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第29話 魔獣使いの恋煩い・2(※リュカ視点)


 俺は嫌だ、って親父に訴えても『これからの時代はお前のような奴じゃないと駄目だ』とか言って聞かず。

 それなら自分が好きになった女とだけ契りたい、って言ったら親父に思いっきり殴られた。


 ローゾフィアの民達からすれば、村の未来より個を通そうとする俺の言い分は我儘でしかなかった。

 それも分かってたから、殴られた勢いで俺は村を飛び出した。


 リュゴンに無理言って飛んでもらって。

 そんな俺をリュグルとリュルフは追いかけてきてくれた。


 思い返してみても誰に話す事も出来ない、いや、酔いに任せて話した事もあるけど誰一人理解してくれずに笑い飛ばされるような、情けない話だけど――これで良かったんだ。


 偶然手に入れた自由は思いのほか楽しかった。

 見知らぬ食材や料理、魔獣達や建物、衣服に、人――ローゾフィアも十分広い土地ではあるけど、この国はその何倍も広かった。


 その分辛いものも嫌なものも見てきたけど、あのまま村にいたらもっと辛いものや嫌なものを見ただろうから。


(それに、あのまま村に居たらステラさんと出会えなかったし……)


 そう――旅に出られなかったら、一番美しいと思うものに巡り会う事が出来なかった。

 鮮やかな空をそのまま写したかのように綺麗な瞳に、そこはかとなく漂う高貴な雰囲気、細く高く優しい声、そして――

 

「師匠、聞いてるの!?」


 突然耳の傍から放たれた大きな声で我に返ると、ニアちゃんが腕を組んで怒っていた。


「えっ、あっ、何だ……!?」

「だから、先生は箱入りお嬢様で鈍感なんだから、もっと積極的にアプローチしていかないと!!」

「……でも、男の人が恐いんならあんまり近寄ると可哀想だしなぁ」


 俺もあの夜――村の女達に迫られた時の事を思い返すと、未だに嫌な汗が噴き出すし。

 もう夢には出てこなくなったけど、複数の女の人に襲われかけた事件は俺の心に結構トラウマを残しているらしい。


「……ようやく人並みに近づいて話せるようになったんだ。急ぐのは良くない」

「だよなぁ……師匠、やっと先生と普通に話せるようになったもんな」


 そう、初めてステラさんを見た時――綺麗な目と視線が重なると、胸が大きく高鳴った。

 これまで出会ってきた女性達と何か違う気がして見惚れてると、次にその骨が浮きでてる位の細さが気になって。

 その上、彼女が必死で何かから逃げようとするから、放っておけなくて。


 彼女を追いかけてドア叩いた後、村長からステラさんが男性恐怖症だって教えられた時は本当、悪い事してしまったと反省した。

 安心してほしくて駆け寄ったのに、逆に怖がらせてしまった。


 ただ、心配してくれてありがとうって言ってくれるステラさんの声も綺麗で――もっと、伸びやかに話してくれたら、って思ってしまった。


 それに、娘の事なのに他人事のように話す村長と、それを当然のように受け入れてる彼女の歪んだ関係がどうにも気になって。


 ステラさん、他の村人達と比べても異常にほっそりしてるし、もしかして村長に虐待されてるんじゃないか? って思ったらもう他人事ではいられなくて。


 前に都市で貴族に叩かれてた子どもを助けた時みたいに、嫌がられたり嫌な思いするかもしれないとは思ったけど、見て見ぬ振りは出来なかった。


 当初の目的通り青ペンギンを探しつつ村の人達や子ども達に探りを入れたり、仲良くなれば本人から話してくれるかな? と思って差し入れしたり。


 そしてうっかりリュペンに体当たりされて、気を失って――目を覚ました時に気絶した彼女と傍にいたリュグル達の説明を聞いた時、思わずステラさんを抱きしめそうになった。


 だって、男が恐いはずなのに、あんな細い体で――わざわざ俺を治療する為に近づいてくれたんだぞ?

 かろうじて理性の方が勝って、抱えてテントまで運ぶにとどまったけど。あれは本当に危なかった。


 そこからちょっとずつ――嫌われないように気を付けながら、ようやく、ようやくここまで仲良くなれたんだ。


「先生、もうちょっと肉付けた方が絶対いいのになぁ」

「そう、美味くて栄養ある物たくさん食べてもらって、もうちょっとふくふくっとしてくれたら……」


 今のステラさん、出会った頃よりは大分マシになってるけど、まだ転んだだけで骨折れそうな感じがするんだよな。

 前に尻持ちついてた時なんか、骨折れてるんじゃないかって本気で心配する位痩せてたし。


「……そうだ! 師匠、料理上手なんだから、もっといっぱい料理作ってアピールしよ! 私も一緒に食べて、気まずくなった時は助けてあげる!」

「いいなそれ! 次は俺も一緒に食べる!」

「私も!」

「「キュイ!」」

「バウ!」

「キィ!」


 ニアちゃんの提案に皆が一斉に賛成する。


 それが応援なのか、ただ単に美味い飯食べたいからなのかは分からないけど、<健康な肉体には健全な魂が宿る>って言うし、体から攻めていくのは良いかも知れない。


 ステラさんは俺に、というか他人に負担がかかる事を嫌がってるけど、俺は――俺はステラさんの危うくない純粋な笑顔が見れて、嬉しそうな声が聞けるなら、なんだってしてやりたいんだ。

 


 そして、翌日――



「ごめんなさい……今日のお昼はお客様と一緒に頂きますので」

「そ、そっか……」


 朝、食材の下処理を終えたタイミングで岩場までやってきた子ども達と一緒に村長の家を訪ねると、ステラさんから丁寧に断られてしまった。


「じゃあ明日は?」

「……そうね、明日だったら」


 即座にフォローを入れてくれたイチル君に感謝の視線を送ると、彼は笑顔で小さく親指を立ててきた。


「あの……良かったら父上もいかがです? リュカさんの作るお鍋、美味しいんですよ」

「……私は遠慮する」


 村の人達への聞き込みでステラさんが虐待されてるって可能性は消えたけど、この父娘に対する違和感は大きくなってる。

 今のやりとりだって村人や子ども達に接する態度とそれほど変わらない――《《父娘》》なのにだ。

 だけど今ここで一番気になるのはそっちの方じゃない。


「ところで……お客様って?」

「今日は果物が届く日でな、その届け主の事だ。……丁度良い、荷物持ちが欲しかったんだ。君も村まで着いて来てくれ」


 この村に来てから数節経つけど、俺以外のよそ者を見た事は一度もない。

 そんな疑問から尋ねた質問に対して村長は視線を合わさずに答えた後、さっさと家から出ていった。


 『無償タダで村に住まわせてくれる代わりに人手不足の時は無償で働く』って言ったのは俺だから、拒否権がないのは全然いいんだけど――


 娘を置いてさっさと先を歩く村長も、ステラさんが当然のように無言で着いていくのも本当、親子として違和感しかないんだよなぁ。


 仲が良いようにも、悪いようにも見えない、何処か他人行儀な感じが――


「先生、今年はパーシヴァル様とアーティ様、どっちが来るの?」

「……アーティ様よ」


 ステラさんの返答にニアちゃんとヨヨちゃんの表情がパアッと明るくなる。

 そんな女子達に聞くのも何か悪い気がして、呆れた様子で女子達を眺めるイチル君に小声で問いかける。


「イチル君……果物って?」

「ああ、師匠は知らないか。ここ、冬の間は果物取れなくなるんだよ。でも果物食べないと病気になるから大人達は果物の代わりにスミフラシ食べるんだ。でも俺達は口の中が真っ青になるとマズいから他の所から果物分けてもらうんだ。パーシヴァル様とアーティ様ってのはその果物を運んできてくれる人達」

「アーティ様ってね、絵本に出てくる王子様みたいで素敵な人なの!」


 そんな話をしながら村の入り口に着くと、既に馬車が3台止まっていた。

 馬車から下ろされた青い林檎の木箱を村人達が抱えて運んで行く。


 この村の子ども達はざっと十数人――数は多い訳じゃないけど、それぞれ一冬を越す為に必要な果物の量、と考えたら馬車3台分にはなるか。


 3台の馬車の前に着くと、御者らしき男達と青灰色のコートを羽織った優男が何か話している所だった。


「師匠、あの人がアーティ様!」


 ニアちゃんが大きな声で彼を指差したせいか、アーティ様がこっちを振り向いた。

 癖はないけど艶がある茶髪の、なよっとした感じがまさにお貴族様って感じの優男は驚いた様子でこちらに駆け寄ってきた。


「久しぶりだね…………スティ」

「ええ……お久しぶりです、アーティ様」


 優男が潤んだ目でステラさんに呼びかけた時点で、嫌な予感はしていたけれど――ステラさんが一切硬直せずに、同じような目で微笑んで。


 何だかとっても良い雰囲気な男女の空気にあてられて、俺は半開きになった口を閉じる事も出来ないまま、その場に呆然と立ち竦むしかなかった。



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