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「騎士の方はここまでです。ご送迎ご苦労様でした」
イザベル付の侍女が丁寧に頭を下げた。
イザベルが居る渡り廊下の前でリリカとカトリーヌはアレクシスたちを振り返る。
「瞑想頑張ってね。また迎えに来るよ」
マーカスが言うとカトリーヌは軽く頭を下げて金色のドアの向こうが側へと歩いて行った。
リリカも軽く頭を下げてカトリーヌの後に続こうとして、アレクシスを振り返る。
「アレクシス様、あの丘で食べたサンドウィット美味しかったです。私、生ハム大好物でした覚えていてくれたんですね」
覚えていたのはきっとゼフィランの記憶だ。
あの場所で昼ご飯を食べたいという約束も覚えていてくれた。
リリカは何となく告げたくなってアレクシスを見上げて言った。
「一体何を言っているんだ?」
不思議そうにしているアレクシスにリリカは微笑んだ。
「どうしてでしょうね。何となく言いたくなったんです。また、あそこでお昼食べましょうね」
リリカはそう告げるとアレクシスは頷いた後に眉をしかめる。
「あぁ、気を付けて」
気難しい表情をしているアレクシスにリリカは軽く手を振ってカトリーヌの後を追いかけた。
リリカが渡り廊下に入ると金色のドアが閉められた。
「何をしていたの?」
カトリーヌに聞かれてリリカは首を振った。
「何でもないですよ。それより、もし辛かったら行けるところまでお供しますから言ってくださいね」
「それはありがたいのだけれど、リリカさんも大丈夫?この空間が辛いのでしょう?」
薄暗い廊下を歩きながらカトリーヌに聞かれてリリカは力強く頷いた。
本当は今すぐにでも帰りたいが、カトリーヌが心配だ。
前世で命を奪われたことを思い出すと、カトリーヌに同じ思いをしてほしくない。
「大丈夫です。カトリーヌ様の方が心配ですよ」
「ありがとう。リリカさんのクッキーをお守りに持って来たから大丈夫よ」
カトリーヌはそう言うと白いドレスの懐からラッピングされたクッキーを取り出す。
前を歩いていたイザベル付の侍女が二人を見て上品に笑った。
「聖女と侍女がそこまで仲がいいのはあまり見ない光景だから素晴らしいわ」
イザベルが居る部屋の隣まで来るとリリカは不安と恐怖で息が苦しくなってくる。
二人が殺された場所だと思うとなおさらだ。
この金色の扉の先にイザベルが居るかと思うと恐怖が増してくる。
逃げ出したい気持ちを抑えながらリリカはカトリーヌに微笑んだ。
「ここでお待ちしております。お勉強頑張ってください」
「ありがとう。ここまで来てくれて心強かったわ」
そう言うとカトリーヌは薄暗い廊下を歩き、イザベルが待機している部屋の扉をくぐった。
カトリーヌの背を見てこれが最後になるのかもしれないという不安に押し潰されそうになり、息を吐いた。
「薄暗いから息が詰まるわよね」
イザベル付の侍女が微笑んでリリカの背を押してくれる。
「私たちは隣の部屋でお茶でも飲みましょう」
「はい」
リリカが頷くと、なぜかカトリーヌが部屋から出てきてリリカを呼ぶ。
「リリカさん、イザベル様がお話したいって言っておられるのだけれど」
困惑したように告げるカトリーヌにリリカは困ったようにイザベル付の侍女を振り返った。
侍女は驚いた様子もなく微笑む。
「あら、良かったわね。イザベル様がお会いしたいなんてそうそうない事よ。きっと、リリカさんの事が気に入ったのではないかしら」
そう言ってくれるがリリカは会いたくない気持ちでいっぱいだ。
隙があればイザベルに先のとがった枝を刺してやろうと思っていたが、実際そんなチャンスがくると戸惑う。
(どうして会いたいなんて思ったのかしら)
リリカは恐怖におののきながらも表面上は喜んでいる様子を見せた。
「嬉しいです。またイザベル様にご挨拶が出来るなんて」
「これは自慢できることよ。聖女以外とはあまりお会いしないから、さぁ行ってらっしゃい」
侍女はリリカの服の皺を伸ばしながら微笑んで背を叩いてくれた。
「ありがとうございます」
お礼を言って、恐怖で震える足でカトリーヌの後に続く。
カトリーヌも戸惑いながらイザベルが居る部屋へと入って行った。
リリカも後に続く。
広く薄暗い部屋の中心に昔と変わらずイザベルは座っていた。
王座のような大きな椅子に腰かけて、リリカを慈愛に満ちた笑みで迎えてくれる。
「お久しぶりね。リリカさん」
「またお会いできて光栄です」
緊張しながら言うリリカにイザベルは前に来るように促す。
吹き抜けの広い部屋には天井まで小さな光の玉浮いていて漂っている。
キラキラと輝く粒子がイザベルの体の周りを漂い、幻想的な光景だがリリカは恐ろしくて仕方ない。
この光の玉に前世では殺されたのだ。
イザベルはじっとリリカを見つめて微笑んだ。
「なんとなく、どこかで見たような顔をしているから。思い出したくて……ご両親は神殿ご出身なのかしら?」
(フィオーレと顔が似ているからだわ!)
どうやらイザベルはフィオーレの顔を忘れているようだ。
あれだけの事をしておきながら顔を忘れるなんてという怒りがこみ上げるが、リリカは平静を装って首を振った。
「ずっと田舎にいるので、神殿とは縁もゆかりもございません」
「そうなの?なにか思い出しそうな気がするのよね。年を取ると忘れっぽくなって、ごめんなさいね」
ホホホっと上品に笑うイザベルは聖母と言われるだけある。
慈愛に満ちた表情でリリカを見つめている。
「リリカさんは私を元気づけるためにクッキーを作ってくれたのです。素晴らしい侍女ですわ」
カトリーヌがリリカを褒めると、イザベルは頷いた。
「まぁ、そうなの?」
「はい。今もお守りのように持っているんですよ」
カトリーヌがラッピングされたクッキーを見せるとイザベルは微かに眉を潜めた。
「そのクッキー見覚えがあるわ。思い出した、貴女の顔どこかで見たような気がしたのは気のせいではなかったわ」
静かに言うとイザベルは慈愛に満ちた表情のままリリカに手を伸ばした。
リリカは恐怖の為に身動きできずゆっくりと近づいてくるイザベルに腕を捕まえれる。
「あなたのご親戚に聖女は居なかったかしら。遠い昔よ、名前はなんて言ったかしら。貴方と顔がそっくりな娘が居たわ」
そう言うとイザベルはリリカを抱きしめる。
再開を喜ぶような抱擁にリリカは驚きながらも心が満たされるような不思議な感覚になった。
昔から知っているような生き別れの母親に会ったような懐かしい気持ちと、会えてよかったような感覚に支配される。
「貴女の生命もそのまま美味しいわ。あの子と同じ。極上の生命ね」
小さく言うイザベルの声にうっとりしていたリリカは脳天を殴られたかのような衝撃を受けた。
(そうか、私の命はイザベル様にとって御馳走なんだわ)
リリカの脳内に過去の記憶が蘇る。
『フィオーレほどの聖女は居ないわ。今までで一番美味しくて、一番若返る命よ。もっとちょうだい』
(そうだわ。そう言って、他の聖女よりも私はたくさんの命を取られたから死んだのよ)
リリカはイザベルに抱きしめられながら何んとな逃れようと身をよじる。
後ろを振り返ると、目を見開いているカトリーヌと目が合った。
「カトリーヌ様、逃げて」
必死に言うリリカにカトリーヌは首を振った。
「な、何が起こっているの?」
「私の命を吸っているんだわ。だからこの魔女は長生きなのよ」
どうあがいても魔女の手から逃れることが出来ない。
身をよじりながら言うリリカの言葉にカトリーヌゆっくりとイザベルを見る。
「まさか、私の体調が悪くなっていたのは……」
青ざめるカトリーヌにイザベルは低い声で笑った。
「そうよ。可愛い子供達。でも残念、もうあなた達はここで終わり。カトリーヌぐらいの聖女は沢山いるものもう用済みよ」
そう言うと右手人差し指をカトリーヌに向けた。
「はうっ」
小さく悲鳴を上げてカトリーヌの体が動かなくなる。
リリカを助けようとしているようだが、ピクリともしない体にカトリーヌは悲鳴を上げた。
「もうやめて。リリカさんが死んじゃうわ」
「私の正体を知ったからには生きて返す訳に行かないわ。二人とも、突然死してしまうなんて可哀想に。神殿では珍しい事ではないから安心してちょうだいね」
リリカは薄れる意識の中、何とか手を動かしてポケットの枝を握った。
(右手さえ使えなくさせれば)




