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流れる雲を眺めながらリリカはアレクシスが準備してくれた昼食のバスケットの中からサンドウィッチを取り出して一口食べた。
フランスパンに挟まっているのは生ハムと野菜と簡単なものだが一口かじると美味しくてリ夢中になって頬張った。
「生ハム好きだっただろう」
「いえ、初めて食べましたけれど美味しいですね」
夢中になっているリリカに声をかけたアレクシスは自らの発言に驚いて口に手を当てている。
アレクシスはため息をついてバスケットから同じようにサンドウィッチを取り出してかじりついた。
お互い食べながらアレクシスはリリカに質問をする。
「幽霊なんてどこからそんな風に思ったんだ?ただの夢だろう?」
「夢ですけれど、夢じゃないというか。現実味があるんです」
リリカは何度か見た夢をアレクシスに語って聞かせた。
お互い顔がそっくりだったことは恥ずかしいので伏せて話す。
話し終わる事にはお互い食べ終わり、アレクシスが注いでくれたお茶をすする。
「つまり、その騎士と聖女の夢があまりにリアルだから真実に違いないと思ったんだな」
「そうです。あんな死に方したら二人とも成仏できていないと思うんです」
リリカの話を聞いてアレクシスはため息をついた。
「ただの夢だと言い切るには現実があるという事か。リリカが目撃した魔女が聖女の力だか何かを吸い取っているという日から調査をしている。歴代の聖女達は確かに神殿の中で若くして亡くなっている人が多い」
「生命を吸い取られているからですね」
リリカが言うとアレクシスは頷いた。
「聖女は特別な存在だ。だからこそ短命だという噂があったが、魔女が生命を吸い取っているとしたら理解が出来る。ただ、どうやってそれを証明して魔女を捕まえるかが問題なんだ」
「そんなの簡単ですよ。聖女と会っている時は必ず生命を取っているんですから、その時に突撃すればいいんですよ」
リリカが言うとアレクシスはまたため息をつく。
「そう簡単にはいかない。まず神殿に城の騎士を向けることがなかなか難しい。もし突入した時に聖女の力を吸い取っていないとしたら、俺達が平民たちから反感を買うだろう。それほどまでに魔女を崇拝している」
「反感ですか?」
田舎にいたリリカはいまいちピンと来ない。
アレクシスは頷いた。
「魔女は平民に寄りそっているように見せている。不思議な力で力がある女性を集めて、病気を癒す術を教えて全国へ派遣している。無料で病や怪我を治してもらった人々は聖女や魔女を崇めている。そして、魔女はいい人を装い身寄りのない子供たちを集め育てている。孤児院を作り、勉強を教えている」
「凄いんですね」
リリカが言うとアレクシスは顔を顰めた。
「凄いも何も金を出しているのは国だ。ようは全部税金でやっているのを魔女が自分の力でやっているように見せているんだ。何百年と生きている魔女がやってくれていると人々は思っているが、我々が手配をして問題が無いように運営している。それを理解しているのは一部の人間だけだろう。魔女のおかげで孤児が居なくなり、病も治ると思っている」
「複雑ですねぇ」
「魔女が要求するお金が年々莫大になってきて国は破綻しそうなんだ。魔女が居なくなればその分の維持費を違う所へ回せる。実際は魔女の要求する膨大な金額のせいで国が破綻しそうだ。それで魔女を降ろそうと俺達が動いている。もう何年も調査をしていたが、リリカのおかげで魔女がなぜ長生きなのか理解できた」
「それは良かったです。……その莫大な資金の中にこのお菓子も入っているんですね」
思ったよりも複雑で早大な話にリリカは頷きながらなぜ高級なお菓子が食べ放題なのか理解して食べようとしていたお菓子をバックの中に戻した。
「無暗に俺達が動けば平民が暴動を起こす可能性がある。確実な方法を今探っている」
アレクシスが言うとリリカは口を尖らせた。
「その前にカトリーヌ様が死んでしまうかもしれませんよ」
「月一度のお勉強会だろ。昔は、聖女の数も少なかったから週一度だったらしいから大丈夫だろう」
カトリーヌの疲労の様子を見るととても大丈夫そうには見えない。
リリカは首を振った。
「月一度だったのが、また明後日にあるようなのです。きっとカトリーヌ様の事が気に入ったんですよ。フィオーレの時のように」
「なぜフィオーレが出てくるんだ」
「だって、あの人も生命が美味しいとかいう理由で三日に一度吸われているようでした」
断言するリリカにアレクシスは嫌そうな顔をする。
「そこまでわかるなんてやたら鮮明な夢だな」
「きっと幽霊が付いているんですよ」
リリカが言うとアレクシスはますます顔を顰める。
「絶対にない。幽霊というより生まれ変わりの方がまだ理解できる」
「生まれ変わり!」
死ぬときにフィオーレとゼフィランが誓った言葉を思い出す。
生まれ変わっても君を愛すと言っていた。
電撃が走ったような閃きを得てリリカが叫ぶとアレクシスはおどろいて少し離れた。
「それですよ!だから私たち惹かれ会うんですよ!」
「……は?私たち?」
リリカは確かな確信を得て興奮しながらアレクシスに近づいて見上げた。
「そうですよ!だから私はアレクシス様が好きなんだわ!アレクシス様も私を好きなのは前世からの運命だったんですよ!そんな本を読みました」
田舎育ちのリリカの娯楽は本だった。
父親が買ってくれた大好きな本に生まれ変わって愛し合う二人の恋物語があった。
まさに自分達ではないかと感激して叫ぶと、アレクシスはため息をつく。
「幽霊の次は生まれ変わりか。もういい加減にしてくれ。お前が夢で見たフィオーレとゼフィランという二人は美男美女だったんだろう?まぁ、美男はいいとして、美女?」
「うっ」
アレクシスに言われてリリカは言葉に詰まる。
今更、フィオーレは自分にそっくりだったとも言い出すこともできない。
「それにお前は聖女でもないだろう」
「うっ」
再度言葉に詰まるリリカを見てアレクシスは息を吐いてリリカを抱きしめた。
「大丈夫だ。お前が聖女でもなければ美女でなくても愛している事だけは確かだ。もし俺達が生まれ変わりなら再び出会えてよかったな」
全く信じていないアレクシスの心のこもらない言葉にリリカはまた言葉に詰まる。
「うぅぅ、いい案だと思ったのに」
アレクシスの胸の中でリリカは悔しそうだ。
軽く笑ってアレクシスはリリカの背を叩いた。
「それで?生まれ変わりならどうやって魔女と戦う?聖女様?」
聖女様というからかうようないい方がゼフィランとそっくりで、リリカはやっぱり生まれ変わりに違いないと思いながら思案する。
「解らないですよぉ」
そう言いつつ、ピンと突然閃いて顔を上げた。
突然顔を上げたリリカの頭が顎に当たりアレクシスは痛みで顔を押さえる。
「お前っ。石頭だな」
「枝ですよ。エルダーフラワーは悪魔を避けると言い伝えがあるんです。その枝を魔女の右腕に差して攻撃をさせないようにすればいいんですよ」
最高の案を言ったというリリカにアレクシスは天を仰いだ。
「馬鹿だろう。100歩譲って枝にそのような能力があるとする。それをどうやって魔女に刺すんだ。刺す前に攻撃されるんじゃないのか?」
「確かに」
右手をかざしただけで光の玉を集めて放った光景を思い出す。
何時も周りに漂わせている光の玉はいつ襲われても言いように、反撃に備えているのだろう。
「多分、右手で攻撃をしているので右手さえ塞げば何とかなりますよ。あと私の作ったクッキーですね。あれを食べれば元気になるからそれを反転させて魔女はエルダーフラワーを食べれば元気をなくすんじゃないですか。エルダーフラワーは悪魔を押さえるし」
「馬鹿だと思っていたが、ここまで馬鹿だとは」
アレクシスは呆れて小さく呟いている。
「だから、どうして私がバカだって思うんですか」
夢の中のゼフィランだってそんなことは言っていなかった。
「お前の事は何でも知っている……」
アレクシスが言い終わる前にリリカは嬉しそうに声を上げた。
「ほら、やっぱり前世ですよ。私たちは前世で愛し合った聖女と騎士だったんです」
嬉しそうなリリカにアレクシスはため息をつきつつも口元に手を当てて首を傾げた。
「そういえば、どうして俺はお前の事を何でも知っているような気がしているんだ……」
「だから前世ですよ」
リリカはそう言いながら立ち上がって後ろに生えていた木を見上げた。
白い花を付けているエルダーフラワーの木がちょうど植わっているのを見て、指をさす。
「ほら、私たちを天も応援しています。ちょうどエルダーフラワーの木が植わっていますよ。枝を持ち帰りましょう」
「どうやって魔女に刺すんだ。無理に決まっているだろう」
「いいからちょっと切ってくださいよ」
リリカに押されてアレクシスは仕方なく短剣を取り出して枝を切り落とした。
3本ほど切り落とした枝をリリカに渡した。
「ありがとうございます」
ほくほくしているリリカにアレクシスは釘を刺す。
「絶対に一人で何かやろうとするなよ。そんなバカな考えでどうにかなるはずが無いからな」
「わかっていますよ!アレクシス様を置いて死んだりしませんから。今度は誰も死なないし、二人で幸せになりましょうね」
「また前世の話か」
いい加減にしてくれというアレクシスにリリカは真剣だ。
(これは幽霊が取り憑いているんじゃないわ。前世よ!前世)
理解できない懐かしさと、アレクシスを思う愛おしさの正体がわかりリリカは嬉しくてヘラヘラと笑い続けた。




