質がいいやつなので、匂いも味も違いますね。缶からポットに移した時点で違いが解りました。これは高い茶葉だって」


 焼き菓子を頬張りながら語るリリカに、カトリーヌは微笑んで頷いた。



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