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「あ、帰って来た」
神殿へ帰って来たリリカ達をマーカスは暗い表情で迎えた。
リビングには椅子に座っているマーカスの姿だけでカトリーヌの姿は無い。
「カトリーヌ様はお戻りですか?」
リリカが聞くと暗い表情のままマーカスが頷いた。
「それがさ、瞑想の修業をした後かなり体調が悪くて部屋に帰ってきてすぐに休んだよ」
(生気を吸い取られたからだわ)
身震いをしながらリリカはアレクシスを見上げる。
何も言うなというように首を左右に振っているアレクシスにリリカは軽く頷いた。
「少し様子を見てきますね」
「よろしくね。僕も心配で様子を見たかったけれどさすがに寝室に入る事は出来ないからさ」
心配そうに言いながらマーカスはお茶の準備をしているリリカを見て怪訝な顔をする。
水と温かいお茶のお盆に大量のお菓子を乗せている。
「いや、さすがに体調悪いのだからお菓子はいらないんじゃない?」
「えっ?お菓子を食べると元気になりますよ。田舎ではみんな私のお菓子を食べると元気になったって有名ですよ」
マーカスとリリカはお互い理解が出来ず顔を見合わせる。
「体調が悪い時にお菓子なんて食べたいと思わないよ……ふつうは」
小さく言うマーカスの肩をアレクシスが叩いた。
「やりたいようにやらせておけ。リリカはお菓子があれば幸せで、どんなに体調が悪くてもお菓子を食べられる不思議な体質なんだ」
「知ったような事を言っているけれど、カトリーヌ嬢は絶対一口も食べないと思うな。田舎者と違って繊細だもの」
「田舎者が繊細じゃないいい方止めてください」
リリカはマーカスを睨みつけてからカトリーヌの部屋へ向かった。
「カトリーヌ様。失礼しますね」
軽くノックして部屋に入ると、カトリーヌは大きなベッドで横になっていた。
眠ってはいないようで薄く目を開いてリリカに微笑む。
「帰って来たのね」
「すいませんでした」
「いいのよ。リリカさんも体調が悪くなったって聞いたわ。もう大丈夫なの?」
自分より体調が悪そうなカトリーヌに心配されてリリカは申し訳ない気持ちになりながらも頷いた。
「はい。お陰様で」
「アレクシス様と仲良くできた?」
顔色が悪く起き上がる元気もなさそうなカトリーヌだが、からかうようにウフフっと笑った。
「な、なぜそれを」
顔を赤くしているリリカにカトリーヌはますます笑う。
「だって、顔を見ればわかるわよ。それにアレクシス様と城へ行くなんて、何かあったのかしらって思うわ」
「いや、何もないですよ。本当に!」
顔を赤くしながらも慌てて否定するリリカの様子が可笑しくてカトリーヌは微笑んだ。
「いいのよ、隠さなくて。私もね、アレクシス様が居ないからマーカス様に優しく部屋まで運んでもらったの。ドキドキしちゃったわ」
リリカに気を使って言っている様子ではなく本当にマーカスに優しくされてうれしいという様子だ。
「それは、良かったです。私は、別に本当に何もないですよ」
上ずって言うリリカにクスクス笑いながら、カトリーヌはよろよろと起き上がった。
力なく起き上がるカトリーヌの体をリリカは慌てて支える。
「大丈夫ですか?」
「えぇ。どうしてもイザベル様と瞑想のお勉強をするととても疲れてしまって。ダメね体力が無くて」
「そんなこと無いですよ」
魔女に生命力を奪われれば誰だって体調が悪くなるに違いない。
リリカは見た事をカトリーヌに言ってしまいたくなったが、アレクシスたちが裏で動いていることを思うと勝手にいう訳に行かないとぐっと堪えた。
「お菓子食べますか?」
「そうね。お茶とリリカさんが作ったお菓子を頂こうかしら。あれだったら食べられそうな気がするわ」
「まだ少し残っているから、どうぞ」
アレクシスと共に作ったクッキーが乗ったお皿を差し出すと、カトリーヌは微笑んで受け取った。
お茶を飲み、クッキーを一口かじる。
「美味しいわ。疲れていた体が元気になるようだわ」
「それは良かったです。これを食べて良く休んでくださいね」
「ありがとう」
ゆっくりとリリカが作ったクッキーを全て食べると、カトリーヌはそのまま横になり直ぐに深い眠りについた。
相変わらず体調が悪そうだが、顔色は少し良くなったように思えてリリカはそっと部屋を出る。
「どうだった?」
直ぐに駆け寄って来た心配そうなマーカスに、リリカは微笑んだ。
「私の作ったクッキーを完食されました。そうしたら少しお元気になったようです。今、お休みになっています」
「よかったぁ。あのまま死んでしまうんじゃないかって程体力を消耗していたから心配したよ」
マーカスはホッと息を吐いた。
「何か異変があればすぐに知らせてくれ。早馬を城に飛ばしてくれれば直ぐに駆け付ける」
アレクシスそう言うとマーカスの肩を叩く。
「そろそろ帰ろう」
「そうだね。リリカちゃん、カトリーヌ様の事よろしくね」
「大丈夫ですよ。たまに様子を見ますから」
胸を叩いて微笑むリリカにアレクシスは肩をすくめた。
「お前に人の看病なんてできる気がしないが、大丈夫か?」
「私の何を知っているって言うですか。私だって看病したことありますよ。弟が寝込んだときとか、付きっ切りで看病しましたよ」
得意げに言うリリカにアレクシスは目を丸くする。
「弟が居るのか?」
「私に弟が居たらおかしいですか?」
「いや。……なぜか一人っ子の様な気がしていたが、……そうか弟が居るのか」
なぜか不思議そうにしているアレクシスにリリカとマーカスは顔を見合わせた。
「アレクシス様って時々可笑しなこと言いますよね。一体私の何を知っていると言うのでしょうかね」
「さぁね。きっと好きな子の事全部知っているつもりの変な奴なんだよ」
コソコソと言いあっている二人をアレクシスは睨みつける。
「くだらないことを言っていないでさっさと帰るぞ」
冷たく言って歩き出したアレクシスの後をマーカスが慌ててついて行く。
「悪かったって。アレク様がおかしなこと言うから」
軽く手を振って出て行くマーカスにリリカも手を振って見送った。
二人が出て行った静かな部屋でリリカはため息をついた。
「なんだか今日はいろいろあって、私も疲れたわ」
恐ろしいこともあったが、アレクシスと信じられないこともあった。
「私を好きですって!」
そう呟いて、きっとそうに違いないと確信をして一人でバタバタと悶える。
恥ずかしさと、嬉しさがこみ上げてきてリリカは叫びたい気持ちを抑えた。
「早く、田舎に帰ってお母さんとお父さんに知らせたい気分だわ」




