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朱色の流れ星~価値無し令嬢は魔獣使いの侯爵令息に溺愛されてる事に気づかない~  作者: 紺名 音子


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第71話 同じ事をしているのに(※マイシャ視点)


 生誕祭のパーティーから追い出されるようにして馬車に戻ったわたし達。

 コンラッド様は宿に戻っても、アドニス邸に戻ってもわたしを慰めてくれなかった。


 ただ、たまに目があうとわたしが悪い、わたしのせいだって言いたげな視線だけ向けてきた後、うんざりしたように空を仰ぐ。

 わたしが何を言っても、コンラッド様は生返事ばかりで。


 嫌な空気はアドニス邸に戻ってからも続いた。


 まともな会話もないままアドニス邸に戻ったわたし達をお義父様が出迎えてくれる事もなく。

 コンラッド様と二人で書斎に来るようにと言われても、会った所でお説教がくるのは目に見えていて、寝室に籠ってひたすら泣いて今に至る。


 大きなベッドに横になって、包まるシーツはところどころが涙にぐっしょり濡れて気持ち悪い。


 鍵はかけてないのに、お義父様もメイドも乳母も誰一人わたしの所に来てくれない。

 メイファはまだ無理だろうけどオイフェはもう歩けるようになったんだから、会いに来てくれてもいいはずなのに。


(何で……何でこんな事になってしまったの?)


 あの時――ライゼルを館から追い出した時、ライゼルが反省して謝罪の手紙を送ってくると思っていたのに、それから全然音沙汰無くなって。

 しばらくしてからお義父様から彼が別の女性を連れて生誕祭のパーティーに参加するらしいと聞いた。


 ライゼルがわたし以外の誰を選んだのか気になってオルカ商会の動向を調べさせたら、生誕祭のパーティーに向けて最高級の絹をスミフラシで染めたドレスを作っている事、ティブロン村のステラという娘を囲ってるらしいって情報が入って来て。


 わたしが気に入らないといった素材で、わたしが嫌いな女を飾り立てる――喧嘩を売っているようにしか思えなかった。

 そっちがその気なら、わたしを馬鹿にするんならわたしもライゼル達を馬鹿にしようと思った。


 パーティーに出るなら「そのドレス、蛞蝓なめくじの体液で染めてるんですよね?」って笑顔で言ってやれば、ライゼル達の商売はそれで終わる。

 それにラリマー領の領主夫人として、気持ち悪い物が広まるのを止めるのは当たり前でしょう?

 だから、ちょっと恥をかかせて売るのを諦めさせる、それだけのつもりだった。



 なのに――あの女の、姉様を思い起こさせる美しさを、あの時のライゼルの笑顔と、コンラッド様があの女に見惚れている姿を見たら、カッとなってしまった。


 確かに、領主夫人としての振る舞いじゃなかったかもしれない。

 でも、わたしという妻がいながら別の女に見惚れたコンラッド様だって悪い。

 わたしに断られたからってわざわざステラ本人を連れて来るライゼルだって悪い。


 生誕祭のパーティーだからといつもより美しく着飾ったのに、わたしよりあの女に注目した皆も悪い。


 あの女だってさっさと帰ってくれればそれで良かったのに、帰るどころかわたしに逆らってきて。

 そのうえシスティナ姉様と文通していた事を利用してわたしを攻撃してきた。


 何でわたしが責められなきゃいけないの? 

 何でわたしが叱られなきゃいけないの?

 何でわたしが地位も名誉も失わなきゃいけないの?


 誰だって嫌いな人が気持ち悪い物を着て、我が物顔で異性を魅了していたら面白くないでしょう? 痛い目見て引っ込んで欲しいって思うでしょう?


 レイチェル様が気持ち悪い生き物が好きだなんて、お姉様は教えてくれなかった。

 でもステラは知ってた。何であの女に教えてわたしに教えてくれなかったの?


 そうよ。お姉様のせいよ。お姉様が教えてくれなかったから、わたしは何もかも失ったのよ。

 修道院なり後妻に行ってくれればよかったのに、当てつけと言わんばかりに身を投げて。

 おまけに恨みがましい遺書なんて残すから、わたしが不幸になったのよ。



 ああもう、公爵も、レイチェル様も、お姉様も、ステラも、コンラッド様もライゼルも、お父様も兄様も皆、皆――



「……これはまた随分と、落ち込んでおいでですね」


 聞き覚えのある声に身を起こすと、ドアの近くに見覚えのある男が立っていた。


「ライゼル……何しにここに来たの!?」

「貴方に会いに……先日の一件で深く傷ついているだろうと思いまして」

「そうよ……貴方がとんでもない女を連れてきたせいで、酷い目に合ったわ」


 恨みを込めて嫌味を言ってやると、ライゼルは軽い微笑みを浮かべたまま、静かに言葉を紡ぐ。


「私は商人ですから……貴方に断られれば他の人間を用意しなければなりません」

「わたし以外にも地位のある美しい女性はいくらでもいたでしょう!? 何であんな辺境の村娘に……!」

「生誕祭のパーティーで重要視されるのは地位ではなく美しさです。貴方に劣らぬ美しさを持つ人間はそうそういませんので」


 淡々と話すライゼルにわたしも冷静になってきた。


 コンラッド様はもうわたしの言葉を聞いてくれない。お義父様もきっとわたしを冷たく突き放すだろう。

 今のわたしにもそれくらいの事は分かる。

 わたしはもうこの家には必要ない。オイフェとメイファを奪われて、一人で館を追い出される。


 お父様も兄様もきっとステラの口車に乗せられてわたしを受け入れてはくれない。


 でも――


「そう……そうよね。あのパーティーは特別……わたしくらい美しい女性なんて滅多にいないし、貴方はそうするしかなかったわよね」


 わたしが結婚して、子を産んでもなお熱い視線を送ってくれたライゼルなら、どんなわたしも受け入れてくれるはず。

 受け入れてくれるからわたしに会いに来てくれたんだとしか思えない。


「わたし、あの時は本当にどうかしていたわ……あの女があまりに姉様に似ていて……コンラッド様が姉様の名を呼んだから、逆上してしまって……」


 そう。コンラッド様が見惚れなければ。お姉様の名前を呟かなければ良かったのに。


「貴方にも迷惑をかけてしまったわ。本当に……ごめんなさい」

「……本当に、反省していますか?」

「ええ、もちろん……もう、何もかも遅いかもしれないけれど……」


 遅くなんてない。だって、今目の前にライゼルがいる。

 ライゼルは今ならわたしを手に入れられるかもしれないと思ってここに来ているはず。


「……コンラッド様はもうわたしを見てくれていないわ。今だって、きっとあの女の所に行ってるのよ。ここに戻って来るまでずっと上の空で、わたしを慰めてもくれなかった」


 ベッドから起き上がって、ゆっくり彼の元に近づく。


「……誰も来てくれない中で、貴方だけが来てくれた。近いうちに離縁されて、追い出されるわたしに、会いに来てくれた……わたし……今になってようやく、貴方の愛の深さに気づいたわ」

「マイシャ様……」


 彼を見上げて手を伸ばし、頬に触れようとすると――


「……それは残念です」


 ライゼルは一歩後ずさり、わたしの手は空を切った。


「なっ……」

「今更私の元に来られても困るんですよ。私の愛はもう、今の貴方を受け止められる程深くはないので」

「は……!? 好きな女がここまで追い詰められてるのに、見捨てるの!?」

「……マイシャ様、貴方はドレスを着たのがステラ嬢でなくても貶めるつもりだったでしょう?」

「そ、そんな事するはずないじゃない! あれは、あの女が着てたから」

「『蛞蝓の体液で染めたドレスが広まるのは領主夫人として見逃せない』と言っていたではありませんか」

「……」


 それの何が悪いのか、睨みつけるとライゼルは肩を竦めて苦笑いした。


「もしステラ嬢でない別の令嬢を連れて行けば、私は自分の商会の名誉はおろか、その令嬢の名誉まで潰されていた……その時、ストンと冷めてしまったんですよ。いくら美しくても感情のままに人の取引を台無しにするような暴れ馬を受け止めたら、私の人生まで台無しになってしまうと」


 苦笑するライゼルから後ずさる中、彼は構う事なく嫌味な言葉を続ける。


「その点、ステラ嬢はとても頭のよろしい方です。あの場の最高権力者が誰か分かっていた上でパーティーに参加し、公爵にも堂々と立ち向かって見せた。あの方でなければあの場は切り抜けられなかった……」

「レイチェル様だって、私と同じような事したじゃない……! なんであの方は褒め称えられて私は説教されなきゃいけないのよ……!!」

「最高権力者だからこそ許される振る舞いを中途半端な権力者がやれば、それは叱責されるに決まっているでしょう」

「中途半端な権力者ですって……!?」

「いくら一都市の領主と言えど、公爵や侯爵の気を損ねれば首を撥ねられる中間管理職ですよ? 商人のように商品という武器も持てず、常に強者の機嫌を伺って媚びへつらい、弱者にも常に気を払わなければ都市はあっという間に瓦解する……常に頭を回転させねばならず気の休まる時も無い領主など、本当に面倒臭い」


 ライゼルの言葉に一瞬、思考が止まる。


(……わたしの地位は、商人貴族に馬鹿にされるような物だったの?)


 戸惑うわたしにライゼルは更に嫌な言葉を投げかけてきた。


「貴方が陰で何と言われていたかご存じですか? アドニスの毒花ですよ」

「は……?」

「姉が愛した男を奪った妹。姉が死んでいるのにさっさと子どもを作った薄情者。夫が必死に名誉を回復させようとしている中で、アドニス伯と乳母に子どもを任せきりでのんきに仲の良い夫人や令嬢とだけお茶会を開く、悪妻愚母あくさいぐぼの駄目駄目夫人」


 辛辣な言葉を重ねられて、頭に血が上っていく。まだパーティーから一週間位も経っていないのに。


「皆、皆酷い……! 今までわたしに擦り寄ってきたくせに、都合が悪くなったら手の平返して嘲笑うなんて……!!」

「いいえ。これはパーティーの一件が起きる前からずっと流れている噂です」

「何ですって……!?」

「ここに嫁いでから自分の振る舞いは誰かから妬み羨まれ、蔑まれるものだと思いませんでしたか?」

「確かに、妬み羨まれるような生活だったかもしれない、けど……」

「都合の悪い話を一切聞かせない辺り、本当にここで甘やかされていたようで……そんな状態でこれからの事を考えれば落ち込むのは当然ですが、今は引き籠っていないで周囲の方々に謝罪して回るのが先なのでは?」


 ライゼルの言葉が、思考を遮断する。


「わたしに説教しないで!! ……貴方が……貴方が全部悪いんじゃない!!」

「はは……とんだ言いがかりですね。全ては貴方が私の依頼を断ったからこうなったんです。全て、貴方の自業自得です」

「違う……! 違う違う違う! わたしのせいじゃない! 絶対にわたしのせいじゃない!! 皆がわたしのせいにしてるだけ……!!」

「本当に、困った方だ……私は貴方の為に言っているのに」


 もういい――皆、皆、嘘ばっかり。

 わたしみたいに、姉様みたいに、誰かの為と言いながら自分の為に動く癖に。


 誰も、本当にわたしの為だなんて思ってない癖に!!


「帰って! 帰って!! 悪口しか言わないんなら帰ってよ!!!」


 手当たり次第に近くにある物を投げつける。

 本も、花瓶も、ライゼルが避けるから壁やドアにぶつかって大きな音を立てて床に散らばっていく。


「マイシャ様、出て行ってほしいなら物を投げるのはやめ……」


 ライゼルがポケットから何か取り出そうとした、その時――ドアが開いて、誰かに抱き抱えられたオイフェの姿がわたしの投げた燭台と重なった。



安心してください。子どもは無事です……!

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