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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

アジサイ

作者: しいたけ

「アジサイだとよ」

「なに?」


 あらかたの装備を確認し終えた段になって、私のバディがつぶやいた。

 どうにも意味が掴みきれず顔を見ると、その男は笑って言った。


「アイオリス基地からの最後の通信だよ。“アジサイが咲いた”って」

「バカな。緊急通信を使って言うことがそれか?」

「へへ。もしかすっと、鉢植えなんか抱えた研究者を救助することになるかもな」


 あまりにふざけた想像に、笑みすら漏れない。

 ため息と共に、埃臭い防御チョッキを着込む。最後に酸素マスクを着用。物騒な重みで、体の関節が軋む。


 同じ装備に身を包み、バディは退屈そうに窓を覗いていた。


「あれか」

「あれだ」

「とことん、ハズレ惑星だな」

「だからアジサイなんて育ててんだろ?」



 シップの円窓から、荒廃した惑星の地表が見え始めていた。大気圏突入の振動が、安物の宇宙船をガタガタと揺らす。




 西暦40××年。長らく膠着していた他惑星への移住計画は、とある試みによって少しずつ前進を見せ始めていた。


 植物を極限環境に適応できるよう進化させて、星の地表に植え付けるのだ。焦げ付くような暑さも、極寒の冷たさも、吹き飛ぶような風圧も、何があっても枯れない植物を。


 おかげで、選ばれたごく少数の人間は、惑星に点在する「基地」に住めるようになった。住めると言っても、居住可能区域を広める使命を帯びた状態で、だが。



 私達はいわばそのバックアップ。各基地内で不測の事態が発生した場合、ツーマンセルの「解決屋」が派遣される。今回は、不運にも、私達が選ばれたということだった。



「おい、入るぞ」

「あぁ」


 我が身の不幸に思いを馳せていたら、はやくも問題の基地のエントランスに到着していたようだ。バディの声で我に返り、銃を構える。


 砂混じりの荒涼とした風が吹き荒ぶ中、緊張感がみなぎる。酸素マスクの呼吸音を感じながら、私は胸の通信機をオンにした。


「HQ、こちらチームオリオン。ポイントEに到着」

『ザ……ザザ、こちら本部。チームオリオン、基地への進入を開始せよ』

「了解。オリオン2、ハッチ開け」

「イエッサーってな」


 ハッチの解放ボタンが押され、黄色い回転灯が回り出す。仰々しい警告音が数度鳴ったあと、あっさりと基地はひらけた。


「……」

「……」


 バディと頷き合い、突入を開始する。長い灰色の廊下を進むうちに、ハッチはゆっくりと閉ざされてゆき、私達の影を呑み込んだ。



 室内には、荒らされた痕跡はなかった。色とりどりな花が整然と並んで、来訪者の私達を見つめているだけだ。ときおり起こる人工風で葉がこすれ、サワサワと鳴く音が聞こえる。


 その静けさが、異様だった。我々の来訪を聞きつける者すら居ない。既に全滅したのか。


 ……と、その時。バディの腕時計がアラームを鳴らした。


「お、時間だな。さあ諸君、酸素残量を報告せよ」

「残り74%。お前は?」

「残り77。……基地内なら外しても良いんじゃねえのか、コレ」

「バカ。企業のPRも兼ねてるんだぞ」


 バディが鬱陶しそうに酸素マスクを指差すが、私は首を振って否定した。


 スポンサー様のご機嫌を損ねれば、我々のような零細企業など1発で干涸びる。作戦行動中の映像は上への提出義務があるのだ。


「へいへい。まじめ腐って結構なコト……おい、アレ」

「!」


 そこでバディが言葉を切り、何かを指さした。そちらに視線をやると……なんと、白衣の研究者が一名、倒れている。


「HQ。こちらオリオン1、救助対象を視認。これより救助に向かう」

『オリオン1、了解。ボディカメラをオンにしたまま救助に当たられたし』

「了解。オリオン2、周囲を警戒してくれ」

「オリオン2、了解」


 HQとのやりとりを終え、研究者に駆け寄って抱き起こす。ぐったりとしているその体は、触れればこまかな埃が舞い、マスクのゴーグルに貼りついた。


「なんだこりゃ。ずっとほったらかしにされてたのか?」

「わからん。迂闊に触れるな、致死性の埃かもしれんぞ」

「今のはジョークかよ?」


 ロビーのベンチに横たわらせ、白衣も、シャツも千切るようにして傷の確認を行う。……しかし、何も見当たらない。


 


「HQ、見えるか。外傷はないが……脈もない。死亡しているようだ」

『……こちらHQ。なんらかの毒が発生した可能性がある。血液サンプルを採取せよ。リモートで分析機にかける』

「了解。この者の血液を採取する」


 遺体に手を合わせてから注射器を取り出し、その首筋に針を突き立てる。すぐに赤黒い液体でシリンジが満たされ、サンプルデータが本部へと転送され始めた。


 少し時間がかかるか。そう思ってバディを見ると、なにやら妙な動きをして遊んでいるようだ。


「オリオン2、減給処分が嫌なら……」

「おいおい、お前も見ろよ。ロビーの監視カメラの映像を、ロビーで流してるみたいだぜ」

「はぁ?」


 やけに楽しそうな声に促されるまま天井を見上げると、確かに吊り下げたテレビは数秒前の私達を映しているようだ。オリオン2が跳ねるのを、困惑したように私が見ている。


「ロビーのカメラ映像をロビーで流す意味があんのか? 誰が考えたんだ、コレ」

「……待てよ、監視カメラか。お前、機械をいじれたよな?」

「あ?」



 モニター室にて。傍に置かれたパンジーの鉢植えに見守られながら、バディは操作パネルにタイピングしている。


 機械系に役立てぬ私は、ときおり廊下に顔を出し、敵を警戒しているのだが……並んだ植物が見えるだけで、平和そのものな光景だ。こんな時でも、花を見れば心がなごむ。


 やがて、オリオン2が派手にエンターキーを押す音が聞こえてきた。どうやら終わったらしい。


「どうだ」

「俺ってマジ天才。通報前のデータ1日分、ぜーんぶサルベージしたもんね」

「お前ではなく、データサーバーが働いたんじゃないのか?」

「はー、ヤダヤダ! このパワハラ映像もサーバーに残りゃなぁ」


 軽口を叩きながらも、オリオン2はツマミを動かして映像を早送りし、めぼしい箇所を探しはじめる。


 その時、装着した通信機がノイズを発した。HQからだ。


『……ザザ……リオン1、聞こえるか。オリオン1、応答せよ』

「こちらオリオン1、聞こえている」

『オリオン1、血液の解析が完了した。結果から言うと、強い毒性をもつ粒子を吸い込み、アレルギー反応で死亡したと考えられる。酸素マスクを外さないよう注意せよ』

「……毒の粒子?」

『毒の方は詳しく分析できていないが……花粉に着想を得た化学兵器の可能性がある』


 なるほど、先ほどの死体が埃っぽかったのはそれだ。報告を受けて得心する。



「おい、見つけたぜ」


 通信に夢中になっていた私は、バディのその言葉でモニターに目をやった。

 そこでは、口を抑え、喉をかきむしりながら、もだえ苦しんで倒れゆく白衣の研究者たちが映っていた。何度か痙攣したのち、皆が一様に動かなくなる。


 周囲の植物の量から見て、奥の研究エリアか。死体に出くわさなかったわけだ。


「……これは」

「で、コイツが通報者だ。どうやら花粉症気味で、普通のマスクをしてて延命できたらしいな」

「……」


 画面に映されたその1人は、まわりでバタバタと死んでゆく研究者たちを見て、当惑しながらも逃げ出そうとしていたようだった。


 しかし、彼もやがて喉を抑え、苦しそうに表情を歪ませ始める。ロビーまできて、あと一歩というところで倒れ伏した。


「……」

「……」


 文字通りの全滅。あまりにもむごい結果に、言葉を探すことすらできない。

 

 バディはゆっくりとツマミを動かし、惨劇の少し前の映像を注視している。そして、ポンと膝を打った。


「あぁ、アジサイだ。見つけたぜ、ホレ」

「アジサイ?」

「言っただろ? 通報者のダイイング・メッセージだよ。“アジサイが咲いた”」


 モニターには、確かに、惑星の擬似環境下でツボミを開く紫陽花が映っていた。

 そのわずか数秒後に、この大量死だ。この基地は、もう破棄するしかないだろう。研究成果もすべて水の泡になる。


 損失額は莫大なものになるだろう。我が社もどれほど保険金を払わされるか……そんなことを考えていると、オリオン2が妙に悟ったような顔で話しかけてきた。


「……なぁオイ。これはよ、植物の復讐なんじゃねえか」

「なんだ、また突飛なことを」

「それまで幸せに暮らしてた花をよ、こんなサイアクな環境に押し込んでよ……なんとか生き延びたら“成功例”として、そのサイアクな惑星にポイってなもんだぜ。そりゃ、怒るだろ」


 バディは、真剣だった。真剣に、この信じられない筋書きを語っているのが伝わってきた。神妙な顔に、口出しするのもはばかられる。


「だからよ……植物にゴメンナサイをしようぜ。俺とお前で、ダブル土下座」

「あのな。テロリストが毒性の植物を持ち込んでこうなった方が確率は高いなとか、思わんのかお前は」

「なんだよ夢のねえやつ! ディズニー観たことねえのか?」

「だいたい、本当にミスター植物とやらが怒っているのなら、我々2人の土下座で足りるわけないだろうが」

「ちぇー、それもそうか」



 不貞腐れたように舌打ちし、オリオン2は椅子に背を預けた。

 そのとき、映像をあやつるツマミから指が離れた。




 すべてのモニターが一斉に、現在の状況を映し出す。




 全身の汗腺が、一気に開いた。




 モニターに映る植物が。

 花が。

 すべてこちらを見つめていた。



「おいおい、んなビビらなくても冗談で……」



 私の異常に気付き、バディもモニターを見た。そして、固まった。


 蛇ににらまれたカエルのように、我々は息すら潜める時間が続いた。そんな緊張感の中で、ようやく、基地に入ってからの違和感に気付いた。


 そうだ。エントランスからずっと、見られていた。長い廊下を渡り、ロビーで死体を検分し、そして今。隣の鉢植えからも。



 視線を、感じる。





 長く、いやな静寂が続いた。


 カメラに映る花々は、人工風の周期を無視してざわめき続ける。




 やがて、沈黙が破られた。オリオン2の腕時計が、アラーム音を鳴らしたのだ。



 震えを押し殺した声で私達は酸素残量を確認し、即座に撤退を決定した。毒素の濃厚なエリアへは、この装備では突入できないという結論に達したのだ。


 そうして、逃げるようにモニタールームを後にする。



 もう、このスーツも使えない。すべて焼却処分だ。妙に埃っぽい感触のそれらは、今や全く他の恐怖を伴っている。



 最後にチラと見えたモニターでは、咲き誇る極彩色のアジサイから、輝く粒子が漏れ出していた。




 

 


 花粉はクソ

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