第30話 魔獣使いの恋煩い・3(※リュカ視点)
「アーティ卿、毎年援助して頂き誠に感謝します」
ステラさんとアーティ卿の見つめ合いを遮ったのは村長だった。
アーティ卿はハッと我に返った後、村長に向かって小さく頭を下げる。
「お久しぶりです、伯父上……会って早々申し訳ありませんが今後の援助についてお話したい事がありますので、今からそちらの家にお伺いしてもよろしいですか?」
「ええ、ささやかながら食事の用意もしておりますので……」
伯父上――って事は、アーティ卿はステラさんの従兄弟って事になるのか。
(従兄弟……従兄弟ならステラさんをそんな、愛しい人を目で見つめるのも分か……)
――らないな。どう考えても親しい従姉妹を見る眼差しじゃない。
今だって村長の方を見つつも、チラチラとステラさんを気にしてるし――と思ってたら村長が唐突に咳払いをした。
「……リュカ君、ステラの木箱を持ってくれるか?」
「え、あ……はい!」
忘れてた。俺、荷物持ちとしてここに来てるんだ。
どの木箱を持てばいいのか、と思っているとアーティ卿が手で示してくれた。
「ステラの分はこちらです。果物の他にも色々詰めてあるから少し重いけど、大丈夫かな?」
「このくらい、全然大丈夫です!」
促されるように掴んだ木箱は、他の木箱より一回り大きかった。
その半分は青色の果物が詰まっていて、その上には麻袋が二つ――片方の袋からは櫛っぽい物や首飾りのような物が覗いていた。
ステラさんは飾り気が全くないし、本人もそれを全然気にしてない。
そんな彼女が果物より十数倍値段が張りそうな装飾品を望んでいるとも思えない――これはアーティ卿からステラさんへの贈り物なんだろう。
「伯父上……彼はこの村の人間ではないですよね? 何者で、どういう間柄ですか?」
俺が推測してる間に、アーティ卿も俺の事を疑問に思ったらしい。
「数節前から青ペンギンを使役したいと言って村に居着いている、変わり者の魔獣使いですよ。村に滞在させる代わりに雑用をさせています」
使役なんて乱暴な言い方も気になるけど――村長、俺の事変わり者だと思ってたのか。
「魔獣使い……ではもしかして、その顔の文様はローゾフィアの」
「ええ、そこにいる魔獣達もリュカさんの魔獣です。鷹がリュグルで、大狼がリュルフ……とても賢いうえに優しい、いい子達なんです」
ステラさんの穏やかな声でリュグルとリュルフが褒められて、不快な気持ちが一気に吹き飛ぶ。
昨日のやりとりで嫌われてないか心配してたけど、今日のステラさんを見る限り大丈夫そうだ。
「そうか……ステラは以前ローゾフィアの魔獣使いに興味を持っていたから、本物の魔獣使いに会えて嬉しいだろう?」
「えっ……ええ、そうですね」
ちょっと戸惑ったような表情を浮かべたステラさんが、アーティ卿に向かって微かな魔力を飛ばした。
その、微かな魔力――注視してなければ気づかない位の魔力には覚えがある。
これまで出会ってきた貴族や冒険者達が使ってたのと同じ――念話って奴だ。
声じゃなくて魔力を使って言葉を届ける、魔獣達との対話とも違う念話。
それを受け取ったアーティ卿は、ちょっと焦ったような顔をした後苦笑いした。
「……つ、積もる話は家に着いてからしようか。案内してもらえるかな……?」
「はい、喜んで」
穏やかな貴公子の嬉しそうな微笑みがステラさんに向けられて。
ステラさんも嬉しそうな微笑みを穏やかな貴公子に返してる。
俺が数節かけてようやく話せるようになった距離より、ずっと近い距離で。
それもかなり心にくるけど――リュルフとリュグルが気の毒そうな目で俺を見てくるのがちょっと辛い。
子ども達が俺じゃ勝ち目無さそうみたいな顔で俺から目を逸らすのも結構辛い。
(そうだよなぁ。ステラさん美人だし、恋人とか婚約者がいない方がおかしいよなぁ……!)
俺だって親父が侯爵位を賜ってるから一応貴族なんだけど、完全に名ばかりだし。
ってか、村から逃げ出した時点で勘当されてるだろうし。
自給自足の生活で金を満足に持ってる訳じゃない旅人と、目の前を歩く明らかに育ちのいいお貴族様――そりゃあ勝ち目ないって俺だって思うよ。
(ああ、何か凄く顔が熱くなってきた。胸も痛い……)
今すぐこの場から逃げ去りたいって思うけど、荷物持ち頼まれてるから逃げ出す訳にもいかず。
意地と根性で木箱をステラさんの家まで運んだ。
「それじゃあ、俺達はこれで……」
「ありがとう、リュカさん。助かったわ」
見送ってくれるステラさんは今まで見た事ない位に嬉しそうで。
ドアが閉まる寸前まで、その嬉しそうな顔見てたいな――なんて思ったのが不味かった。
閉まる直前に、アーティ卿がステラさんを抱き締めるのが見えた。
咄嗟に開けて引き剝がしたい衝動にかられたけど、村長も中にいるし何より物音ひとつ聞こえない。
それは、ステラさんがあいつの抱擁を嫌がってない証拠だ。
邪魔者になるくらいなら、とっとと消えた方がいい――そんな自分の声が頭に響いて、俺は子ども達を連れてステラさんの家から離れた。
この、どうしようもない喪失感っていうか、虚無感って言うか。
これを失恋、って言うんだろうな――って感情に一人打ちひしがれたかったのに、子ども達はテントの近くにまで着いてきた。
「……師匠、元気出せよ」
「……ごめんな、俺そんなに元気無いように見えるか?」
「何か……師匠の言ってた『危うい感じ』ってのが出てる気がする」
「そっか……出ちゃってるか……」
俺から出ている危うい感じは離れた岩場で寄り添っていたリュペン達にまで届いたのか、ペタペタと早足てやって来た。
分かるよ。俺も村でこっ酷くフラれた親戚の兄ちゃんとか、好きな子が他の男とイチャイチャしてたの見た友達とか、放っておけなかったもん。
皆心配して駆け寄って来てくれてるのに、突き放せるはずがない。
こんな潮風が強い場所で子ども達と魔獣を凍えさせるのも悪いし、と下処理した大量の肉を鍋で煮込みだす中、ニアちゃんがポツリと呟いた。
「師匠、ごめんね……先生がアーティ様とあんなに仲良かったの、あたし達知らなかったんだ」
「……そうなのか?」
まあ、そうじゃないと勝ち目のない戦いに俺を焚き付けたりしないよな。
「そうなの。アーティ様もパーシヴァル様もいつも村長の家に行ったりしないの。村長と村の前でお話して、空になった木箱を回収したらそのまま帰ってるの」
「うん……それに、先生ってずっと病気だからって部屋から出て来なかったから、あたし達、授業受ける前の先生の事よく知らないの」
「そういや、師匠が来る二節くらい前だよな、先生が俺達の前に顔出すようになったの」
ニアちゃんの言葉を皮切りに続けられた話をさっきの状況に重ね合わせると、違和感しかなくてますます怪しくなってくる。
どうしたもんかな――って考えながら鍋に浮いた灰汁を捨てて調味料を入れると、またニアちゃんが、今度は泣きそうな声で呟いた。
「……師匠、また旅に出ちゃうの?」
ああ、俺が失恋して、この村にいる理由が無くなる事を心配してるのか。
確かに、ステラさんに既に男がいるなら、俺がここにいたって仕方ない。
この村に来た目的――青ペンギンとの意思疎通だってもう達成されてる。
リュペン達を観察してて海あるいは大量の水の傍でしか生きられない魔獣だってのは分かったし、更に番までいるとなると旅に連れて行くのは諦めてる。
青ペンギンと旅をするのは無理、ステラさんともこれ以上仲良くなるのは難しいとなると正直、頷きたくなる気持ちはあるけど――
「いや、ニアちゃんを一人前の魔獣使いにする為に後1年くらいはここにいるかな……」
「そっか……良かった!」
子ども達の表情がパアっと明るくなる。
そう。弟子を中途半端な状態にしておく訳にはいかない。
ここには魔獣使いは俺しかいないんだから、俺が責任をもってニアちゃんを一人前に育て上げないと。
(それに……ステラさんの事だって、やっぱり放っておけない)
裕福そうな貴族の恋人? がいるなら、何で彼女が父親と祖母とこの村で暮らしてるのか分からない。
俺だったら、好きな人はずっと自分の傍にいてほしい。子どもだってほしい。
ステラさんもアーティ卿も、単なる従兄弟とは思えないような雰囲気を出してる割にお互い、かける言葉に困ってたように見える。
今の子ども達の話を聞いてても、まだ恋人と断定するには早い気がする。
何か訳ありなのは間違いない。
そう思うと気になって、気になって――出て行けそうにない。
あーでも、村長には変わり者だって思われてるし、ステラさんには嫌われてないとは言え、深入りすんなって壁作られてるし。
両方から警戒されてる状態で、俺、どうしたらいいんだろ?




