小さいおっさんとあの日のこと
平和って尊い
「……あっづい……」
イベントが行われたホールを出ると、突き刺さるような夏の陽射しが降り注ぐ。大通り沿いの並木からは蝉がジョワジョワと鳴き、暑さを増幅している。
だというのに人が多くてゆっくりとしか進めない。
式典が行われている会場の隣のホールで「想いを世界に届ける」という発表をして外に出ると、厳しい暑さでくらりとする。
母に「終わったよ」と連絡を入れると「会場周辺は近づけないから橋を渡った所に車を停めている」とコインパーキングの地図が送られてきた。地味に遠い。
仕方なく人混みの中をてくてくと歩く。青空に高く噴き上がる噴水の横を通ると飛沫がキラキラと輝き、一瞬だけ涼しさを感じる。
橋の近くまで来てようやく日傘をさすことができた。そして鞄から水筒を取り出して一口。
さて、と歩き出そうとした時、橋の欄干の上に小さいおっさんがいる。白いシャツに白いステテコ、頭に手ぬぐいを巻いて仁王立ちをしている。……そして、薄ぼんやりと発光しているような気がする。
妖精……とか? いやいや、なんでステテコ。
じいいっと見ていると、おっさんが気づいてこっちを見て、ニカっと笑った。
「お嬢ちゃん、わしのことが見えるん?」
『わし』て。
私は声も出せず、さらにじっと見る。おっさんはカラカラと笑いながら言った。
「今日も暑いな」
「……えーと。おじさん、誰?」
「誰と言われてもなあ、こうやって話ができると思わんかったけえ。言うたら、ここに街があった時の人間かのう」
……まじか。
「あの日も暑かったけど、今日も暑いなあ」
「……もしかして、今日やけぇ出てきたん?」
「ずっとここにおったよ。ええ街になったと思うわ。嬉しいわ」
おっさんは眩しそうに周囲を見る。
「……おじさん、緑色に光っとるけど大丈夫?」
「あー、もうすぐ生まれ変わるんよ。じゃけえ光っとるんよ」
「そんなもんなん?」
「そんなもん」
私が周りを見ると、ぽつりぽつりと蛍のようにところどころ光が舞っている。私は「ああ」と思った。なぜだかわからないけれど。
「お嬢ちゃんと話ができてよかったわ。忘れんとってな」
緑色に光る小さなおっさんは『ぱちん』と音を立てて消えた。
*
七十九年前の今日、世界で初めて世界で最悪の爆弾がこの地に落とされた。今は平和を祈る公園となったこの場所には、街があり生活があった。
その上空で炸裂した爆弾は、強烈な光と鉄が溶けるよりも更に高温の熱で、街を、人を、焼いた。
そしてその後湧き起こったキノコ雲の中は、雷鳴が轟き黒い雨が降り苦しみを残した。
今日は八月六日。語り継ぐ日。
広島在住なもので。
*
昔、担当してくれていた美容師さんが
「橋の上で緑色の人とすれ違うんですよ〜、普通に歩いてますよ〜」と言っていたことに着想を得ました。
ちなみに等身大だったそうですが。