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第72話 同じ過ちを前に・1(※コンラッド視点)


 ポツポツと降り出した雨は、徐々に激しくなっていく。

 窓に打ち付ける雨の向こう、空を覆い隠すどんよりとした濃灰の雲を見上げながら先ほどのステラ嬢の姿を思い浮かべる。


 彼女は――間違いなくシスティナだった。

 だが、私にシスティナだと打ち明けてくれなかった。


 打ち明けてくれない理由はいくらでも思いつく。

 万が一バレたらメルカトール家が終わるから、打ち明けた所で社交界にシスティナとして返り咲く事は出来ないから――私を信頼できないから。


 当然だ。一度も会いに来なかったばかりか自分の妹と早々に結婚して子も成した男に家が滅びかねない、言う必要もない事を打ち明けるはずがない。


 彼女はもう二度と、私に心を許してくれる事はない――それがどうしようもなく寂しかった。


(それでも……彼女が生きていると分かっただけ、マシだ……)


 彼女は生きている。それだけで心が軽くなる。

 ただ、彼女が残した言葉がそれよりずっと重く心に絡みつく。


 ――コンラッド様もどうか二度と、愛した人から逃げたりなさいませんよう、同じ過ちを繰り返さないよう、よろしくお願い致します――


 システィナが言いたい事は分かる。妹を自分と同じ目に合わせるなと言っているのだ。

 システィナは慈悲深く、賢く、優しい。マイシャをとても大切にしていた。

 そんな彼女から逃げてしまった愚かな自分を殴りたい。


 守ると豪語しておいて守れなかった事より、守れなかった事実から逃げ出してしまう事の方が、よっぽど愚かだったというのに。


 それに比べて、マイシャはどうだ。


 実の姉に対して『価値が無くなった』なんて暴言を吐いて追い詰めて、公の場で活き活きと従姉妹を貶めようとするような女だったなんて、知らなかった。


 自分の我儘は他人の為。都合が悪い事は他人のせい――そんな性悪な女だったと知ってなお、私は彼女を生涯守らなければならないのだろうか?


 距離を置こうとする事すら許さない、システィナの言葉は呪いのように私を蝕んでいく。




 アドニス館に戻った頃には雨足は少し弱まり、雲の隙間から夜空と青白い星が見えた。

 館には客が来ているらしく、入り口の前に馬車が止められている。その馬車には見覚えがあった。


 オルカ家の――ライゼル殿の馬車だ。


(……いっそ、彼がマイシャを引き取ってくれたら)


 以前からライゼル殿がマイシャに想いを寄せていた事は知っている。元々マイシャの婚約者候補だった事も。

 マイシャもまんざらではなさそうな目で彼を見ていた事も。


(マイシャが子ども達を連れて行く事はないだろうし……彼女が自主的に出て行くなら止める理由もあるまい)


 普段から父上や乳母にオイフェとメイファを預けっきりで、丸一日会わないなんて事も珍しくないと聞いている。

 そもそも母親の自覚があれば、パーティーで愚かな事はしなかっただろう。あんな、子どもが社交界に出た時に笑われてしまうような事を。

 

(……こんな事を考えるなんて、私も相当なクズだな)


 自嘲しながら馬車から降り、館に入ろうとしたところで丁度馬車の持ち主と鉢合わせた。


「おや、コンラッド様……ようやくお戻りですか」

「……ライゼル殿、先日は、本当に申し訳なかった」


 パーティーでも一度頭を下げた相手に改めて頭を下げつつ、周囲を確認する。

 傍にマイシャがいる気配はない。

 やはり、そう上手くはいかないか――とゆっくり顔を上げると、ライゼル殿も頭を下げていた。


「ライゼル殿?」

「コンラッド様……今日は、私の方が貴方に謝罪しなければならない」

「そちらから謝罪される事など……」

「いえ……私が余計なお節介を焼いたばかりに、かなり厄介な状況になってしまいました」

「……どういう事だ?」


 状況が呑み込めずにいると、ライゼル殿は顔を上げて真剣な目で私を見据えた。


「ウェサ・クヴァレに戻る前に一言挨拶をと思い、マイシャ夫人の部屋を訪ねたのですが、結果的に彼女を怒らせてしまいまして……彼女が手当たり次第に投げた燭台が、物音を聞いて駆け付けたシュトラウス様とオイフェ様めがけて飛んでしまったのです」


 一瞬、頭が真っ白になる。


 燭台は、蠟燭を差す為の台だ。

 確かに私達の寝室のテーブルには三本立てられる真鍮製の燭台がある。

 あんな重い物を投げつけたというのも驚きだが、今はそれより何より――


「ふ、二人は無事なのか!?」

「オイフェ様は無事なのですが……オイフェ様を庇ったシュトラウス様の右手に燭台が突き刺さり……つい先程治癒師の治療が終わった所です。治療中はオイフェ様もずっと泣きっぱなしで……」


 命に関わるような状態ではない事を知り、肩の力が抜ける。

 同時に目の前の男に対して怒りが込み上げてきた。


「貴殿は私が不在なのは知っていたのだろう……? 何故人の妻に挨拶を……!」

「……彼女が戻って来てから誰一人彼女が籠る部屋に行ってない事と知って、哀れに思いました。シュトラウス様からは許可を貰っています。『何なら連れて帰っても良い』とまで言われました」

「……何だと?」


 一瞬、思考が止まる。そんな私を嘲笑うかのようにライゼルが肩を竦めた。


「あの方は貴方がまた逃げたから、後始末を考えたのでしょう」

「私は、逃げた訳では」

「この状況で何もしていないのは逃げているも同然です」


 ライゼルの最もな言葉を詰まらせると、彼はそのまま言葉を続けた。


「……私は、最後に彼女と話したかった。連れて帰ろうという気にはなれませんでしたが、彼女が早く目を覚ませば……悔い改めてくれれば最悪の展開は避けれるかもしれないと思ったのです。本当に……余計な事をしてしまったと反省しています」

「最悪の、展開とは……」


 まさか、考え過ぎだ――と思いながら、否定しきれない自分がいる。


「コンラッド様……夫人の命は貴方にかかっています。貴方がこのまま何もしなければあの方はそういう手段を取るでしょう。後はどうぞ、貴方のお好きなように……それでは」


 彼は他人事のように私の肩を叩くと、そのままオルカ家の馬車に乗って行ってしまった。




※コンラッド視点がちょっと長くなったので分けます。明日も更新予定。

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