10
木々の間を抜けると、白い小さな花をつけた木が数本植わっているのが見えた。
見上げても先が見えないほど大きな木を指さした。
「ありましたよ。エルダーの木!」
「これがエルダーの木か……」
「知らなかったんですか?」
リリカが笑うとアレクシスは冷たい目を向けてくる。
「俺は魔女でもなければ、田舎で暮らしていたわけではないからな」
「エルダーは結構その辺に咲いていますよ。……今って冬の初めですよね?夏に咲く花なんですけれど、どうしてこんなに満開なんですか?」
不思議そうに白い花をつけたエルダーフラワーの木を見上げているリリカの後ろでアレクシスも同じように花を見つめる。
「聖女達が力を使って成長をコントロールしているらしい。季節に関係なく花や薬草を育てていると聞いたことがある。聖女の力もそれぞれ違うらしく、植物の生長に長けているものや怪我を治すのを得意とするものがいるらしい」
「へえぇぇ。凄いんですね聖女様って。私田舎に居たから噂程度にしか知りませんでしたよ」
リリカが住んでいた田舎は、聖女など見た事が無い。
噂では、病気を治してくれるや畑の成長を祈ってくれるなどあったが、実際こうして聖女の力が使われているのを見ると凄い人が居るものだとリリカは関心をする。
アレクシスは興味が無さそうに木を見上げた。
「白い花を摘む予定だが、かなり高い位置にしかないな……」
試しにアレクシスが手を伸ばすが届かない。
リリカも口を開けたまま気を見上げる。
背の高いアレクシスが手を伸ばしても届かないのならリリカが手を伸ばしたところで届くはずがない。
仕方が無いとリリカは手に持っていた巾着をポケットにしまうと腕まくりをした。
リリカの様子を見てアレクシスは眉をひそめる。
「まさか、木に登って花を採集するつもりか?」
「それ以外あります?田舎育ちなので木登りは何度かしたことがあります」
自慢気に言うリリカにアレクシスは鼻で笑う。
「木登りなんて得意ではないだろう?落ちるのが目に見えている」
確かにリリカは木登りを何度かしたことがあるが得意ではない。
それも登ったのはかなり幼少期だ。
口を噤んでいるリリカにアレクシスはため息をつく。
「馬に乗って採集すれば届くだろう」
「あ、そうですね」
「馬を連れてくる」
馬を取りに行くアレクシスに頷いてリリカはその場にとどまった。
マーカスとカトリーヌの元に戻ったアレクシスが二人に状況を説明しているのを眺めているとリリカは不思議な気分になってくる。
銀色の髪の毛に、騎士服のアレクシスを見るたびに心がウズウズするような、ギュッとするような不思議な感覚になり切なくなるような気分になる。
今もそうだ。
外で見るアレクシスに妙に懐かしいような気分になり、抱きつたくなってくる。
気づかない間にアレクシスに恋でもしているのかと自分の胸に手を置いて大きく息を吸い込んだ。
「んー、考えてもわからないわね」
アレクシスは確かに見た良い。
物語の登場人物の様な絵にかいたような王子様だが、リリカに対する態度はとても王子とは思えない。
年中怒られているような気がして、彼のどこに惚れる要素があっただろうかと考えるが答えは出ない。
風に揺れる白い花を見ていると何か思いだしそうになるが全く分からない。
一人思い悩んでいるリリカにいつの間にか戻ってきていたアレクシスが声をかけた。
「さっさと花を回収しよう」
馬に跨ったままのアレクシスはそう言うとリリカに手を差し出す。
差し出された手をきょとんと眺めているリリカにアレクシスは早くしろというように眉をひそめた。
「一人では馬に乗れないんだろう?」
「私がなぜ馬に?」
「馬に乗ってお前が採るんだよ。俺では上手く取れそうにない」
そういうとアレクシスは上を見上げた。
確かに馬に乗ったままのアレクシスが手を伸ばしても花は少ししか採れそうにない。
リリカは嫌だなと思いつつも仕方なくアレクシスの手を取った。
グイッと力いっぱい上げられてアレクシスの前に乗せられる。
アレクシスと密着するような形になり胸がドキドキしながらもリリカは平静を装って聞いた。
「馬の上に立って回収してくれ。そうすれば大量に花が取れる」
「えぇぇ?馬の上に立つ?私が?」
運動に自信が無いリリカはのけぞって驚いた。
安定感の無い馬の背に立つなどできるわけが無いと目を見開いているリリカにアレクシスは無表情に頷く。
「お前が運動音痴なのは分かるが、仕方がないだろう。カトリーヌ嬢に出来ると思うか?」
「マーカス様がやればいいじゃないですか」
「男を支えることは出来ないし、したくない」
きっぱりと言うアレクシスはリリカの腰に両手を添えると持ち上げた。
「ひぃぃ、立てないですって!」
嫌がるリリカにアレクシスは冷静に声を掛ける。
「大丈夫だ俺が支えているから落ちやしない。暴れると落ちるだろうが……」
確かに馬の上で暴れるのは良くないとリリカは動くのをやめた。
アレクシスはそのままリリカを馬の上に立たせる。
しっかりと腰を押さえていてくれるがそれでも馬の上に立つとかなりの高さだ。
「ひぃぃ。落ちて頭でも打ったらお終いですよ」
「大丈夫だ。落ちないから」
冷静なアレクシスにリリカは頷きながらも巾着を取り出して広げようとするとマーカスが声を掛けてきた。
「何しているのさ」
震えながら横を向くと、マーカスとカトリーヌがいつの間にか傍に立っていた。
不思議そうに眺めている二人にアレクシスは視線を向けた。
「花を採ろうにも手が届かない」
「確かに手は届かないね。俺が馬に立とうか?」
マーカスが申し出るとアレクシスは眉をひそめる。
「男を支えるのも同じ馬に乗るのも嫌だ」
きっぱり言うアレクシスにマーカスは呆れ、カトリーヌは顔を背けて笑っている。
リリカは馬の上に立ちながら情けない声を出した。
「こ、怖いですけれどもう立ってしまったので頑張って花を採ります」
「そう?気を付けてね」
マーカスはそう言うと、リリカから巾着を受け取って広げた。
「この中に花を落として」
「はーい。アレクシス様、絶対に支えてくださいね」
念を押すリリカにアレクシスは頷いた。
「落とさないからさっさと回収しろ」
リリカは注意深く手を伸ばしてエルダーの花を採った。
数個取ってマーカスが広げている巾着に入るように落とす。
大きな巾着いっぱいまで回収し終わり、リリカはホッとため息をついた。
「もういいですかね」
「十分だわ。ありがとう」
大きな巾着二袋がいっぱいになり、カトリーヌは微笑んでお礼を言う。
リリカは頷いてアレクシスに支えられながらなんとか馬の上に座ることが出来た。
アレクシスの前に座ると大きく息を吐いた。
「ひー疲れた」
馬の上に立って作業をするストレスから解放されてリリカは無意識にアレクシスの胸に背を預ける。
リラックスしているリリカにアレクシスは呆れて顔を覗き込んだ。
「俺を椅子の背もたれにするのはお前ぐらいだろうな」
「だって、疲れましたもん」
王子を背もたれにしたままのリリカにアレクシスは軽く肩をすくめただけでリリカの自由にさせている。
マーカスとカトリーヌはその様子を見て二人目を会わせて声を潜めた。
「ねぇ、アレク様、リリカ嬢の事を注意しないなんてどう思う?普段なら激高するよね」
「そうですね。そもそもアレクシス様は女性を馬に乗せること自体珍しい事でしょう?」
カトリーヌも声をひそめて言うと、マーカスは頷く。
「珍しいというか、あり得ないよ」
ヒソヒソと話す二人を冷たい目で見てアレクシスは手綱を引いた。
「さっさと帰るぞ」
「はーい」
マーカスとカトリーヌも慌てて馬へと向かった。




