20
『フィオーレ。何度も言っているが俺はお菓子を食べない』
アレクシスによく似た男性が顔を顰めている。
顔はそっくりだが、着ている服はグレーの騎士服だ。
銀色の剣が太陽に輝いてキラキラとしていて眩しい。
リリカは眉をひそめて、アレクシスによく似た男性を見つめた。
『ゼフィラン、美味しいから食べて見なさいよ。私の作ったお菓子を食べないなんて信じられないわ。聖女が作ったありがたいお菓子なのよ』
夢の中の自分はなぜかアレクシスの事をゼフィランと呼んでいるようだ。
手にしているクッキーを見つめてリリカは途方に暮れる。
せっかく沢山作ったのに、大好きなアレクシスによく似た男性ゼフィランは今回も食べてくれないようだ。
『甘いものが苦手なんだ。何度言えばわかるんだ、聖女様』
ゼフィランはリリカを聖女と呼んで騎士のように右手を胸に当てて軽く頭を下げた。
ゼフィランの銀色の髪がサワサワと風に揺れて太陽の光に当たってとても綺麗だ。
二人はどうやら野原にいるようだ。
ゼフィランの背後には大きな木が見え、足元にはサワサワと野の花が揺れている。
思わず見とれていると、ゼフィランは苦笑して近づいてくるとリリカの額にキスを落とす。
『またそうやって誤魔化すんだから』
『どうしてそんなに俺にお菓子を食べてほしいんだ』
『だって、私の騎士様なら私の作ったものを食べてほしいもの。ほら、私って聖女でしょ。力を混ぜ込んでお菓子を作っているのよ。一番好きな人にこそ食べてほしいのよ』
どうやら夢の中でもアレクシスに恋をしているようだ。
アレクシスによく似たゼフィランは眉を顰める。
『また怪しいものを作って。一体何を仕込んだんだ』
『元気になるようにって願ったの。ちょっとした疲労なんて吹っ飛んじゃうんだから』
『それが怪しいって言っているんだ。だいたい聖女なんてろくなもんじゃない』
そう言うゼフィランにリリカはムッとする。
『聖女をバカにしないでよ。困っている人を救っているんだから』
『救うどころか、最近体調が悪そうじゃないか。体は大丈夫なのか?』
心配そうなゼフィランにリリカは困ったように俯いた。
『自分で作ったお菓子を食べると元気になるから大丈夫よ』
『怪しいな。また魔女と一緒に勉強会なんてしてから可笑しくなっている。何かされているんじゃないのか?』
心配そうなゼフィランにリリカは首を振る。
『イザベル様を魔女なんて呼ぶのは失礼よ』
『魔女だろう。年も取らずいつまでも若々しいなんておかしい』
『でも私は、聖女になって良かったわ。ゼフィランに会えたし』
リリカが言うとゼフィランは微笑んだ。
『それは俺も同じだな。聖女の騎士なんて退屈だろうと思っていたが、フィオーレと会うことが出来た。愛している、俺の姫様』
そう言ってセフィランの顔が近づいてくる。
リリカはドキドキしながら目を閉じた。
「いつまで寝ているんだ!」
ドンと大きく扉を叩く音と、アレクシスの声が聞こえてリリカは目を開けた。
自分が今どこに居るのか理解が出来ず、部屋を見回す。
神殿の簡素な自室のベッドで寝ていたことを思い出して慌てて起き上がった。
時計を見ると昼になろうとしている時刻で、かなりの寝坊をしてしまったことに焦りながら慌てて身支度を整える。
「今起きました!すぐ用意します」
「全く。サッサとしろ」
呆れたようなアレクシスの声はゼフィランと同じで、懐かしい気分になる。
自分の中で芽生えた不思議な懐かしさと切なさの入り混じった不思議な想いに首を傾げる。
「やたらリアルな夢だったわね。昨日はいろいろあったから、変な夢を見たのかしら」
身支度を整えて、部屋を飛び出すとリビングにマーカスとアレクシス、カトリーヌが座っていた。
リリカを見ると、アレクシスが呆れた顔をする。
「昨日は大変だっただろうから、寝かせておいたらとカトリーヌ嬢が言っていたが流石に寝すぎだ」
「す、すいません」
謝るリリカに、マーカスが仲裁に入ってくれる。
「まぁまぁ、リリカちゃんも大変だったんだろう?ねぇ」
含みを持たせながらマーカスはアレクシスを見た。
昨日何があったか全て知っているようないい方にアレクシスは眉を顰める。
「団長から何か聞いたのか?」
「まぁ、いろいろ?レオナルド様からも密告があったけれど……」
ニヤニヤしているマーカスにアレクシスは舌打ちをして視線を逸らした。
まさか、昨日の事を全て聞いたのではないかとリリカは挙動不審になる。
「あの、その」
なんて言っていいかモゴモゴしているリリカにマーカスはニッコリと笑った。
「大丈夫だよ。リリカちゃんの事はからかわないから。ただ、アレク様のことはこれまで以上にからかう予定だから。いやー、やっとアレク様をからかう事が出来るなんて。うれしい」
「何のことです?何かあったの?」
すっかり顔色が良くなっているカトリーヌが首を傾げている。
リリカは必死に首を振った。
「カトリーヌ様、何でもないんです。本当に何もないんです!それより、お元気になられたようで良かったです」
「えぇ、ありがとう。リリカさんの手作りお菓子を食べたら元気になったわ」
昨日、横になっていたカトリーヌと同一人物と思えないほど元気な顔色だ。
リリカはホッとして頷いた。
「良かったです。私が作るお菓子、田舎でも結構評判だったんですよ。美味しいとか元気になるとか言われて……」
(元気になるって夢で見た聖女と同じことを言っているわ。アレクシス様そっくりな男性は食べないようだったけれど)
言いかけて黙ってしまったリリカにアレクシスは眉を顰める。
「どうしたんだ。まだ、体調が悪いのか?」
「いえ、何か思いだしただけです」
「何か?」
「そう、なにかです。でも忘れちゃいました」
夢の事を言うのもおかしいと思いリリカは愛想笑いをした。
まだ心配そうにしているアレクシスにリリカはふと夢で見たゼフィランの姿と重なる。
「嫌だねぇ。二人だけの世界ってやつ?まぁ、僕達も仲良くするしいいもんね」
マーカスはリリカとアレクシスの不思議な様子をからかってカトリーヌに微笑んだ。
「え。えぇ、そうね」
マーカスに微笑まれてカトリーヌは顔を赤くして頷いた。
「なんだか、アレクシス様とどんな顔をして会えばいいか分からなかったけれど、意外と普通だったわ」
お菓子を取りに侍女の控室へ向かいながらリリカは呟いた。
昨日はいろいろあって大変だったが、なんだかんだと日常は普通に過ぎていく。
アレクシスたちも城へ帰ってしまい、カトリーヌは聖女の勉強へと向かって行った。
いつも通り元気な様子のカトリーヌを見送ってリリカはお菓子の時間だ。
控室に行くと先輩侍女達になぜか拍手で迎え入れられた。
「おめでとう」
「な、何がですか?」
驚いているリリカに先輩侍女達はニヤニヤと笑う。
「アレクシス様と二人乗りで城に行ったんでしょ」
「何があったのか言いなさいよ。リリカの体調が悪くなってなぜ城へ行ったの?良い事してたんでしょー」
先輩侍女達に椅子へ座らされたリリカの前に大好きなお菓子たちとお茶が並べられる。
「いい事って何ですか?なんにもないですよ」
どこまでうわさが広がっているのかドキドキしながらリリカが言うと、先輩侍女達はお互い目を合わせている。
「何にもないなんてことある?アレクシス様が女性を馬に乗せて城へ帰るなんて、そりゃ部屋で襲っているようなものンでしょ?」
「お、おそうですって?そんなこと無いです!」
顔を真っ赤にして否定するリリカを見て先輩侍女達はゆっくりと頷いた。
「うーん。確かに無さそうな感じね。さすがに、男と言えども王子様だから理性に任せて手は出さないか」
「それ以前に、そんな目立つようなことして襲う馬鹿いるかしら?リリカに子供でも出来たら大変じゃない」
「たしかに!リリカが王子の子供身ごもったらそりゃ大騒ぎよねぇ」
下品な話をして大笑いをしている先輩たちを見てリリカは頷く。
「そうですよ!何にもなかったです。本当に!あったらうれしいですけれど」
ぼそりと言ったリリカに先輩たちは納得したようで追及の手を緩めた。
「そりゃ嬉しいわよね。まさかリリカがアレクシス様の目にかかるとは以外だったわ」
(キスしたことは広まっていないようね)
ほっとしてリリカはお菓子に手を伸ばした。
「私、カトリーヌ様の瞑想の勉強に付き添いで言ったら体調が悪くなってしまって」
お菓子を頬張りながら言うリリカに先輩たちは頷く。
「わかるわ。あの部屋空気悪いのよ。雰囲気も悪いけれどねぇ。聖女様も見習い聖女もみんな体調悪くなって帰って来るものね。場所が悪いのよ」
「窓が無いしね。聖魔女様もこの世のものじゃない感じがして恐ろしいし。世間では聖母って言われているけれど、まぁ怖いわよね」
「近づかない方が見の為ね」
先輩たちが噂をしているの聞きながらリリカはお菓子を口いっぱいに詰め込んで立ち上がった。
お菓子を選んで大量にお皿にのせてワゴンに乗せる。
「そろそろカトリーヌ様が帰って来る時間なので失礼します」
「アレクシス様と何か進展があったら教えなさいね」
ヒラヒラと手を振っている先輩たちに頭を下げてリリカは控室を後にした。
(まさか、アレクシス様と城に行ったことを先輩たちがもう知っているなんて以外だったわ)
詳細は噂になっていないようでホッとしながらリリカは部屋へと戻って行った。




