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 聖女達がハーブなどを作るときに使う簡易的なキッチンが付いた部屋でリリカは一心不乱にボールに入った材料をかき混ぜていた。

 大きな窓から太陽が差し込み、部屋の中は暖かい。

 

「何をしているんだ?」


 いつの間にか部屋に入って来たアレクシスに声を掛けられてリリカは飛び上がって驚いた。


「ビックリした!急に話しかけないでください!」


「ノックもしたし、何度も声をかけた」


 無表情に言うアレクシスにリリカはドキドキする胸を押さえる。


「生地を練るのに集中しすぎました。全く聞こえなかったです」


「何をしているんだ?」


 再度アレクシスに聞かれてリリカはボールの中の生地をかき混始める。


「クッキーを作っているんです。この前作ったエルダーフラワーの残りの花があるからそれを混ぜようと思って」


「お菓子作りなんてお前にできるのか?」


 バカにしたように言われてリリカは得意げにうなずいた。


「前も言ったと思いますけれど、私の実家は田舎でお菓子なんて売っていなかったんですよ。だからお菓子を自分で作っていました。得意なんですよ」


「ほぅ~」


 見てリリカは生地を練りながら信用していなさそうなアレクシスをチラリと見る。


「アレクシス王子様こそ、どうしてここに居るんですか?」


「たまたまだ」


 たまたまこの部屋に来るわけが無い。

 リリカがこの部屋にいることを知って様子を見に来たのだろう。


「別に毒なんて入れませんよ。ご心配ならカトリーヌ様にこのお菓子は食べさせませんから」


 聖女の騎士をしているアレクシスが様子を見に来たという事は、何か混ぜ込んでいるのではないかと監視しているに違いない。

 そう思ったリリカが言うと、アレクシスは困ったように口元に手を当てて視線を彷徨わせた。


「いや、そういう訳でない。お前が何かをするなんて考えていないから心配するな」


「そうですか?」


 そう言いつつもアレクシスはリリカの傍から離れない。


「まだ監視する気ですか?」


 じっと見られていてはお菓子作りもやりづらい。

 リリカが文句を言うとアレクシスはおずおずとリリカの様子を見つつ聞いてくる。


「監視ではない。ただ、お前がお菓子を作るところを見ていてもいいか?」


「まぁ、いいですけれど……」


 断る理由もないのでリリカが承諾するとアレクシスはホッとしてリリカの横に立った。

 距離が近い気がしたがそれを言う事も出来ずリリカはクッキーづくりを再開する。

 アレクシスを意識するとドキドキしていしまい、お菓子作りに集中できない。

 それでもなんとか ボールから生地を取り出してまな板の上で生地を練る。

 液を作った時にできたエルダーフラワーを取り出して生地に練り込むといい香りが漂ってきてリリカは目を瞑って吸い込んだ。


「この香りがいいんですよ。きっとおいしいクッキーになりますよ」


「なるほど。お菓子作りを見るのは初めてだ」


 じっとリリカを見つめながらアレクシスが言う。

 生地を広げて型抜きを取り出すとアレクシスに差し出した。


「どうせじっと見ているのなら一緒にやりましょう。生地をくり抜く簡単な作業ですけれど」


 リリカに勧められてアレクシスは頷いて型を手に取ろうとした。


「待ってください、手を洗いました?」


「そうだな」


 眉をひそめながらじっとリリカにアレクシスは苦笑しながら手を洗う。

 リリカに見せるように両手を広げた。


「綺麗に洗ったので型を貸してくれ」


「はいどうぞ」


 リリカは型を手渡すとまな板の上に広げていたクッキー生地に押し当てた。

 丸い形に抜かれたクッキー生地を隅に置いて行く。

 

「ほら、綺麗に抜けました。アレクシス王子もこっちから抜いてってください」


 リリカに促されてアレクシスも端から型を抜いて行く。

 お互い競争するように型を抜いて行き、最後の1つを終わるとリリカは勝ち誇ったようにアレクシスを見上げる。


「私の勝ちですね」


「そうだな」


 アレクシスは微かに微笑んで頷いた。

 穏やかな顔をしているアレクシスの顔を見てリリカの胸がギュッと苦しくなった。

 その後に顔が暑くなってきて、慌てて頬に手を当てる。

 

「どうした?」


 様子の可笑しいリリカの顔をアレクシスが覗き込んでくる。


(近づいたら顔が赤いのバレちゃう)


 リリカはとっさに距離を取ろうとするがアレクシスが距離を詰めてくる。

 逃げられないと思った時にリリカの手をアレクシスが掴んだ。

 そっと頬から手を離される。

 頬を赤く染めているリリカを見つめてアレクシスは一瞬驚き目を見開くと、ジワジワと笑みを浮かべる。

 バカにされたような気がしてリリカはムッとしなが視線を逸らした。


「いやいや、アレクシス王子様が人並外れた美しさを持っているからですよ」


 リリカはそう言いつつも、アレクシスの事が顔だけでなく胸がときめいていることを再確認してしまった。

 

(手が届かない人を好きになるなんて)


 恋とは縁遠いと思っていたが、まさか王子様を好きになるなんてと驚きながらもリリカはなんとか胸のときめきを鎮めようと大きく息を吸い込んだ。

 

 (でも初恋は実らないって聞くし。憧れているだけよ)


 顔のいい王子様だから少しだけ憧れているんだと自分の心を納得させて、リリカはアレクシスを見上げた。


「……なんですか?」


 嬉しそうに微笑んでいるアレクシスにリリカは眉をひそめる。


「いや。なんでもない」

「自分の顔がいいだけですからね」


 決してアレクシスに恋をしているわけではないと態度で示すリリカだが彼はそれでも嬉しそうに微笑んで口元を手で隠した。


「自分がモテるのがそんなに嬉しいとか。自意識過剰?」


 ポツリと呟いたリリカにアレクシスは嬉しそうに首を振った。


「いや、気にしないでくれ」


 リリカは気を取り直して型を抜いた生地をオーブンへと入れる。

 すでに温めていたオーブンに入れて時間を確認した。


「10分ぐらい焼いて、取り出して粗熱が取れたら食べられます」


「意外とすぐできるんだな」


 もう作業は無いというようなそぶりを見せているのに、アレクシスは部屋から出て行く様子もなく椅子に座ってくつろぎ始めた。

 

「こんなところで油を売って、仕事は大丈夫なんですか?」


「問題ない」


 本人が問題ないと言っている為仕方なくリリカはお茶を淹れてアレクシスの前に置いた。

 この前作ったエルダーフラワーの液を垂らして少しだけ甘くする。

 リリカもお茶を淹れると、侍女控え室から持って来た大量のお菓子をテーブルに置いてアレクシス王子の隣に座る。


「お菓子作りをして、またお菓子を食うのか」


 大量にお菓子が盛られている皿を見つめアレクシスは呆れている。

 口を大きく開けてマカロンを頬張りリリカは目をつぶって味わう。


「自分が作ったお菓子も美味しいんですけれど、やっぱりプロが作ったものは格別ですよ。この味を味わえるのなら私一生神殿に居ます」


「こんな場所長く居るもんでもないだろ」


 小さく言うアレクシスにリリカは首を傾げる。


「侍女長も気を付けるようにとか言っていましたけれどここは危ないんですか?」


「侍女長が?何を言っていた?」


 真剣な顔をして聞いてくるアレクシスにリリカは声を潜めた。


「あまり深入りするなって。聖魔女の事を知ろうとするなって、以前何人か調べようとした人が居なくなっているらしいって聞きました」


 小声で言うリリカにアレクシスは真剣な目を向けてくる。


「他には?」


「あとは別に……。お菓子は食べ放題ってことぐらいですかね」


 お菓子という言葉にアレクシスはため息をついた。


「侍女や聖女が行方不明になっている話は聞いたことがある」


「えっ、聖女もですか?」


 侍女だけかと思ったらまさかの聖女までとはとリリカは驚きながらもお菓子を口に運ぶ。

 口いっぱいにお菓子を頬張っているリリカの頭に手を乗せると乱暴に撫でた。


「お前はそのまま何も考えずお菓子を食べているのがいい」


「はぁ?」


 バカにされているのかとリリカが聞きなおすがアレクシスは軽く首を振ってオーブンを指さした。


「そろそろ焼けているころじゃないか?」


「あっ、そうだった!」


 リリカは慌ててオーブンから取り出すと焦げる一歩手前の状態のクッキーに苦笑いをする。


「危うく焦がすところだったわ」


 ザラザラとお皿に乗せるとアレクシスが一枚手に取って口に運んだ。

 甘いものを食べるのを見た事が無いアレクシスの意外な行動にリリカは首を傾げる。


「甘い物嫌いなんですよね?結構甘くしましたけれど……」


 心配そうに見てくるリリカにアレクシスは片眉を上げる。


「甘いが、悪くない」


「悪くない?」


 美味しくないという事かとリリカが不満そうにしているとアレクシスは薄く微笑んだ。


「美味しいという事だ。なんだかどこかで食べたことがあるような懐かしい味がするな……」


独り言のように呟いて続けて数枚食べるアレクシスを見つめてリリカも首を傾げる。


(私もこの光景どこかで見た事がある気がするわ)


 なんだが懐かしいような気持ちになりアレクシスもリリカもお互い首を傾げてクッキーを味わった。



 


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