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「誰にも会わず図書室の裏まで来ましたね」
リリカは不思議に思いながらアレクシスを見上げた。
二人で歩いていれば噂されるかもと心配していたが、不思議と一人もすれ違うことが無かった。
「会わないような道を選んでいる」
偉そうに言うアレクシスにリリカは関心する。
「流石ですね」
図書室の裏へ向かうと人の手が入っていないのか雑草が茂ていた。
雑草を手で避けながら進むと図書室の裏庭に確かに大きな石板が建っている。
手彫りで名前が彫られていおり、歴代の聖女と騎士の名前が書かれているようだ。
「最近は彫られていないようですね」
「こんなの掘っても意味が無いからだろう。ちょうど聖女が増えてきた辺りで彫るのをやめているから面倒になったのだろうな。この名前か……」
アレクシスはそう言いながら石板を指さした。
リリカも石板を覗き込む。
聖女の欄にフィオーレ、騎士にゼフィランと書かれている。
就任した年と退役した年が書かれており4年ほど二人は聖女と騎士としていたようだ。
「意外と任期短いですね。夢の中ではフィオーレは絶対にやめない雰囲気でしたけれど」
「ただの夢だろう」
そう言いつつアレクシスは腕を組んでじっと石板を見つめている。
「なにかありました?」
リリカが聞くとアレクシスは軽く小首を傾げた。
「懐かしいような気分になる。不思議な名前だな」
「夢で見たんじゃないですか?」
アレクシスと顔がそっくりな男性とゼフィランはとても他人とは思えない。
同じような夢を見たのではないかと期待を込めてリリカが聞くがアレクシスは首を振る。
「そんな変な夢は見ない」
そういいながら、アレクシスはリリカを後ろから抱きしめた。
突然の出来事に驚いてもがくリリカをアレクシスはギュッと抱きしめる。
「な、なんですか?突然」
「なんとなく、リリカが生きているのだなと確かめたくなっただけだ」
「はい?生きていますよ!」
心臓が爆破しそうになりながらもリリカが答えるとアレクシスは苦笑する。
「なぜかカトリーヌ嬢のようになってしまうので心配になった。杞憂だな」
「私は元気ですよ!」
リリカが明るく言うと、アレクシスは笑った。
リリカの二の腕をぎゅっと掴んでまた笑う。
「菓子をたらふく食えるんだから健康だな」
「そうですよ。……二の腕から手を離してください」
昨日の今日でアレクシスの態度が変わり胸がドキドキして理解が出来ない。
あまりの彼の変わりようにリリカはじっとアレクシスを見上げる。
なんとなく優しい顔が夢でみたゼフィランと重なって見えて胸の奥が切なくなる。
「……なんだ?」
じっと見つめられてアレクシスは眉を顰める。
「アレクシス様、なんか態度が別人のようなので気は確かかなと思いまして」
「俺は正気だ。ただ、お前が妙に気になる存在だと思っていた自分の心に素直になっただけだ」
「素直……」
いまいち理解ができていなさそうなリリカの目を見つめてアレクシスは告げた。
「リリカのことを愛していると言うことだ」
「あ、あ、愛?」
びっくり仰天しているリリカニアクレシスも不満そうだ。
「きっかけなんてなかった……よな?」
確認されてもアレクシスの心のうちなどわかるはずがない。
リリカは信じられないような気分でアレクシスを見つめる。
「知りませんよ。大体私のどこがいいって言うんですか」
「それを言われると答えようがない。お前にいいところなんて1つもない」
酷い言われようだが、確かにそうだと思うのでリリカは黙る。
「それでもなぜかお前に惹かれているんだ。ただ一つ確認してしたいのは、リリカは俺のことをどう思っている?」
「そりゃ、私だって嫌いじゃないですよ。昨日も言ったじゃないですか」
また恥ずかしいやり取りをさせられるのかと顔を真っ赤にしているリリカにアレクシスは苦笑した。
「何度でも確認をしたくなるんだ」
かっこいい異性が自分を好きだと言ってもらえて嫌なはずがない。
特に夢を見てからと言うものアレクシスのことがより一層好きになった。
モゴモゴしているリリカにアレクシスは不満そうだ。
「嫌いじゃない?好きでもないってことか?」
なんとなくこのやりとりをしたのは初めてでない不思議な感覚を覚えてリリカはあわてて口を開いた。
「好きですよ。ずっと、好きでしたよ」
実際はキスをされてから意識をしたような気がするが意外なことにリリカの口から勝手に思って言葉が出てくる。
リリカの咄嗟の言葉にアレクシスは安心してしたように頷いた。
「そうか」
嬉しそうに呟くとアレクシスの顔が近づいてきた。
心臓が飛び出しそうになりながらもリリカはアレクシスの唇を受け入れる。
なんだか懐かしいような嬉しいような不思議な気持ちになる。
(どうしてか懐かしいって思いになるのかしら)
リリカは不思議な気分になった。
アレクシスと部屋へ戻るとカトリーヌとマーカスはすでに戻っていた。
「早いおかえりでしたね」
リリカが慌ててお茶を入れながら言うと、カトリーヌは疲れた様子で頷く。
「私、お父様が苦手なのよ。自分勝手で私を道具のようにしか扱わないの。挨拶だけしてさっさと帰ってきたわ」
「それは大変でしたね」
入れたお茶を出しながらリリカが言うとカトリーヌは微笑んでくれる。
「ありがとう。不思議ね、リリカさんが入れたお茶を飲むと帰ってきたって気分になってホッとするわ」
「そう言っていただけると嬉しいです」
「石板は見てきたのかしら?」
カトリーヌに言われてリリカは頷く。
「はい。夢で見た美男美女の名前が確かにありました。4年ほど神殿にいたようです」
「凄いね。実在していた自分物を夢で見るなんて、超能力か何かかな?」
マーカスが言うとアレクシスは鼻で笑った。
「たまたまだろう。どこかで聞いたか見たりしたのだろう」
「そう言われるとそうかもしれませんね」
そう言いつつもリリカは違和感を感じる。
アレクシスそっくりな人物と自分とよく似た二人がとても他人とは思えないからだ。
何かきっかけがあったわけではないのにアレクシスを思うと懐かしいような切ないような不思議な気分になるのだからきっと何か意味があるに違いない。
物思いにふけているリリカにマーカスが話しかけた。
「やたら美男美女って押してくるけど何なの?」
「だって、本当に美しい二人だったから印象に残っているんですよ」
「美女というのは嘘のような気がするな。……なぜか……」
アレクシスはそう言って優雅にお茶を飲んだ。
確かにアレクシスの言う通りリリカそっくりな顔をしていたために美女とは言えないが、どうしてそれを断言できるのだろうか。
「美女でした」
ムッとして言うリリカにアレクシスは鼻で笑って相手にしなかった。
アレクシスとマーカスが城へと帰り、カトリーヌはまったりとリビングの机で教科書を広げて勉強をしている。
窓から夕陽が差し込み部屋はポカポカと暖かくリリカは欠伸をしながら部屋の隅に置かれている小さなソファーに座りながらカトリーヌを見つめた。
カトリーヌはどの角度から見ても美しい顔をしている。
金髪の髪の毛を勉強の邪魔にならないよう綺麗にまとめられている。
伏せられた瞳は長いまつ毛が生えている。
(羨ましいわ。私もあんな顔に生まれたかった)
そうすればもう少し人生が明るくなったに違いないと思ったがアレクシスとのことを思い出して見悶える。
(どうして、アレクシス様が私を好きになったのかしら。私もどうして彼が好きなのかしら)
これと言った出来事は無かったような気がするが、好意を寄せられて嫌な気持ちどころか嬉しくて仕方ない。
(それにき、キスまでしちゃった。それも何回も)
カトリーヌに気づかれないように目を閉じて喜びをかみしめる。
(本当、人生何があるか分からないわね)




