24
「わあぁぁぁ」
悲鳴を上げてリリカはベッドから起き上がった。
リアルな夢を見たせいで息が荒くなっている。
「とんでもない夢を見たわ」
まるで自分が経験してきたかのような光景に、心が痛くなる。
「あの二人は、死んでしまったのかしら」
心を落ち着かせてリリカは呟いた。
あれだけの怪我をしていれば生きているはずもない。
ますますイザベルが恐ろしくなってくる。
身支度を終え、部屋を出るとカトリーヌはすでに起きていてリビングで本を読んでいた。
自分より寝坊をしているリリカに怒るでもなく、また心配そうに顔を覗き込んでくる。
「顔色が悪いわよ」
「嫌な夢を見てしまいました」
「またあの二人の夢?取り憑かれているんじゃないの?」
カトリーヌの言葉にリリカはその発想は無かったと手を打った。
「それかもしれません!妙な夢を見るの、きっとあの二人不幸な死に方をしたから未練があるのかも」
「不幸な死に方?一体どういう夢をみているの?」
引きつった顔をしているカトリーヌにリリカは首を振る。
「くだらない夢ですよ。私、二人にお供えするためにクッキー作ります。もちろんカトリーヌ様の分も作ります。明後日ですよね?イザベル様と瞑想の勉強会。お疲れになりそうですからたんまりと元気になるように思いを込めますね」
リリカが宣言をするとカトリーヌは顔を引きつらせながらも頷く。
「お願いするわ。……そうだ、エルダーフラワーを採りに行くのでしょう?アレクシス様にお供してもらったら?」
「そんな!聖女じゃないんですよ私!無理です」
「大丈夫よ。むしろ、アレクシス様は喜んできそうだけれど。あの方最近様子がおかしいってマーカス様が言っていたわ」
昨日のあったことを想像して顔を赤くするリリカに気づかず、カトリーヌはさっさと手紙を書いて城へと送ってしまった。
手紙の返信ではなく、アレクシスがすぐにやって来た。
「まさか、こんなに早くお越しになるなんて驚きましたわ」
聖女の勉強へ向かう用意をしながらカトリーヌが驚くと、アレクシスはばつが悪そうな顔をする。
「暇だったからだ」
「嘘だね。朝から神殿に来たくてソワソワしてたじゃない。手紙が来たら直ぐに飛び出したくせに」
マーカスにからかうように言われてアレクシスは睨みつけた。
「うるさい」
いつも無表情なアレクシスが、照れ隠しの為か唇を噛みしめている。
その様子を見てクスクス笑いながらカトリーヌはマーカスの腕を叩いた。
「私は勉強に向かいますわ。マーカス様エスコートお願いしてもよろしいかしら」
「もちろん。むしろ僕に聖騎士の役を正式に任命してほしいよね」
お互い笑いあいながら部屋を出て行く二人をアレクシスは冷めた目を向ける。
「何だあいつら」
「お二人、仲がいいんですよ。それより、本当にエルダーフラワーを採りに行ってもらえるんですか?」
聖女でもないのにアレクシスに付き合ってもらっても大丈夫なのかと心配そうなリリカにアレクシスは頷いた。
「問題ない」
「ありがとうございます」
アレクシスの馬に乗りリリカは山へと向かった。
カトリーヌと共に来たあの場所だ。
神殿の外に出て青い空を見ると、心が満たされるような解放されたような気分になり空気をめいいっぱい吸い込んだ。
お菓子をたらふく食べられることは嬉しいが、妙な夢を見てから神殿の中が自分を閉じ込めている牢獄の様な気分になっていたのだ。
リリカは山を見回す。
「なんだか懐かしいような気分になります」
「……田舎に帰りたいという事か?」
アレクシスに聞かれリリカは首を傾げた。
「そう言う感じじゃなくて、昔来たような」
「昔って、この前来たばかりだろう」
バカにしたように言われてリリカはムッとしながらエルダーフラワの木を指さした。
「早く花を摘み取りましょう」
相変わらずエルダーフラワーの花は手の届かない位置にあり、リリカは恐怖に怯えながら馬の上に立つ。
しっかりとアレクシスに支えられているとはいえ、何度やっても恐ろしい。
「絶対に手を離さないでくださいよ」
「俺をバカにしているのか。女性を落とす訳がないだろう」
アレクシスの事は誰よりも信頼しているが、不安定な馬の上というのが恐ろしい。
恐怖を感じながら袋いっぱいにエルダーフラワーを詰め込んでアレクシス前に座った。
「ひー、何度やっても怖いですね」
「いつもそう言うなお前は……」
アレクシスはそう言うと不思議そうにリリカを見つめる。
ゼフィランと同じ顔をしたアレクシスに見つめられてドキドキするが、彼が死んだことを思い出して胸が痛む。
「俺はお前を昔から知っているような気がしているのはなぜなんだろうか……。こうして何度も馬に乗せて花を採っていたような気がする」
不思議そうなアレクシスにリリカは意を決して口を開いた。
「あの、私また夢を見たんです。ゼフィラン様とフィオーレ様の夢なんです。きっと私たち取り憑かれているんですよ」
「はぁ?」
思っても見ないリリカの言葉りアレクシスは絶句する。
アレクシスは額に手を置いてため息をついた。
「どうしたらその発想になるんだ。取り憑く以前に幽霊というものが存在すると思っているのか?」
「それ以外考えられません。きっと不幸な死に方をしたから恨んでいるんですよ」
「不幸な死に方?お前は一体何の夢を見たんだ?」
アレクシスに問われてリリカは答えに詰まる。
ただの夢を語るだけだが、なぜか緊張をしてしまうまく話せない。
「昼でも食いながら話を聞こう。どうせお前はお菓子をたらふく持ってきているんだろう?」
アレクシスに割れてリリカは下げていた鞄に視線を向けて頷く。
高級なお菓子を鞄に入るだけ持ってきている。
アレクシスは頷くと馬に括り付けていた鞄を外す。
「俺は昼食をもって来た。神殿や城ではゆっくりできないからな」
アレクシスはそう言うと手綱を引いて馬を歩かせた。
アレクシスが手綱を握っている馬の前に座るリリカはまた懐かしいような切ないような気持ちになる。
前も小名上な景色を見たような気分になり、リリカは指をさした。
「アレクシス様、こっちへ行くと景色が良い場所がありますよ」
「知っているのか?」
「そんな気がしただけです。多分、私に取り憑いている幽霊がそうさせているんです」
幽霊という単語を聞いてアレクシスは呆れてため息をついた。
「幽霊など居るはずないだろう。俺もそっちへ行こうと思っていた、確かにいい場所がある」
アレクシスはそう言って馬の速度を上げた。
二人を乗せた馬は駆け足で木々を抜けると青く澄んだ空と、眼下には王都が広がっていた。
ドーム型の神殿と、少し先に青い屋根の城が見える。
「お城と神殿の形はいつまでも変わらないんですねぇ」
「それも幽霊が言わせているのか?」
アレクシスは呆れながら手際よくシートを広げて昼ご飯を準備した。
あまりの手際の良さにリリカは笑みがこぼれる。
「ありがとうございます」
「俺が準備した方が早いからな」
感動しているリリカにアレクシス冷めた声で言った。
(アレクシス様よりゼフィランの方が優しい気がするわ)
王子様に用意をしてもらうという贅沢なことをされておきながらリリカはムッとして心の中で悪態をつく。
準備を澄ますとアレクシスはシートの上に座りリリカへ隣に座るように促した。




