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朱色の流れ星~価値無し令嬢は魔獣使いの侯爵令息に溺愛されてる事に気づかない~  作者: 紺名 音子


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第27話 明かされた事実


「すげー! ドラゴンすっげー!」

「絵本に載ってた竜と同じなのー!」

「お、おいイチル、ヨヨ、そんなに近づくなよ……!」


 暗みがかった空の下、灯台まで移動した私達の前にリュカさんが呼んだ飛竜ワイバーンが降り立つと、飛竜を見るのは初めてらしい子ども達がそれぞれの反応で近づきます。


 そんな中、伯父様だけが冷めた視線を私に向けていました。


「……それで、私に飛竜に乗れと?」

「突然のお願いで申し訳ありません……ですが事は急を要するのです」


『お前は一体私を何だと思っているんだ……』

『では放置なさるのですか?』


 言葉こそ素っ気ない伯父様ですが、子ども達の縋るような視線を一身に受けるこの状況で、冷たい事が言える方ではない事はこれまでの生活でよく知っています。


「……分かった。行けばいいんだろう、行けば……」

「ありがとうございます、父上。魔獣の治療は少々感覚が違いますが、父上であればすぐに慣れると思います」


「……飛竜に乗るには騎手が必要だが、君も乗るのか?」

「いえ……リュゴンは老体なので大人二人乗せられませんし、俺は青ペンギンと意思疎通できません。リュゴンには村長とニアちゃんを乗せて、洞窟にいる青ペンギンを救出した後、ここまで戻って来てほしいと伝えてあります」


 先ほどの青ペンギンに対する指示に比べて、随分と複雑な指示です。

 リュカさんが言うなら間違いないだろう、と思いましたが騎手無しに飛竜に乗せられる伯父様は表情に明らかな不安の色を覗かせました。


「……それは」

「村長、師匠の腕は間違いないから! 早く行こ!」

「早く早く!」




 こうして、子ども達に押しやられるようにリュゴンに乗せられた伯父様とニアを見送り、30分ほど経過した頃――




「キュイ! キュイイッ!」

「キュッ、キュキュ、キュー!」


 寄り添い合って鳴きあう、足を怪我している青ペンギンと、それより一回り小さい青ペンギン。

 小さな青ペンギンの足には何かに噛まれたような痛々しい傷が残っています。


「父上……お疲れ様でした」

「全くだ……」


 肩をガックリと落とす伯父様は重いため息を付いて私を見据えた後、言葉を続ける事なく、ペンギンを囲っている子ども達の方を振り返りました。

 

「お前達……もう夜も遅い。早く帰りなさい。ついでに私とステラはしばらくペンギン達の治療にあたるから、怪我と事故にはくれぐれも気を付けるように村の者達に伝えておいてくれ」

「分かった! このペンギンは何処で飼うんだ? やっぱりニアの家か?」

「こいつらは朝、とてもうるさい……集落で飼えば間違いなく苦情が出る。二匹の怪我が治るまではここで預かる」

「そっか……じゃあペンギンさん、また明日来るね! 足が治るまで、海に入っちゃ駄目だからね!」

「「キュイ!」」


 ニアの呼びかけに同時に鳴く青ペンギンがとても可愛いです。

 大きいペンギンの厳しかった目つきも大分緩やかになっているのは、ニアに会うまでずっと人を警戒し、緊張していたからなのでしょう。


 愛くるしい真ん丸の目の小さなペンギンと寄り添い合う姿は、まるで夫婦のよう――と思っている間に、一つ大切な事を思い出しました。


「そうだ、ニア。これを貴方に見せようと思ってたの」

「これは……?」

「手鏡よ。自分の顔が見えるの。少し曇ってて見えづらいかも知れないけど……」


 言いながら、曇っている事より重要な事に気づきました。星明かりと灯台の光だけでは明かりが足りません。

 残っている魔力で照明魔法ルーチェを発動させて淡くニアの顔を照らします。


 子ども達から感嘆の声が上がる中、チラ、と伯父様の方を見ると少々眉を顰めています。

 照明魔法は伯父様も使えるのは確認済みですが、あまり子ども達の前で魔法を使ってほしくないというオーラをヒシヒシ感じます。


「わぁ……色が違うだけで、本当に師匠のとお揃いだ……」

「えっ、それ、自分の顔が見えるの? 俺も見たい!」

「ヨヨも……!」


 手鏡を持つニアの傍にまた子ども達がぎゅうぎゅうと集まり、手鏡は子ども達の手を一周した後、手元に戻って来ました。


「ここまで暗くなると子ども達だけで帰らせるのも心配なので、俺、子ども達を村まで送ってきます」

「ああ、そうしてくれると助かる」

「やったー! じゃあ俺、リュゴンに乗りたい!」

「リュゴンに乗りたい3人とリュルフに乗りたい奴1人な!」

「お、俺はリュルフがいい……!」


 暗い夜に似つかわしくない、明るい子ども達の喧騒が段々と遠ざかっていきます。


 魔力の大半を消費したせいか、やや瞼が重い瞳を伯父様の方に向けてみると、伯父様も子ども達の方を力のない目で眺めていました。


『伯父様、私にステラの代役を頼んだ事を後悔してます……?』


 恐れ半分、申し訳なさ半分で念話で問いかけてみます。

 これまで散々伯父様に迷惑をかけていますので、ため息交じりにちょっと嫌味を言われる事は覚悟していたのですが――


『……全くしていない、と言えば嘘になるが、悪い事ばかりでもない。お前のお陰で子ども達が前向きに勉強するようになったし、子どもが便利な魔法を使えるようになるかも、と村人達も以前に比べて授業に好意的だ。母も相変わらず元気だ……だから後悔、という程の念はない』


 意外な言葉に思わず言葉を失っていると、小さなペンギンが伯父様の前に立ち、自身の頭を突き出しました。


「キュ!」


 短く一鳴きした小さなペンギンの頭を、伯父様は無言でそっと撫でました。


「……今のは?」

「青ペンギンは人から魚を貰えると頭を突き出す癖がある奴がいる。多分こいつらなりの『ありがとう』なんだろう」


 チラ、と私が治癒した大きなペンギンを見ると、ちょっとの沈黙の後、キュ、と小さく鳴いて小さなペンギン同様に頭をうつむけました。


 恐る恐る撫でてみると――海の魔獣と思えない位フカフカです。

 ステラが手紙で書いていたように。


 この温もりを伝えてくれた優しい従姉妹に想いを馳せる中、再び頭の中に伯父様の声が響きました。


『スティ……以前言った通り、桃の節に入ったらアーティ卿が冬に食べる果実を積んで村を訪れる事になっている。もしまだお前の心の準備が出来ないのであれば』

『……大丈夫です、伯父様。アーティ兄様に、ステラとして会う覚悟はできています。ただ……』

『……ただ?』

『ステラの人生を私が乗っ取って本当に良かったのか……時折罪悪感に駆られる事があります』


 その疑問と罪悪感は、ずっと心の隅にあったものでした。


 ステラも、自分が死んだ後の伯父様やおばあ様の事は心配していたでしょう。

 でもだからと言って、他人が自分に成り済ます事まで望んでいたのでしょうか?


 私は、生者の立場を奪った訳ではありません。

 ですが、死者の立場を奪っています。


 死んでるからいいじゃない――なんて気持ちには、到底なれません。


 伯父様に頼まれたから、今の私に出来る事はこれしかないから、と考えないようにしていた事。

 それをようやく打ち明けると、伯父様はしばしの沈黙の後、淀みない言葉を返しました。


『その事なら心配しなくていい……お前が今ここに居るのはあの子の意志だ』


 予想外の言葉に思考が追い付かず、半開きになった口から声が出る前に伯父様の念話が続きます。


『……立ち直りかけているお前に、こんな話を聞かせたくはないのだが……アーティ卿と会う覚悟が出来ているのなら、先に話しておきたい……聞けそうか?』


 波の音が響くだけの、暗く静寂な空間の中、伯父様の意味深な問いかけに緊張が走ります。

 何を言われるのか、怖さも不安もこみ上げる中――それでも、今はもういないステラが何を考えていたのか知れるかもしれないと思うと、頷くしかありません。

 

『……あの子は己の死期を悟った後、お前に自分が死んだ後の代役を頼みたい、と言ってな……お前は既に誘拐された後で、ウェス・アドニスの花としての価値を失くしていた事を知っていたからこその頼みだ。私は「いくら価値を失ったといえど、伯爵令嬢に対して酷く寂れた村の長の娘の代役を頼むなど、失礼にも程がある」と叱ったのだが……』


 淡々とした念話を紡ぎながら天を仰ぎ、赤くチカチカと光る灯台灯を眺める伯父様の目は、微かに潤んでいて。


『それから日を追うごとに食も体も細くなっていくステラに「一度でいいからシスティナ様と直接お話させてほしい」と毎日言われ続け……根負けした私はステラを連れてメルカトール邸に向かった。そして、お前の身投げに遭遇した』

「……まさか」

『……そうだ。あの子は、私がお前を治療している間に……お前が身を投げた部屋から身を投げて、死んだんだ』


 感情を押し殺して淡々とステラの死を語る伯父様の頬を、一筋の涙が伝いました。



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